178 潰される退路
クルサの町を囲む防壁の傍ら、その一画に荷物が積まれていく。
当時は封鎖されていた街道をエラセドの荷馬車が走り、次々と荷を運んでいた。先のヴォイド騒動における調査拠点として、エラセド軍が駐屯地を構えているようだった。
だが、兄妹も参戦したクルサ攻防戦の傷痕は未だに残り、砲弾によって抉られた石畳が荷馬車の進行を妨げている。度々車輪が段差に巻き込まれ、荷を運び入れるにも一苦労といった様子だ。
そんな光景を横目に街道を行く兄妹に対し、エラセド兵たちは苛立たしげに声をかけてくる。
「……おい、見ればわかるだろ! 荷馬車に道を優先させてくれ!」
「何してるんだ? エラセドはお前たちが行くようなところじゃないぞ?」
行き交う度にそんなことを告げられた。その口調からして相当疲れているようで、同時に気が立っていることも分かる。
そうした疲労のせいかあるいは休戦協定のおかげか、ジロリと睨まれたり注意をされることはあっても、怒鳴り散らしながら押し迫って来るような者はいない。
無理な制止をされないことに兄妹は安堵した。抉れた地面に足を取られながら、ノースライフ山脈へと歩みを進める。
やがて山道の入口へとたどり着いた。
山の麓にはかつてクルサが奇襲を仕掛けたエラセドのキャンプ地があり、現在も複数の騎士が詰めている。ここに捕らわれた人質は解放されたと聞くが、エラセド軍は山を越えたこの場所を今なお中継地点として使っているようだ。
兄妹はその集落の入口でしばし様子を窺った。
「なんだ、お前たちは? よそ者がうろつくところじゃないぞ」
すると案の定、見張りの兵からあからさまに声をかけられ、居心地の悪さにライアスはぽりぽりと頬を掻く。
やはり自由には通してくれないようだ。
「……エラセドに派遣されてる『ファブマーレン』って人に会いたい。ナシラの商人から使いを頼まれた」
一応ひねらず正直に伝えたのだが、見張り兵はジロリと疑うような目を向けてくる。しばらくすると別の見張りも駆け付けてきた。
「どうした?」
声をかけられ、見張り兵はやれやれと両手を広げる。
「いや、とても商人の使いに見えない奴がここを通せだとよ」
商人の使いには見えない、とあっさり言われてしまった。
……とはいえ無理もないだろう。なにせ後三日で野垂れ死にを遂げてしまうような身の上だ。商人の使いにしてはあまりにも懐が寂しすぎる。
「お前ら、商人の名前だけ言われても調べようがない。何か証拠はあるのか?」
取り調べのように尋ねられ、げんなりしながらもライアスは妹を見やる。
「それなら……」
持っているはずだ、と口にする前にフライアがアメラモウル商会をも証明する交通手形を鞄から取り出していた。
それを手渡すと見張りの二人は揃って眉をひそめ、睨むような目つきで確認をはじめる。
「何? 交通手形? 『アメラモウル商会』? ……どうだ? たしかに本物そうだが、調べられるか?」
そう確認し合い、後から来た方の見張りが頷くと、手形を持ってどこかへ駆けていった。本物か偽物かを確かめるようだ。
入れ替わるように天幕から別の人物がやって来た。スラッとした目鼻立ちの女性で、その顔立ちは生真面目な性格を思わせる。おそらくは監査役といったところだろう、その女性がたどり着くや否や見張り兵は兄妹に向き直る。
「それじゃ、おかしなものを持ってないか、調べさせてもらう。その鞄もこっちに出せ」
そう言ってフライアの鞄を指差した。
同調するように女性も頷いた。
「私が確認します。少し、拝借いたします」
言いながら鞄へと手を伸ばす。
「あ、ああぁ……」
否応なしの検問となり、思わずフライアは鞄を抱きかかえた。
怪しいものが入っているわけではないが、鞄の中身を検められるのには抵抗がある。まともに整理できていない薬に、長年使い込んで薄汚れた革水筒、そして何より見られたくないのは雑多に詰め込まれた二人分の肌着だ。
とはいえ、頑固に抵抗してさらに怪しまれてしまうようでは本末転倒だ。フライアは頬を赤らめながら、渋々鞄を手渡した。
女性は鞄を受け取り、身体検査も必要だからと兄妹に両手を広げるよう申しつけ、その全身を両手で検めた。
そして今度は取り上げた鞄を探られる。するとしばらくして女性は何やら小首を傾げはじめ、戸惑うように視線を持ち上げた。
「……特に怪しいものはありませんが、防寒着もないのですか?」
その問いかけに兄妹は「えっ?」と間の抜けた返事をする。すると女性の傍らにいた見張り兵が、呆れるようにため息を吐いた。
「……お前ら、怪しい者じゃないようだが余程エラセドを知らないようだな」
その口ぶりから察するに、兄妹の装備はまったくと言っていいほど無防備だったようだ。
「この先は見ての通りノースライフ山脈がそびえる。エラセドへ向かうのに二時間以上の上りが続く。休憩所は二カ所のみ。都まではふたつ目の休憩所から上り下りを繰り返してまた一時間半の道のりだ。しかも要件が都の中ならそれでたどり着くが……」
見張り兵はそこまでを話し、ふとキャンプ地の奥を振り向く。すると程なく、交通手形を調べるために場を離れていたもう一人の見張りが戻ってきた。
「確認できました。『アメラモウル商会、使用人ファブマーレン』、場所は騎士のシガイチです」
その結果を監査役の女性に告げる。
それを聞いたライアスはふむ、と腕を組んで呟いた。
「騎士の市街地、か」
市街地──そう聞こえた。
ということは人が密集した場所で目的の人物を探すことになりそうだ。厄介といえば厄介だが情報集めには事欠かないだろう、そんなことを兄妹は思った。
だが、どうも見張りたちの反応は違う。道のりを説明していた見張り兵が先程より大きなため息を吐いた。
「やっぱりな。そうだと思った」
そう呟いて兄妹に向き直った。
「おい、お前らも面倒な仕事をよく平気な顔をして受けたもんだ。騎士のシガイチまでは都からさらに一時間はかかる」
言葉の節々から呆れ返った様子が窺える。いかにもぶしつけな言い方だが、その内容が内容だけに兄妹は黙って聞くしかない。
しかし道のりが長いのは分かったが、市街地までそんなに遠いものだろうか? 騎士の都は思った以上に広いのかもしれない──。
そんなことを考えていると、説明をした見張り兵が兄、妹という順でゆっくりその姿を見やった。
「シガイチまで行くとなるとこの季節でも雪が降る気温まで下がる。鎧を着たお前はともかく、普段着にローブを着ただけのお前には厳しいだろう」
フライアがぎくりと身を強張らせる。
確かに自分の格好といえば、上は裾の広いローブにブラウス、下は短いスカートに薄手のストッキングのみ。冷たい風に対する備えは皆無で、これといった防寒具も持っていない。
気候を熟知している相手にこんなナリで山登りをしようというのだから、怪しい者だと疑われても当然なのだろう。
見張り兵は呆れながら、監査役の女性を振り返る。
「おい、パーラ。こいつらに予備の毛皮を渡せないか? 途中で立ち往生されるほうが面倒だぞ」
パーラと呼ばれた監査役が頷いた。
「そうですね、少し待っててください」
そう言って天幕へと戻っていく。どうやら毛皮の防寒具を貸してもらえるようだ。
兄妹は顔を見合わせる。すっかりお荷物扱いされてしまった。
だが、ふと思い立って焦りが募る。そんな厚意を受けてしまえば引き返すという選択肢はなくなってしまう。
(これ……行かなきゃいけないってことだよな)
(う……)
数時間の山越えに寒さとの戦い、さらには都に着いてから一時間あるという謎の道のり。それでなくても路銀が貧しいのに、さらなる苦難が積み重なっていく。だからこそ行けるだけ行ってみてから判断しよう、と考えていたのだが……。
そうこう思いを巡らせているうちに女性が戻り、鎧やローブの内側に着込める毛皮のベストを二着手渡された。
貸し出しを提案した見張り兵が腕組みをして警告する。
「原則として我々は遭難や事故には責任を持てん。用が済み次第早急に戻ってくることだ。それと、そのベストはあくまで貸しだ。さほど期待はしないが、貸した物は返すのが道理だ。よいな」
有無を言わさぬ物言いで兄妹を見据える。
「ああ……」
ライアスは首肯するよりない。
これで兄妹の進路は完全に決まった。
彼らの案内に従い、ノースライフ山脈へと続く山道に足を踏み入れる。ここも都間を繋ぐ街道には違いないのだろうが、丘を上り下りするのとは訳が違う。峻険な山地ならではの険しい道が、見渡すその先まで続いていた。
「……行くか。早く戻ってこねえと……!」
「……う、うん」
兄妹は覚悟を決めて頷き合う。
もはや迷っている余裕はない。未知の場所に行かなければならない上、金銭的なタイムリミットまであるのだ。
──いつか見た山道の奥へと向かい、兄妹は揃って足を踏み出した。




