185 北の果ての終着点
兄妹は崩れかけた姿勢を戻してファブマーレンと向き合った。
「……ありがとうございます」
「ありがとうな。ほんとに助かる」
滞在中の生活を確保すると示してくれたファブマーレンに兄妹は重ねて礼を示した。
手伝いの内容は気になるが、ひとまず凍死や飢え死にだけは回避できそうだ。
安堵の様子を隠さない兄妹の姿に、ファブマーレンは「ほっほ」と声を上げて笑った。
「わざわざここまでお疲れ様ですな。さぞいろいろ事情があったことでしょう」
ライアスはぽりぽり頬を掻く。
「あ、ああ。エラセドへ行けって言われて、まさかこんな北の端まで来るとは思わなかったよ」
正直にそう伝えるとファブマーレンはますます笑いを大きくした。
「はっはっは。いかにも。我々もここへ来た時はそうでしたよ。夕食でゆっくり話をしたい」
そう言うとファブマーレンは店番をもう一人の若者に託し、兄妹を宿舎の裏の方へと案内した。
裏口まで来ると、ファブマーレンは暖かそうな毛皮のジャケットを用意してくれた。それを着込んで扉を潜ると、薪や石材用の石が積まれた作業場となっていた。
「ここでは暖炉用の薪を作ったり、普段使う作業台や壁に使う木や石材の加工を行っております。君たち、薪割りや砥石を使った加工はやったことがありますかな?」
説明を受け、兄妹はこくりと頷く。
「ああ、どっちもある」
迷うことなくライアスが答える。シェラタンではそうしたことを生業に暮らしていたことだ。
ファブマーレンは満足げに頷いた。
「それならいい。お二人いますし、今は全員出払って滞ってしまっておりますゆえ、在庫が減ってきた薪を割っていただきたい」
ライアスは「わかった」と了承した。
「はいっ」
「おうらっ」
「はいっ」
「そらっ!」
古びた硬い切り株に丸太が置かれ、手斧がそれを叩き割っていく。妹がテンポよく丸太を置き、兄がそれに合わせて斧を振る。薪割りをするのは久しぶりだった。
以前は日常的にこなしていた作業を、兄妹は黙々と繰り返す。薪が溜まれば束にまとめてローブで結び、それらを傍にある納屋の中へと並べ入れる。吐く息が真っ白になるような寒さだが、絶えず動かす身体は温まり、額には汗が滲んだ。
シェラタンで培ってきたことを役立てられることはなんだか嬉しい。余計な邪魔も視線もない中、がらんどうだった納屋の中をひたすら薪の束で埋めた。
すっかり陽が落ち、辺りがランプの灯りだけになったところでファブマーレンが顔を覗かせた。彼は納屋を確認すると、驚くように目を丸くした。
その心境を確認しようとライアスが彼に声をかける。
「あ、ああ。なんとかここまでは。まだもう少し薪は納屋に入りそうだけど」
するとファブマーレンはにこりと微笑んだ。
「いえいえ、大したものです。これだけ確保できれば本日は十分です。中にお入りください」
ライアスは手首をぷらぷらさせながら、「ああ」と頷く。
そうして招き入れられるまま、兄妹は屋内へと戻った。廊下を進みながら、ライアスはしきりに手の平をさする。
「……それにしても硬い木だったな」
何十本と薪を割ったが、シェラタンのそれとは随分手応えが違っていた。一回では叩き割れなかった薪も多く、斧を振り続けた両手がじんじん痺れている。
「いかにも。この地域に広がる、良質な木材から丈夫な家や船が作られますからな」
ファブマーレンに言われ、そういえばと視線を上向ける。
「ああ、そんなこと言ってたっけ」
「もっとも、薪にするのはその中でも形や質が劣るものです。それがこの強度ですからな。エラセドも、これだけの資源に恵まれていればよそ者を無暗に受け付けたくないと思うのも一理あるというものですな」
「あー……。そうなのか」
この依頼を受けるとき、マルコスは「エラセドは優れた造船技術を持っている」と話していた。確かに、これら木材も山脈の鉱石も独占できればエラセドも強気な姿勢を貫くかもしれない。
「その、『よそ者を受け付けたくない』っていうのは?」
「ふむ、食事の時にお話しましょう」
ライアスの質問にファブマーレンはそう答えた。
そのまま部屋へと案内され、紛れもない宿泊権を手にした兄妹は安堵のため息を漏らす。窓の外を見れば自然の景色を暗がりが覆っている。
……長い一日だったがようやく落ち着くことができた。




