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177 忘却のミッション

 満ち足りた夕食をとったその翌日。

 

 朝食を取った兄妹はマグダレーナを伴って彼女の家を後にした。

 ドリューの誘いを受けたマグダレーナは、ひとまずアカデミーに向かうことを決めたのだ。


「まだ、はっきりとやりたいことも浮かばないけど。せっかく誘ってもらったのに、何もしないのもおかしいもんね」


 道すがら、その思いを口にする。

 ライアスは「まあな」と首肯する。


「いい機会……って言ったら不謹慎だけどさ。でも頼りにされるって悪くない話だと思うよ」


 言いながら何とはなしに空を見上げる。

 フライアも同意するように頷いた。


「叔母さんも……」


 そう口にすると、マグダレーナが「えっ?」とフライアを振り返った。その素早い反応にフライアは言いかけた言葉を押し戻す。

 だが、後の言葉をライアスが続けた。


「……叔母さんも同じ思いでアカデミーに駆り出されたんじゃないかって」


 するとマグダレーナは視線を落とし、うーん、と感じ入ったように声を漏らす。


「……そうかも、ね」


 そう呟く彼女を見つめながら、兄妹はモーランとローズのことを思い浮かべる。その二人の姿に、ドリューとマグダレーナの姿が重なるかのような錯覚を覚えた。


 やがて一行はアトリアの中心地へとたどり着き、王都に向かう街道との分岐点で立ち止まった。兄妹は改めてマグダレーナと顔を見合わせる。


「丸一日、世話になった。ありがとな」


 ライアスが礼を言い、マグダレーナが応じる。


「ううん、こちらこそ。じゃあ、またね」


 それに対しフライアも「またね」と手を上げた。

 すっかり打ち解けた兄妹とマグダレーナは、かねてよりの仲間同士のように手を振り合い、それぞれの道へと歩みを向ける。


 ヴォイドの爪痕がありありと残るアトリアの中心地、マグダレーナはその雑踏の中へと姿を消した。




 それを見届け、兄妹は顔を見合わせる。


「……よし、じゃあ……。エラセドに行くか」

「……う、うん。行こ」


 念のためマグダレーナが戻ってこないのを確認し、兄妹は王都と正反対の方面へと歩き始める。

 そして、声を出してため息を吐いた。


「はあ……。なーんで思い出しちまったんだあ? しかも手持ちの金と距離と、すげえ際どいラインじゃねえかよぉ……」

「ううぅ……」


 ライアスが両手を後頭部へ回しながら愚痴を零し、フライアもうんざりしたように低い声で唸る。


 きっかけは今朝、さあ王都へ帰ろうという折に何かやり残したことはないかとフライアの手帳を確認したときのことだ。


 ページの最後の方に一言、「ファブマーレン」という記述を見つけた。


 何かと思い起こせばそれはナシラの商人、マルコスの部下の名前だった。市場開拓のためエラセドへと派遣されている人物で、同時に兄妹はマルコスに依頼されたおつかいのことを思い出した。

 その部下に会い、報告書を受け取らねばならないのだ。


 ……ヴォイドの騒動のせいですっかり失念してしまっていた。


 だが、アトリアまで来ている今であれば、地理的にはエラセドに近いところにいる。王都まで往復する手間を考えれば、いっそ強行策をとってエラセドに寄ってしまうほうが得策だ。もちろん、それに必要な交通手形もフライアが抱える鞄にちゃんと入っている。


 だが、問題はお金だった。


「それで……あと財布に何日分残ってる?」


 その懐事情をライアスが尋ねる。

 こうなると改めてドリューとの飲み代が懐に響く。お金の大半はフライアが管理しているが、このときばかりはライアスも手持ちの小銭を探った。


「うーん……三日」


 兄の小銭を足し合わせ、フライアは言いにくそうに答えた。口調からして相当に切り詰めた場合の日数だ。


 しかもエラセドははじめて向かう場所で、峻険なノースライフ山脈を越えた先にある。冷帯地方と聞いているが、うっかり防寒着を買うこともできない。


「……」


 何も言えず兄妹は閉口した。

 下手をすれば本当に行き倒れる可能性すらある。


 改めて状況の厳しさを悟り、兄妹は人々が行き交う雑踏の中で数分間、ぽつんと立ち尽くした。




「……三日分あるなら行けるだけ行ってみるか。峠が越えられそうになかったら引き返す」


 やがてライアスが口を開き、それにフライアも頷いた。


「うん……」


 なにしろエラセドは都自体が謎に包まれている。

 その地を出身とするイリューアを見れば分かるとおり、誇り高い騎士の都であることは想像がつく。


 一方でマルコスからは炭鉱夫や材木職人が集う地であるとも聞いている。兄妹にとってはやはり得体の知れない都であり、向かう先に何が待ち受けているのか確信が持てないのだ。


 それだけではない。クルサとエラセドの間でどこまで和解が進んでいるのか分からないが、軍事衝突があった以上、今なお街道が封鎖されていてもおかしくはない。さらに言えば、兄妹もその軍事衝突における当事者の一人なのだ。


 念のため、と兄妹はアトリアの役所に立ち寄り、その現状を尋ねてみた。


「現在は市長とエラセドとの間で休戦協定を結びました。ノースライフ山脈をまたぐ街道の封鎖は解かれて、麓のアトリアのキャンプ地の人質も解放されました」


 兄妹はひとまず胸を撫でおろす。奇襲作戦に加わった者が指名手配されている、といったこともないようだ。


 だが、役所の案内人はこう説明を付け加えた。


「ですが、ヴォイドの対応を巡って、まだ互いに緊張状態が続いています。不要な接近はお控えください」


 それを聞いたライアスはため息を零す。


「不要な接近は控えろ、か……」


 その一言が改めて進退を悩ませる。もちろん不要ではない。交通手形を用いてでもエラセドへと向かう理由はある、のだが……。

 そのリスクとリターンを天秤にかけるなら、明らかにリスクの方が重いような気がする。


 それでもここまで来たのなら……。


 それは好奇心か、あるいはただの面倒くささなのか、兄妹は北東へと進路を向ける。その先にそびえるノースライフ山脈を見据えながら、兄妹は黙々とその足を進めた。

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