179 エラセドへの街道
山道はそれなりに広く、荷車や馬車が行き交えるよう最低限の整備もされている。
だが、ところどころ道幅が狭く路面も荒れていて、なにより馬車が通れるようにと階段ではなく斜面が続く。平地とはまるで異なる道が兄妹の体力を奪っていく。
道中、幾度となく荷馬車とすれ違った。大荷物を抱えた多くはおそらくクルサへ向かうのだろう。
急斜面では馬車を支える必要がある。そうした道で行き違う際は互いに気を遣い、慎重に歩を進めなければならない。
そうしてまた、鼻を鳴らしながら荷台を引く馬が二人の横を通り過ぎたとき、ライアスはふと気付くように辺りの景色を見渡した。
「確か……ここだったか。散々追い回されて、道を外れたのが」
フライアもこくりと頷く。
「……だった、と思う」
正規の山道から逸れた森林へと目を向ける。草木が生い茂る場所の奥に僅かな空間があり、山中を奥へと続く獣道になっている。
クルサの志願兵として奇襲作戦に加わった際、エラセド兵に追われてこの森林へと飛び込んだ。方向も何も分からず、ただがむしゃらに逃げるしかなかったのだ。
下手をすれば捕虜か、命を落としていたミッション――。
「……。よく、生きて戻って帰れたよな」
「うん……」
少しばかり苦い思い出を振り返りながら、今度は正しい道を先へと進む。
見張り兵が話していた通り、一時間を過ぎた辺りでひとつ目の休憩所と思しき山小屋にたどり着いた。標高が高くなって気温が下がり、兄妹は渡されたベストを着込むことにした。
山小屋はそれなりの広さがあって、休憩中の人々もちらほら見かける。ただ甲冑を着込んだ騎士とそれに同行する御者ばかりで、自分たちのような冒険者は見当たらない。
何やら居場所がなく感じられ、兄妹は外のベンチで呼吸を整える。
そうしてしばし休憩を挟み、再び山道へ。
山道には必要最低限の手すりや注意標識はあるものの、ほとんどは山の自然がそのまま残されている。
だがエラセドの監視が行き届いているのか、不思議とモンスターに遭遇することはない。
時々休憩で止まっては深呼吸して山の空気を吸い込む。
「あー……。もう少し気持ち楽に来れればいいとこなのにな」
ライアスがそう呟いた。
澄んだ冷たい空気は故郷のシェラタンとは異なる、天然の清々しさがある。
だが、延々と続く街道はそれを楽しませてはくれない。ただの通り道でしかないのだ。
「エラセドって、そういうところ?」
「わからねえよなあ。イリューアみたいな頑固な奴ばっかりなのかなあ」
そう言いながら、二人はまた歩を進めていく。
しばらく経って振り返ると既にアトリアの景色はなく、山の光景だけが広がっている。
もちろん前方のエラセドもまだ見えてはこない。街道は山々の間を抜けるため下りもあるのだがやはり標高は高く、人が住まう場所から遠く切り離されているように感じる。
そうした状況は、誰にも頼れずに未知の地へと向かう兄妹の不安をますます強くした。
「……フライア、大丈夫か?」
「うん……。まだ、もうちょっと……」
時折ライアスが遅れ気味の妹を見やる。
二人の服装がこの地に合っていなければブーツも山登り向きではない。傾斜と凹凸に、フライアは特に苦戦していた。
それでも無心に山道を進み、ようやくふたつ目の休憩所にたどり着いた。
見張り兵の話によれば、ここからまだ一時間以上の道のりが続いている。
先はまだ長いが、兄妹は息が上がっていた。
休憩所を覗いてみると、その規模の大きさに驚いた。簡素な山小屋があるだけだった先程の休憩所に比べ、こちらは諸々の設備が整えられていて食事をとれる売店まである。よりエラセドに近いためか積み荷の量も多く、物流関連の中継地点として機能している印象だ。
体力の消耗を感じていた兄妹は、金欠を承知で売店を見て回った。
だが……。
「くっそー、アトリアでも高いって感じたのにそれよりもずっと高いのか……」
流通を支える重要な拠点だけあって、金額設定が大分高めだ。昼時が過ぎ、店内にはスープやコーヒーのかぐわしい匂いが充満している。
腹も鳴るが、それらを買うだけの金銭的余裕が本当にない。
とはいえ空腹で倒れるわけにいかない。兄妹は最も安価なピーナッツバターのサンドイッチを購入し、思いのままに頬張った。
そうして一応は腹を満たし、表のベンチでしばし休息する。
空腹が落ち着いたせいか、今度は身体がますます疲労を訴えてきた。緊張や不安もあってか体力の消耗が激しい。
このまま進んで大丈夫だろうか。胸に不安も込み上げてくる。
フライアはしきりに財布を確認しながら、お金があと何日、何食分持つかを指折り数えていた。
「……どこかで、一泊抜かなきゃ、ちょっと……」
冴えない顔でそう呟き、傍らのライアスも深いため息を吐く。
「……野宿、か」
故郷のシェラタンを出てから今日この日まで、宿の質はどうあれ寝床だけは確保できていた。金欠により二人きり、外で夜を明かすことになれば旅に出て以来はじめてのことだ。
言うまでもなく、兄妹はテントなどの野営道具は持ち合わせていない。
「でも、こんな寒いところで寝たくはねえぞ。せめてアトリアと王都の間あたりとか」
ライアスが低い声で言った。寒冷地で野宿となれば凍死の危険すらある。
「うん……」
フライアも不安な面持ちで頷いた。
休憩所の案内板を見ると、現在地はエラセド寄りに位置している。あともう一息、そしてエラセドでの用事さえ済ませてしまえば、自分たちは帰れる。
……半ば願望交じりでそう思い込むことにする。
「……行くぞ。明日にはなんとか、アトリアまで戻るんだ」
「う、うん」
「最悪……ドリューとかマグダレーナに頼るとしてさあ……!」
「うぅ……うん……!」
決意表明するように腰を上げた兄に続いて、フライアも立ち上がる。
兄妹はみしみしと軋む身体を伸ばし、痛みはじめた足を揉みほぐす。そうして再び山道へと足を踏み入れた。




