168 ほろ苦い酒盛り
失意のドリューを連れ、店に入るぞと言ってはみたものの、そこはさほど馴染みのないクルサの町。
勘だけを頼りに、兄妹は落ち着いた軒先の酒場へと足を運んだ。ドリューを連れ、空いていたカウンター席に三人で並んで座ることにする。
ちょうど近くに防具立てがあった。楽な姿勢になれるようにと、ドリューとライアスが鎧を外し、ライアスが中央、その左右にフライアとドリューが腰を下ろした。
常々金欠の日々を過ごす兄妹にとって、はじめての酒盛りだ。
(もう少し楽しいものだと思ったけどな……)
(飲める、かな……?)
兄妹はやれやれとアイコンタクトを送り合う。二十歳になってアルコールなど飲んだこともないのだが、それ以外ドリューを慰める方法も思いつかない。
酒の銘柄はもちろん味の想像もつかず、酔いというのもよく分からない。未体験の領域に不安を覚えながら、兄か妹どちらかは自我を保とうと二人で腹を括り、ドリューが頼んだ酒と同じものを注文する。
程なく酒が提供され、見よう見真似でグラスを合わせて口へと運ぶ。
(う~ん……)
(んむうぅ……)
……あまり爽快な印象ではなかった。
ドリューが一杯目を飲み込む間に兄妹は揃って唸りを上げ、首をひねる。ベベルの店では皆が美味しそうに酒を飲んでいたのに、どうもイメージと違う。
次の瞬間フライアの頬がぼうっ、と桃色に染まり、ライアスは無言のままちびちびとグラスを傾ける。徐々に頭がぼーっとしていくのを感じながらもどうにか酔いを堪え、少しずつグラスの中身を消化していく。
やがて無言だったドリューがぽつりぽつりと言葉を零しはじめた。
「……キャンプ地でお前たちと別れてから、俺は生徒を連れてアカデミーに戻った。結局エラセドを押し返せないままの敗走だった。お前たちを犠牲にしたと思ったし、戻ったら戻ったで次こそはヴォイドで本格的に防衛措置を取るなどとアカデミーの上層部で話が出始めた。……何かがおかしいって、その時やっと思ったんだ」
絞り出すように語るその声には自責の念が込められていた。
「ヴォイドゲートは、それで動いたのか?」
ライアスが尋ねるとドリューは弱々しく首を振った。
「……いや、俺から見る限りそれはなかった。でも、このままじゃいけないって。もうあいつらの元で、黙っていたらいけないって本気で思った」
拳に力がこめられたのか握ったグラスの氷がカラン、と音を鳴らした。その酒をあおるようにグイ、と口に運んでから言葉を続ける。
「軍事部門の仲間と学長の周りを探り始めた。ヴォイドなんて、アカデミーはただ見張る役だけのはずなのに、あたかも自分たちで自由に扱えるような様子に皆違和感を覚え始めた。その一方で、アウストラリスとの交流は早々と中止するように連絡を入れていた。ゲートへも近づかせないように手も回された。……俺たちはなんとか、連中には気付かれないようにしながら、ヴォイドに対抗できる勇者と神官を匿う準備をしていた」
頬を染めたフライアが「……え?」と呟き、とろんとしていた目を見開く。
──勇者と神官を匿う。アトリアに来る前、カムトからは彼らが密かにここへ向かったと聞いていたが、それをドリューたちが準備していたというのか。
「えっと……確かフェルディナントとアヴァランが昨日出発してた、よな?」
ライアスは苦手ながらも記憶を探り、確認するように両隣の二人をきょろきょろと見やる。
「……ああ。その話を知った俺の仲間が二人を受け入れた。……それでも、遅かったんだ」
呟くように言うと、ドリューはグラスに残っていた酒をグイと飲み干し、通りかかった店員を呼び止め「もう一杯」と注文した。
酒はすぐに運ばれ、ドリューは新しいグラスを手にすると再び口を開いた。
「結局、わかったふりをしていただけだったんだ。師匠に怒鳴られて、その師匠が撃たれて、それでも俺はアカデミーを疑わなかった。ずっと正当化していただけだったんだ……」
消え入るような声でそう話すドリューの手元に、ぽつりぽつりと涙が落ちる。もらい泣きをするようにフライアも目に涙を溜め、くすん、と鼻を鳴らした。
「……俺たちからは別に、そんなふうには見えなかった」
ライアスは労わるように言った。いい慰め方かはわからない。だがそれは兄妹の正直な感想だった。
「……すまねえ。こんな奴の口車に乗せちまって……」
「それは……違う」
なおも自分を責め続けるドリューに、ライアスは待ったをかけた。
「確か、あの時も言ったけど、俺たちは自分たちのためにって参加した。俺はただ、ドリューが背負わなくてもって思って……」
それはかつてドリューに言われた言葉でもあった。ノースライフ山脈での奇襲作戦が話に持ち上がったとき、ドリューは『無理に背負わなくていい』と兄妹を気遣ってくれた。
最後までやり通そう、そう決めたのは自分たちで、ドリューの戦いに巻き込まれたとは少しも思っていない。
だから今はただ、互いに責任を全うしただけなのだと、そう勇気づけたかった。
だがドリューはそれでも顔を上げようとはしなかった。
「すまねえ……すまねえぇ……。許してくれぇ……」
言いながら彼は声を詰まらせ、そのまま咽び泣いた。
切ないその嗚咽はしばらくの間続いた。誰に許しを求める涙かは判然としていない。
だが兄妹には彼の思いが分かる気がした。
ドリューは責任感の強い男だ。きっと自分たちだけではない。戦いに赴いたすべての人々に対する懺悔なのだ。アカデミーの生徒を連れて奇襲作戦の指揮を執り、その戦いで部隊は散り散りになって敗走を重ねた。
何人が犠牲になったか分からないし、生け捕りになって牢屋行きとなった兵もいるかもしれない。
諸悪の根源がアカデミーなのだとしても、エラセドへの遺恨が消え去るわけではない。戦争の傷跡は人の心に深く刻み込まれる。
ならばもし、あのとき奇襲の判断を間違えていなければ……アトリアの運命はどれほど変わっていたことだろう。
ドリューが悔やんでも悔やみきれないのは当然のことだった。戦いで命を落とした兵と同じように、彼が陰謀の被害者の一人であったとしても。
声を殺して咽び泣くドリューの傍らで、兄妹はただ遠くを見つめるように、カウンターに並ぶ酒瓶を眺めていた。




