183 脱ぎ捨てた鎧と誇り
暖を取ろうと兄妹はこの集落に住む男の後に続いた。
そこはおよそ二メートル四方ある石の垣根に囲われた大きな焚火で、既に数人が暖を取っていた。
彼らに倣い、兄妹も凍えきった手を焚火へとかざす。
「あったかい……」
フライアがほうっ、とため息交じりに呟いた。両手をこすり合わせると、じんわりと指先に感覚が戻っていくのが分かる。
だが、少しして心から出た安堵の顔を引き締めた。ふと周囲を見ると人が多い割には静かで、石の囲いに芋を置いて焼いている人もいるが表情はさほど明るくない。
自重に入ったフライアをよそに、男は口を開いた。
「まったく、そんな身なりでご苦労なこった。何をもってファブマーレンさんに用だって? 店番の交代にしちゃあ準備が足りなすぎじゃないか?」
男は半ば呆れるように言いながら、暖かな焚火に手をかざし続ける兄妹を見やる。その物言いはやはり気さくで、よそ者に対する高圧的な態度は微塵も感じられない。
自然とライアスも親しみを覚えてくる。
「ああ、こんなところまで来ると思ってなかったんだ。ナシラでおつかいを頼まれて、たまたまアトリアに急用ができて……その足で行けるかなって思って山脈の麓まで言ったら戻りに戻れなくなっちまって……」
あけすけにこれまでの道のりを話すと何やら恥ずかしくなってきた。無謀なことをやっていたんだな、と我ながら呆れてしまう。
それを聞いた男もやはり苦笑した。
「ああ、アトリアとの争いに連中もピリピリしていただろうからなあ。『用があるのか? だったらとっとと済ませろ!』って言われて山脈に案内されちまったと」
的を射た指摘にライアスは驚いた。
「あ、ああ。その通りだ」
どうやらエラセドという土地柄をよく理解しているらしい。それを受け、ライアスの脳裏には先程の疑問が思い浮かぶ。
「それで……ここは『騎士の死骸地』って聞いたけど、どういう人たちの集まりなんだ?」
気に障らないよう注意しながら尋ねると、男は小さくため息を吐いた。気を取り直すように咳払いをしてから口を開く。
「まあ平たく言えば、都で叩き込まれた教えに一ミリでも背いた奴が送られる場所だ。俺も騎士として、同期と出世の道を争っていたが、二年くらい前に追放されてな」
耳心地の悪い言葉にフライアが眉根を寄せる。
「……追放?」
男は頷いた。
「ああ。アトリアの、アカデミー絡みでな。仲間に軽く協力しようとしたつもりで嵌められたってお話だ」
「え、ええっ?」
思わず兄妹は間の抜けた声を上げる。アカデミー絡みというのも驚きだし、嵌められたというのも穏やかじゃない。
男は「あんまり声を立てるなよ」と言うと、至って落ち着いた様子で話を続けた。
「外からじゃあまりよくわからないだろうが、エラセドも近年は随分と都の方針に揺れているんだ。大半の奴は今の体制で満足しているが、このままじゃ時代に埋もれると、閉塞感を募らせている奴も多い。アトリアから来たなら、アカデミーとエラセドの騎士道のことで何か聞いたことはあるか?」
それには兄妹もこくりと頷く。
「あー……それなら少し聞いた」
なにせはじめてアトリアを訪れた際、ドリューから受けた依頼がそれに関するものだった。アカデミーの科目から騎士道にまつわるものを削除しろ、とエラセド側が警告していたのだ。
男は僅かに声を潜め、説明を続ける。
「あれな。本当のことを言えば多くの奴はもっとエラセドを知ってほしいと思っているんだ。アカデミーに教育のひとつとして売り込むのは大きなチャンスだった。けれども、大御所が自分たちの築いてきた誇りを取り外すわけにはいかないと、よそには強硬な姿勢を崩さないんだ」
そこで男は小さく吐息した。
「あまり多くは言えないが、陰でアカデミーに協力していた友人がドジを踏んでな。俺も協力者の一員とみなされてここへ送り込まれたんだ」
ライアスは首をかたむけた。
「え……。それは、濡れ衣、とか?」
聞いただけでは要領を得られず尋ねると、男はおもむろに首を振った。
「いや、加担したのは確かなんだが、正直ここへ収容されるとは思わなかったよ。タイミングが最悪だったんだろうな。折しも今回、アカデミーが近くのヴォイドゲートを暴走させたって話じゃないか。エラセドもそれを嗅ぎつけていたからな。神経質になっていたところにアカデミーと関わったのが失敗だった」
その口ぶりからすると少なくとも首謀者というわけではないようだ。いずれにせよ、これ以上深掘りして彼の傷口を広げるのは得策ではない。
ライアスは何とも複雑な気分になりながら、改めて男に尋ねる。
「……でも、さっき『エラセドのことをもっと知ってほしい』って」
エラセドにいる多くの人間は騎士の都を知ってほしいと思っている──。それは兄妹にとって意外な言葉だった。
男は「ああ」と応じて頷いた。
「俺も思っているよ。エラセドも他の都に負けじとでっかい要塞を築いたもんだが、この大陸の僻地であることには変わらない。自分たちが培ってきた騎士の腕を知らしめていかないと、いずれ歴史に埋もれる都になっちまうと。そう嘆く奴も多いんだよ」
思いがけない返答に兄妹は思わず顔を見合わせる。
「そうなのか? エラセドって良くも悪くも一枚岩の感じがしたけど」
もっと言えば排他的な印象もある。そうした印象はこれまで見てきたエラセドの騎士や、イリューアとのやり取りから感じ取ったものだ。
敵にも己にも厳しく、エラセドの騎士として誇りを決して忘れることがない。そうした彼らは良くも悪くも軍隊としては完成しているように見える。
すると男は苦々しく笑い、「そう思うだろう?」と前置きして言葉を続けた。
「だが、特にお前らと同じ世代の若造は今のエラセドの体制に疑問を持ちはじめている。ここは位置的にもメイシアから一番遠い都のひとつだ。こんなところで都の軍人として騎士になったところで意味がないと。最近はこの地に追放される前にエラセドを離れる奴もいるようだな」
そこまでを言い切ると、男は弱まりはじめた火に薪をくべた。そして胸元のポケットから煙草を取り出し、焚火を使って着火する。
「ふうぅ……」
ため息と共に白い煙が吐き出される。立ち昇っていく煙を眺めながら、男は過去を懐かしむように口を開いた。
「《騎士》の地位から転げて、家族とも別れちまった。今思えばよく《騎士》って肩書だけでずっと生活が成り立ってきたもんだ」
「家族……?」
その言葉にフライアが反応する。
男は煙草を加えながら頷いた。
「ああ、妻と子供二人。本来騎士の掟破りは家族もろともここへ送り込まれるもんだが、さすがに俺の失態でここへ連れてくるわけにもいかなかった。仕方なく離婚扱い。ここにいる多くの既婚者はそうしてるのさ」
それに兄妹はハッと息を呑む。
掟破りは家族もろとも追放される──。それはエラセド出身のイリューアも恐れていた、騎士の掟そのものだ。
ますますもって暗い話になってしまい、ライアスはどうにか場を取りなすべく言葉を探す。
「……なんて言うのかな。悪事って言うほどのことはしてなくても、ここに送り込まれるのか」
男は「そういうことだ」と首肯する。
「都の教えに反した者がここへやってくる。もっとも、罪を犯したときはここよりもっと重いと聞くけどな」
「そうなのか……」
ライアスは複雑な心地で視線を落とす。
例え罪を犯していなくとも、教えに背けば追放される。それは兄妹の常識にはないしきたりだ。
「だがな、ここに来てわかったこともある。騎士の甲冑を剥がされて身軽になって、炭鉱の労働者に成り下がってみると随分心も軽くなるもんだ。そりゃ、ここじゃまともに稼ぐことはできないが、なんとなく命とか人生って何かって、少しは考えるようになった。ファブマーレンさんとも、よくそんな話をしているよ」
その言葉を受け、ライアスはちらりと妹に視線を向ける。
(なんか……わかる気がする)
ここに住まうのはいわば騎士の都から追放された人々だ。この集落での暮らしは、あの壮観な城下町を思えば貧しいものだろう。
だが本当の豊かさとは、そうした華やかさとは別のところにあるのかもしれない。
兄妹はそんなことを思いながら、大きく頷いて男の言葉に一定の賛意を示した。
だが、一方でエラセドという都のしきたりには違和感を拭いきれずにいる。
どこにでも規則や約束事はある。制約を設け、人々を管理することで秩序を保つ。それができなかったのが、かつてのシェラタンだろう。野盗の蛮行が人々の約束事を凌いでしまったのだ。
信じられないほどに重く課された騎士の掟も、そうした秩序を守りたいからこそだ。だが、それが災いして思想の自由が封じられ、家族が離れ離れにもされている。
……それは果たして秩序といえるのだろうか?
兄妹は改めて男の顔を見やる。
きっと彼も苦心してきたのだろう。意思に反してでも規則に従い、秩序を守るべく心を砕いてきた。
だが、今となってはそんな事情を気安く尋ねるわけにもいかない。
「……うん。話、ありがとうな。ファブマーレンさんのとこに行ってみる」
ライアスはただ礼だけを述べる。男は微笑んで頷いた。
「おう。よろしく言ってくれ」
兄妹は話を切り上げ、男にぺこりと頭を下げる。
またひとつ大切なことに気付けたような、そんな気がした。




