167 師匠が残した言葉
最後まで抵抗し続けた野次馬がいなくなり、人々ははるか遠くに離れて背を向けている。
にもかかわらず、時折顔をこちらに向けてくる。傷が痛み、悲痛な表情で訴えたモーランを恐れ、失望しているようにも見える。
先程までの騒ぎが嘘だったかのように広場は静まりはじめた。
そんな中、モーランはかつての弟子へとその視線を向ける。
「ドリュー」
その呼びかけに対し、ドリューは伏せた顔を上げようとはしなかった。
「師匠……。俺は……」
失意に打ちひしがれる弟子の姿に、モーランは重いため息を吐いた。車椅子をゆっくりと寄せ、呼びかけるように口を開く。
「……今回はお前だけのせいじゃない。大事なのはこれからだ」
その師弟のやり取りを、傍らの兄妹は黙って見守っていた。
モーランの言葉には相手を励ますような力強さがあった。過去に見た、一方的に叱りつけるような物言いとは明らかに響きが違う。
それでもドリューは顔を上げられずにいる。
「俺は……」
ドリューの言葉からはそんな言葉しか出てこなかった。
するとモーランは再度大きくため息を吐いた。
「……教師になっても、学びは続くぞ。時には失敗から学べ‼」
豪気に溢れる口調でそう言ってのけた。
傷が痛んだのか息遣いは乱れ、青白い顔には汗が浮かんでいる。先刻の無理もたたっているのだろう。
側近に促され、モーランは車椅子を押されながら役所の中へと戻っていった。
あれだけ人が集まっていた広場はついにドリューと兄妹のみ──フライアは憑依しているため、その姿だけでいえば二人だけとなってしまった。
兄妹はしばし車椅子を押されるモーランの後ろ姿を見つめ、彼が役所の奥へと消えるのを見届けた。
すると、ドリューは崩れ落ちるようにその場にへたり込んでしまった。人目がなくなり、兄妹はその場で憑依を解くと二人でドリューの傍らへと歩み寄った。
「ドリュー……」
このまま放ってもおけず、ライアスが小さく声をかける。
ドリューは項垂れたまま、絞り出すように口を開いた。
「……悪い。ほっといてくれ……」
思った通りの返答が返ってくる。だがそれも無理のないことだった。
兄妹は彼がこの問題に真っ向から取り組む姿をずっと見てきた。直情的で迷いを知らない、そんなドリューが道を誤らないよう必死に悩み、ときには迷ってもいた。モーランの部下に、そして自分たちにも確認を取りながら、やるべきことを全うしようとしていた。
──ドリューは決して間違っていたわけじゃない。
兄妹はそんな言葉をかけてあげたいと思った。
だが……。
喉元まで出かかったその言葉を、兄妹は飲み込んだ。
(そんなこと言えない……)
(ああ……。そんなの、ただの他人事だ……)
彼はその責任を果たすべく最後まで問題の解決に努めた。だからこそ誰よりも打ちひしがれている。その行動が、その意志が、正しかったか間違っていたか──。それは他人が易々と批評できる事柄ではない。
その判断を下せるのは彼自身しかいないのだ。
僅かに震えるドリューの肩を見つめながら、兄妹は先程のモーランの言葉を思い返した。
──『大事なのはこれからだ』
──『失敗から学べ』
彼が残していった言葉が兄妹の頭に木霊する。
それは決して他人事ではなかった。
兄妹は志願兵として戦いに加わり、多くのエラセド兵たちを相手取った。その戦いを企てたのがアカデミーならば、自分たちだって争いの加担者と思われたかもしれない。先程のような大衆の面前であれば、罪人の一人として矢面に立たされてもおかしくはなかったのだ。
だが、その咎めをモーランはただ一人で受け容れていた。市民から噴出した批判もすべてはモーランが受け止めた。
──銃弾まで受けたというのに、その身ひとつですべての罪過を。
(モーランさん。全部かばってくれた)
(……ああ、俺たちにチャンスをくれたんだ)
──このままではいけない。兄妹は視線を交わし頷き合った。
「おい、ドリュー!」
ライアスがもう一度、今度は強く呼びかけるも、もはや反応すら返ってこない。やがてグスッとしゃくり上げるような、か細い声が聞こえてきた。
……泣いているのでは仕方がない。ライアスは妹に目配せすると、ドリューの肩を抱え上げた。
「ほらっ! こんなとこでずっと座ってんじゃねえって! 愚痴なら聞いてやるからっ! 行くぞ!」
「ぐ……ううぅ……」
そのまま肩を貸し、ドリューの片腕を担いで歩き始める。そうして町中に出たライアスは妹と視線を交わし、適当に入れる店はないかと辺りを窺った。
ドリューはといえば、もう片方の手で目元を覆ったまま声を押し殺すように泣いている。
兄妹はそんな彼の姿を敢えて見ようとはしなかった。




