184 もう待てないっ!
男が教えてくれた木造宿舎は、素朴ながら少しお洒落に飾られていた。商店のみならず喫茶も構えているようで、店先の看板には『ナシラ アメラモウル商会』とある。
どうやらここで間違いなさそうだ。
入り口に設けられた数段の木製階段を上がり、チリンとドアベルを鳴らしながら戸口を開く。すると何人かの買い物客の姿が見えた。
店内は暖かく、出入り口近辺の商品棚に幾つもの日用品が並べられている。
奥側には質素ながら喫茶店のようにくつろげる憩いのスペースがあり、賑わうほどではないが数人の人々が談笑していた。
手前のカウンターに店番と思しき二人の男性がいた。一人は兄妹とさほど変わらなそうな若者、もう一人は灰色の髭を蓄えた老人だ。老人の方は六十に近いだろうか、温厚な雰囲気をしたその人物に声をかけることにした。
「申し訳ない。ファブマーレンさん、って人に用があって来たんだけど……?」
ライアスが尋ねると、老人はややずり落ちた眼鏡を指の先で押し上げた。それから僅かに首をかたむけ、ゆったりと口を開く。
「ええ。私ですが、どういったご用件でしょう?」
「「えっ⁉」」
兄妹は思わず驚きの声を重ねる。マルコスには部下だと聞いていただけに、まさかこんな年配の人だとは思わなかった。
その老人──ファブマーレンはにっこりと穏やかな表情で兄妹を見つめている。
フライアは慌てて鞄を探り、件の書類一式を取り出した。何度も出し入れしているせいで結構なシワができてしまった。
それを手渡し、ライアスが用件を説明するべく口を開く。
「あ、あなたがそうだったのか。あの……マルコスに頼まれて、それで……」
だが不意の対面に面食らってしまい、上手く言葉が出てこない。
そんな兄妹をよそにファブマーレンはふむ、と丸眼鏡に手を添え、マルコスがしたためた書状を読みはじめた。
その間にフライアは手帳を手に取り、マルコスから伝えられた内容を兄と確認する。単語が並ぶだけのメモをフライアが指差し、それを見てライアスが要件を整理していく。
「えっと……マルコスはこのエラセドの開拓状況を確認したいって言ってた。俺たちはあなたに会ったことを証明できるだけの報告書を持ってナシラに戻らなきゃいけないんだ」
たどたどしくも用向きを伝えると、ファブマーレンは「なるほど……」と呟き、また書状を読み進めていった。
それから兄妹はしばし彼が書状を読み終えるのを待った。やがてファブマーレンは書類一式を机の上に置くと、顔を上げて兄妹と向き合った。
「内容は理解しました。ただ、まあ、マルコス様の納得いく回答とはなりませんがね」
言いながら、何やら残念そうにため息を吐いた。
その反応に兄妹は首を傾げる。怒っているわけではなさそうだが……何か問題があるのだろうか?
少しばかり間を空けたファブマーレンに兄妹は妙な緊張が走る。思えば、自分たちはこうして悠長にはしていられない。
「えっと……。それで、俺たちはどうすればいい?」
そうライアスが尋ねるとファブマーレンは「ふぅむ」と唸り、顎に手をやった。
「ええ、一晩……。いや、二晩待っていただけますかな?」
そう言って受け取った書類をまとめはじめた。
「報告書は店を閉めた後から、じっくりと。マルコス様はまだ正確に状況を把握できていないようですから、この際しっかりと状況をお伝えしたい」
兄妹はどきりと視線を交わし合う。
(ふ、ふたばん……)
フライアが唇をわなわな震わせながら呟いた。
言うまでもなく手持ちのお金には余裕がない。想定ではもうあと二日程度、それも野宿を視野に入れての場合だ。
……もう二晩なんて待てない!
心で悲鳴を上げた。こんな場所で野宿となればそれこそ凍死する未来が見えてくる。
「こ、このあたりって安く泊まれるか? それと、何か仕事とかっ。俺たち、もう手持ちがないんだ!」
下手に駄々をこねるわけにもいかなかったが、格好をつけている場合ではない。ライアスはそう訴えた。
するとファブマーレンは「おお」と口にした。
「それなら、ここに泊まっていきなさい。お手伝いをしていただければ、その期間のお代はいただきませんよ」
「っ! そ、そうか!」
そう反応するとファブマーレンはにっこりと微笑む。兄妹は心の底から安堵し、思わず膝から崩れ落ちかけるほどに脱力してしまった。




