174 ドリューの決心
マグダレーナの家へと戻った一行は騒動で荒れた室内を片付けると、テーブルを囲んで腰掛けた。
一方、ライアスだけは居間のベッドで眠りに落ちている。
「くうぅぁぁ……」
そのいびきが室内に響き渡り、フライアは気まずそうに顔を俯けた。
「……あの、ごめんなさい……」
一同の視線が集まる中、ライアスはあんぐりと口を開けて熟睡している。人の家のベッドで、しかも人前でだらしなく眠る兄に、妹のフライアは身が縮まる思いだ。
そんな兄妹を見て、マグダレーナはふふっと笑った。
「大丈夫。おかげでまた助かったわ。ライアス、よっぽど疲れてたのね」
穏やかにそう言われ、フライアは内心ホッとする。
その傍ら、ドリューは手元の書類を熱心に眺めていた。ライアス捨て身の突進に打ちのめされた中年男が残していった書類だ。
「……『アカデミー関係特区』? 『契約切れに伴う立ち退きと新居のご案内』……」
見慣れないフレーズを見つけては呟き、「……なんだろうな」と疑問を口にする。
つられるようにマグダレーナとフライアも書類へと目を向け、その内容を確認しはじめる。
取り立て屋が付け込むからには何か理由があるはずだ。だがそれはにわかには判じがたく、三人は昼食も挟んでしばらくの間書類と睨めっこを続けるはめになった。
昼食が済み、食器類を片付けた女子二人は、顎に手をやり書類を見つめるドリューの両サイドにある椅子を陣取り、彼の動向を固唾を呑んで見守っている。
「……どう? 何かわかりそう?」
神妙な口調でマグダレーナに尋ねられ、ドリューは「うーん」と首を傾げる。
「はっきりとはまだわからないな。でも、この内容だったら今すぐ出ていかなきゃいけない、とかじゃないな。ましてや不幸があったばかりのタイミングで突き出すような話じゃない。クルサの条例とかも関わっていそうだから、俺の方からも師匠の部下に話を聞いてみるよ」
マグダレーナは小さく息を吐き、「……ありがとう」と感謝の意を伝えた。
ドリューは散らばった書類を束ねながらふうと大きくため息を吐く。
「……それにしても、俺もまだまだ学生の気が抜けてねえな」
おもむろにそう呟いた。
「え?」と目を丸くするマグダレーナを振り向き、自嘲気味な笑みを浮かべてみせる。
「いや、昨日のことを思い出してさ。どうしようもない、カッコ悪い姿を見せちまったなあって思ってさ」
妙に落ち着き払った物言いだった。フライアとマグダレーナは視線を合わせ、目をぱちぱちさせる。
ドリューは椅子に身体を預けると、昨日のことを振り返るように天井を仰いだ。
「大の大人が都同士の面会に割って入って、嘆いて、駄々をこねてへたり込む。……本当に情けねえよな」
そう語るドリューに、酒に乱れていた昨晩のような面影はなかった。やりきれない憤りや嘆きは鳴りを潜め、その言葉にはただ己に対する不甲斐なさだけが込められている。
マグダレーナはそんな彼を励ますように口を開いた。
「……でも、クルサの人たちもあなたと同じように思っていたわ」
ドリューの胸の内を窺うように、皆が同じ想いであったことを伝える。
──落胆している、それでも受け入れて前に進まなければならない。そうした現実を思いながら。
するとドリューは小さく息を吐いた。
「……そうだったかもしれない。でも、俺はアカデミーの講師だ。本来なら、俺が蜂の巣にされてもおかしくなかったんだ。それなのに、結局師匠に甘え続けた。全部肩代わりしてくれたのに、最後に檄まで飛ばされたのに受け入れられなかった。本当に、情けねえ奴だなって」
その言葉にフライアはハッと息を呑む。ドリューが自分たちと同じことを考えていたからだ。
──大事なのはこれからだ。
モーランの言葉を聞いたとき、兄妹は自分たちも当事者の一人であることに思い至った。戦いに身を投じた自分たちにも罪はある。
それなのにすべての咎めをモーラン一人に背負わせてしまった。そうした自責の念を、ドリューも感じていた。
心が受け入れなくとも、頭では分かっていたのだ。
しばし無言の時間が流れ、やがてマグダレーナがそっとドリューの肩に手を置いた。
「……情けないわけじゃないと思う。市長さんがそれだけすごかったってだけ」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる。
ドリューは俯きながらも「……ああ、そうなんだ」と納得するように呟き、そして続けた。
「でも、俺たちもまた、あの人のようになっていかなきゃいけないんだ」
そう言って顔を上げた。
「……『俺たち』?」
思わずフライアが復唱すると、ドリューは頷いて言葉を継いだ。
「ああ。師匠はアカデミーを俺たちに託してクルサに戻ったんだ。自分たちでアカデミーを作っていけと。それでも、今回もまだ自分の責任だと思ってアカデミーに関わってくれている。そうしてもらえている間に、早く俺たちもあの人のようにならなきゃいけないんだ」
拳に力を込め、自分自身を鼓舞するように言い切る。勢いそのままドリューは椅子から立ち上がった。
「ようし、決めた!」
拳を握り締めたまま、興奮気味にテーブルを離れる。
そんなドリューの姿を、椅子に座ったままの女子二人は唖然と見つめていた。
「ど、どうしたの?」
マグダレーナが問いかけると、ドリューはくるりと向き直った。その顔には笑顔が浮かんでいる。
「俺はアカデミーに戻る。今は廃校同然だが、アウストラリスに頼っても、エラセドに頭下げてでも、絶対にまたアトリアのシンボルとして復興させる。師匠が作り上げた城だ。絶対に元通りにしてみせる!」
それはまさしく決意表明のようだった。
その勢いに気圧され、おお……と仰け反る女子二人だが、段々とその表情にも笑みが零れはじめる。
「……ええ! 叔母さんの想いが詰まったお城でもあるわ」
マグダレーナが言うと、ドリューは「そうだ」と頷きニッと笑った。
「……それでなんだけどさ。レーナさあ……」
「レ、レーナ? う、うん……」
唐突に呼び名が省略され、マグダレーナは照れたように頬を赤らめる。
一方のドリューも自分でそう呼んでおきながら顔を赤くし、その照れを誤魔化すように頬を掻く。
「復興するとはいえ、まだ全然計画も立てられない。正直、今戻ってどうなっているかってわかったもんじゃない。だが、とにかく人手が必要だってことはわかってる。それで、どうだろう。レーナは、協力できないか?」
そう言ってマグダレーナを正面から見つめる。モーランにローズ──互いに慕う人物がアカデミーの創設者であるからこその誘いだ。
「う……うん」
だが唐突な申し出ということもあって、マグダレーナもはっきりとは答えられない。
ドリューはそんな彼女を気遣うように言葉を添える。
「別に、今すぐじゃなくてもいい。でも、俺はアカデミーに戻る。もし来て協力してくれたら、喜んで受け入れるって話だ」
マグダレーナは「そう……」とやや俯き加減に応じた。まだすぐには返事をできないようだった。
そんな彼女の様子を見届けると、ドリューは玄関口へと身体を向けた。
「二人とも世話になったな」
女子二人にそう告げてから、眠りこけたままのライアスを見やる。
「あと、フライア。一晩付き合ってくれてありがとうよ。お前の兄貴にもよろしく伝えてくれ」
「あ、はい……」
そう返事しながら、フライアはこのままでは失礼だからと兄を起こしにいく。だがそうしているうち、ドリューは颯爽と家を出ていってしまった。
呑気にいびきをかく兄を見て、フライアは小さくため息を吐く。
「もう……」
身体をゆすってはみたが、結局ライアスは目を覚まさなかった。




