172 安らぎが止まる時
コンコン。
不意にノックの音が響いた。
まったりと過ごしていた三人は戸口へとその視線を向ける。
「パルマトゥースさん、お住まいの件でご相談がありますよ」
ドア越しに男の声が聞こえてくる。こちらの反応を待つことなく、男は立て続けにドアをノックした。
応答を催促するような振る舞いに、ライアスは思わず腰を浮かせる。
「なんだ?」
だがマグダレーナがそれを制止した。「しっ」と人差し指を口元に添え、
「だめ。最近よく来る嫌がらせよ。静かに、こっち来て」
声をひそめて言いながらこっそりと立ち上がった。
それに従い兄妹も立ち上がる。三人はそのまま、忍び足でそっと奥のキッチンへと移動をはじめる。
男のノックは止まず、それどころか叩く勢いが強くなってきた。
「中にいるのはわかってるんですよ! 無視してると、お役所にお叱りを受ける厄介なことなんですよ!」
気配からして複数人の男がいるようだ。
キッチンの奥へと身を伏せながら、ライアスは怪訝な声を漏らした。
「……なんなんだ、あいつら?」
男たちは脅しまがいの文句を並べながら、玄関の戸をしつこく叩いている。
マグダレーナは小さくため息を吐いた。
「……よくわからないんだけど、叔母さんが亡くなってからよく来るの。叔母さんからはもう相続とか、そういう手筈は終えたって聞いてるけど、私もまだ内容が整理できてなくて」
兄妹は揃って首をひねる。叔母が亡くなってまだ三日なのだから、諸々の整理ができてないのも無理はない。
そんな時期に、役所の名義を使ってまで急かすほうが悪質だろう。
だがそんなことはお構いなしにドアを叩くノックは止むことなく、男の言葉は卑しさを増していく。ついには詐欺師呼ばわりまで発展して、もはや忠告というよりただの罵声と変わりない。しまいにはガチャガチャとドアノブを手荒に回しはじめた。
「……なんか、嫌」
フライアが嫌悪感も露わに呟く。シェラタンの小屋で野盗に包囲された日のことが思い浮かんだ。
汗ばんだ手で服の胸元を握り締める。
ふとマグダレーナが視線を浮かせる。
「あっ、窓開けっぱなし……!」
しまった、と唇を嚙み締めた。
居間の窓が開け放したままで、その先から男らの声が近付いてきていた。まさか、とは思うが今の勢いならば窓から入ってきてもおかしくはない。
マグダレーナは小さく首を振る。
「……だめ、埒が明かないわ。ライアス」
声をかけられ、ライアスは「お、どうする?」と片膝を立てた。このまま言われっぱなしで隠れているようでは面白くない。
意気盛んなライアスに対しマグダレーナは小さく頷いた。
「裏の、勝手口から外に出て、警備員さん呼んできてくれる? これだけ騒がれれば名義も立つわ」
そう言って裏手の勝手口へと視線を向ける。
出入り口の反対側で、うまく抜ければ気づかれずに呼びに行くことはできそうだ。
「よし、わかった」
ライアスは首肯して立ち上がる。確かにこうして何度も来るような相手なら、今後のためにも現場を警備員に見てもらったほうがいい。
窓辺の視線に気を付けながらフライアを憑依させた。そうして勝手口の前まで移動すると振り返る。
「じゃあ、行ってくる。出たら鍵閉めろよ」
声をひそめてそう伝える。マグダレーナは手を上げて応じた。
「うん、入ってきても、ちょっと時間稼ぐわ。お願い……!」
それを受け、ライアスはよし、と頷く。
戸を静かに開き、身を屈めてそろりそろりと外へ足を踏み出した。そうして勝手口の鍵が掛けられるのを確認してから、裏路地を表通りへと向かう。
……その矢先だった。
「ぬあっ⁉」
突如、眼前に二人の男が立ちはだかり、ライアスは奇声を発してしまった。
「おう、夜逃げはいけませんぜ?」
その男は含み笑いを浮かべて言った。どうやら待ち伏せをしていたらしい。
だが兄妹が驚いたのも最初の一瞬だけだ。
裏路地、不意打ち、男が二人……。色々な意味で既視感があった。
「ぐおおっ⁉」
刹那、男の絶叫が響く。その頭上に氷柱が叩き込まれていた。ライアスが睨みを利かせている間に発動したフライアのエレメントだ。
「どけっ! お前らに構ってる暇はねえっ!」
次の瞬間には稲光を纏った剣が打ち込まれ、男らの意識は電撃によって刈り取られていた。
野盗の襲撃に慣れた兄妹には躊躇も戸惑いもない。蹴散らした男たちを路地裏に投棄されたゴミ山へと払い捨てる。
これで人を呼べる、と思ったがライアスは家の表側へと視線を向ける。
「裏まで回られてて、表は大丈夫かよ⁉」
男らは想像以上に強行的だ。この様子だとあまり時間はないかもしれない。
ライアスは気配を殺すことを諦め、正面の路地を家の表側へと駆け出す。
そうして町の表通りに抜けようとすると、マグダレーナの家から男たちの罵声が聞こえてきた。それに切り返すマグダレーナの声も聞こえる。
兄妹はハッと家の方に顔を向けた。
(中に入ってる⁉)
「あの野郎っ!」
こうなると警備員を呼びに行く猶予もない。マグダレーナを助けるべく、家の方へとライアスは馳せ戻る。
そして玄関口のある正面側へと向かい、家の角を曲がったときのことだった。
「んぐあっ!」
ライアスと衝突した中年の男が悲鳴を上げた。逆側から走ってきたその男と出会い頭にぶつかってしまったのだ。
「だあっ! 邪魔だ!」
まごついて離れない男をライアスは乱暴に振り払う。
するとその正面、今度は別の男が長い槍を振りかぶってきた。
「おらあああっ‼」
槍はライアス目掛けて振り下ろされる。
「おわあっ!」
(ひゃあああっ‼)
間一髪、慌てて前にかざした剣とフライアの放った氷塊で、どうにかその槍の先端を食い止められた。
突如現れた氷塊を前に唖然とするその男は……よく見知った顔の男だった。
「ドリューっ‼ あぶねえだろっ!」
その名を呼ばれ、男は慌てて槍を引っ込める。
「……はっ! ライアス! すまねえ!」
兄妹は戦慄を覚えながらドリューの顔を睨み据えた。切っ先鋭い両手槍に危うく脳天を抉られるところだ。
「まだ酔ってんのかよ! マグダレーナは⁉」
そう言ってライアスは家の方へと顔を向ける。
その問いかけで事の成り行きを把握したのか、ドリューは頷いた。
「無事だ。正面はあらかた片付けた! お前は今ぶつかった野郎を追えっ!」
言いながらライアスの背後を指差す。
状況が掴めず、ライアスは「……へ?」と間の抜けた声を上げた。
ドリューがもどかしそうに説明を付け加える。
「あいつもこの取り立て屋のグルだ! 路地裏に入ったぞ!」
家の中で何があったのか分からないまま、ライアスは「わ、わかったよ!」と応じて路地裏へと引き返した。




