182 騎士のシガイチへ
「……なんで、こんなことになっちまったんだ?」
周りに誰もいない、兄妹たった二人で歩く中でライアスが呟く。
霜が降りているのか、石畳の道は薄っすらと白い。
兄妹がたどった道筋にはくっきりとその足跡が残っていた。それ以外は古い車輪の跡をちらほら見かけるだけで足跡はなく、人通りの少ないことが明白に分かる。時折道の外れに鹿の姿を見かけるが、幸い襲い掛かってくるような獣には遭遇しない。
上空を見上げると、針葉樹の先端の間から雲の多い空が垣間見える。陽射しは弱く、木々の枝にも遮られ、まだ陽は降りきっていないが辺りは暗い。
そうした状況が心許なく、二人はどうにも落ち着きのないままその道を進んでいた。
そして陽が当たらない分、より寒さが身にしみる。兄妹は二人並んで肩を寄せ合い、互いの腕を組み合ったまま歩き続ける。
「……大丈夫か? 今ここで倒れたらもう終わりだからな」
「今は……このほうが……」
寒さに声を震わせながらやり取りする。
人影は一切なくいつでも憑依できるが、フライアは自分の足で歩くことを選んだ。その決意を固めるように、組んでいる腕にグッと力を込める。
「……ちょっと、締めすぎだって。手が痺れてきた」
ライアスはそんな妹の意志を尊重して身を寄せ合うが、一方で心配は尽きない。
山を越える前にも指摘されたがフライアは特に軽装だ。道を北へと進むほどに寒さも増している。憑依させるべきか迷うところだが、今のうち寒さに慣れておかないと、後で憑依を解いたときにままならなくなるのが目に見えている。
気温はさらに下がっていき、吐く息はますます白くなる。兄妹は寒さに耐えて歯をカチカチと鳴らしながら、薄暗い道を先へと急いだ。
やがて道端に荷車があるのを見つけた。直感で、人里は近いと、手足を凍えさせた兄妹は光明を見出し、視線を交わし合う。
程なくして丸太で組まれた高い塀が現れた。
明らかに人工物だ。何十本もの木々で形造られた塀には門らしきものが設置されていて、その奥には集落らしい家々が見て取れる。
兄妹は疲れ切った足に鞭打って、丸太の門をくぐり抜けた。
そこは古びた寄宿舎のような家屋が建ち並ぶ、どこか寂れた集落だった。中央の広場をぐるりと囲うように建つ家屋はすっかり色褪せ、見た目を無視した荒い補修が所々にされている。
そうした宅地のいたるところで焚火がされ、住人らしい人々が暖を取っている。近くでは木や石の製材を行う作業員らしき姿も見られた。
その光景を目にした兄妹は、門の傍らでしばし呆然と佇む。エラセドに来ているのを忘れそうなくらい、先刻の城下町との落差が激しい。
そんな兄妹のもとに一人の中年の男が歩み寄ってきた。
「お? 都落ち……ってわけじゃねえな。こんなところにまで冒険者かい」
物珍しそうな顔でまじまじと兄妹を見つめながら言う。だが悪意などは感じられず、むしろ親しみを思わせる気さくな口調だった。
この男になら尋ねてみてもよさそうだ、とライアスは素直に応じる。
「ああ。ここに、ファブマーレンって人がいるって聞いて……ここまで来た」
体力も消耗し、言葉も切れ切れだ。それでも、これまでと同じようにフライアが書類一式を取り出し、それを相手に見せる。
アメラモウル商会の印を見た男は、納得するように首を数回縦に振った。
「……ああ、ファブマーレンさんか! ナシラから来たっていう商人さんだな」
そう言って奥にある宿舎を振り向く。
「彼ならあの宿舎だ。食料とか薬とか、ここで不足するものを中心によろず屋をやってくれているよ」
その親切さに戸惑い、ライアスは「あ、ああ」と気のない返事をする。同じエラセドの人間なのに、これまでの騎士たちと比べてあまりに態度が柔和だ。
男が示すのは広場を越えた先、積もり残った雪に囲まれる木造宿舎だ。ありがとう、と礼を言いその場に向かう兄妹だが、ふとライアスが足を止める。
甲冑を纏った騎士とはまるで異なる、気取らない男のことがなんだか気になった。本当にこの男もエラセドの人間なのだろうか。
「あの、ちょっと悪い。もう少し話を聞かせてくれないか?」
そう男に声をかけた。すると男はふっ、と軽く白い歯を見せた。
「おう、なんだ。ここじゃ寒いから、すぐそこの焚火まで移動だ」
そう言って近場にある焚火を指差した。兄妹は頷き合い、案内されるまま焚火の方へと歩いた。




