165 想定外の協力者
ドリューと兄妹。
お互い疲れ切った中で胸の内を察しつつもライアスは学長机に積まれた資料を見渡した。
「それで、荷物持ちになるから、何を運べばいい?」
ドリューは机の上の資料に目をやると思案するように顎に手をやり、
「ちょっと目星をつけておく。まずはこの机の中の書類全部。ひとまず軍事部門まで運びたいんだが……、この量だとお前だけじゃ手が足りないな」
そう言ってライアスへと視線を戻す。
するとライアスは僅かに宙を見上げながら、こう口にした。
「いや、女子だがもう一人分手はある」
言葉の意味が分からず、ドリューは「ん?」と首を傾げる。
その眼前、ライアスの背後からすうっとフライアが現れる。
「おわぁっ!?」
驚愕して口をぱくぱくさせるドリューに構うことなく、兄妹は机に積まれた資料の量を確認しはじめる。
「よし……!」
「なっ⁉ あ、ああ、妹か。……え、えっ? おいっ、説明しろって!」
わたわたと問い詰められ、兄妹は見せた方が早いか、と実際に憑依をしてみせる。
――例の如く兄妹の実演を見たドリューは目を丸く見開き、驚きに身体を硬直させる。
「……こんなとこだ。俺たちで一回軍事部門まで往復する。それまでに次の資料をまとめといてくれないか?」
ライアスは何事もなかったように言って、妹共々淡々と資料を手に抱えていく。
「あ、ああ。わかった!」
半ば無理やり納得するドリューを背に、兄妹は資料を抱え学長室を後にした。
学長室から軍事部門までは一度駆け抜けてきた廊下。
改めて歩くと思いのほか距離がある。負傷者が残されている軍事部門の部屋まで誰とも会わないのがまた不気味だ。
「……ほんとにここで、俺たちは戦ってきたんだよな?」
「そうだけど……」
退路が閉される中、無我夢中で戦い、身体にも相当の疲労感がある。各講義室で乱された机や黒板もその爪痕をはっきりと残している。
――なのに、それらを荒らし尽くした悪魔だけがいない。
ただただむなしかった。
それが虚無だというのだろうか。
資料の運搬で一往復した頃には別の部隊もアカデミーに入ってきていた。
ヴォイドからの悪魔はすっかり消え去り、各部門の部屋に閉じこもっていた教員たちも王都兵によって救助されていく。身を縮めて隠れていたであろう彼らには何が起きたか判別する術もないだろう。
事態はひとまず収束へと向かっていた。
兄妹が学長室に戻ると同時に、その背後から伝令役と思しき数人の兵がやってきた。
「お前たち、大丈夫か? ついさっき、北のヴォイドゲートが塞がった。……そこに倒れているのは?」
王都兵は部屋の中央、床に倒れ伏した男の姿を認めて眉をひそめる。
「……学長だ。俺たちがここに来ていた時には既に悪魔にやられていた。顔は見ないほうがいい」
ドリューがそう忠告するも、調査もあると王都兵たちはグルークの身体を掴み起こした。
「うえぇっ!」
途端に王都兵の一人がえずいた。その醜悪さに耐え切れなかったようだ。見ないよう兄妹はそっぽを向いていたが、どうやら正解だったらしい。
すぐさま顔を覆い隠すための包帯が用意され、顔をぐるぐる巻きにされたグルークの遺体は王都兵たちによって外へと運び出されていった。
それを見送り、ドリューは再び机上の資料へと意識を移す。学長机には分厚い表紙で綴じられた本が幾つも積まれていた。
「ライアス、フライア。ちょっと多いがこれだけは確保したい」
資料の一山を抱えながら言うドリューに続き、兄妹もそれぞれ資料を抱えていく。
そして学長室を出ると、部屋の目の前に先程の王都兵の一人が待機していた。
「あなた方、このアカデミーの者ですか?」
ぶしつけに尋ねられ、ドリューがファイルを抱えたまま頷く。
「私はそうです。後ろの二人はあなた方と同じアウストラリスの一員のはずですが」
王都兵はチラリと兄妹に視線を向けるも、その目はどこか冷ややかだ。アウストラリスの一員というのが本当か勘繰っているのだろう。
その視線を受け、ライアスが口を開く。
「……『ブラザーズ』って言えば、わかるか?」
すると王都兵は視線を持ち上げ、やがて思い出したかのように「……ああ!」と声を上げた。
「あの新しい傭兵部隊か。失礼」
そう言って表情を柔らかくする。どうやら認知してくれたようだ。
「ですが、その資料はどうされます? これから緊急で、アウストラリスに加えてクルサやエラセドの学者たちが、このアカデミーの調査に当たるという話になっているのですが」
「……えっ⁉」
思わずドリューが声を上げる。同じく、その説明には兄妹も驚いた。
「ちょっと待て! アウストラリスとクルサはわかるが、なぜエラセドも参加するんだ⁉」
ドリューが声を荒立て疑問を口にする。エラセドはここアトリアと反目しあっていた都だ。クルサで巻き起こった戦いは、兄妹からしてもまだ記憶に新しい。
だが王都兵の返答は冷静なものだった。
「それは、エラセドは兼ねてよりアカデミーの管理体制を危険視していたからです。既にいくつかの根拠があると。我々アウストラリスも招いて今回の件に協力したいという話になっているのです」
ドリューは苦々しく表情を曇らせる。
今日の災禍は確かに、ここアトリアのアカデミーに原因があると認めざるを得ない。そうとなれば、それに至るまでの経緯を説明しなければ最低限の示しもつかない。
「だ、だが……」
ドリューは声をくぐもらせる。やりきれない思いを抑えきれずにいた。そしてそれは、兄妹も同様だった。
項垂れるドリューを前に、王都兵が説明を続ける。
「それに……私は伝令なので詳細は聞けていないのですが、今回エラセドに協力を持ちかけたのはクルサの市長様だったとのことです」
その途端、弾かれるようにドリューの顔が跳ね上がった。
「なんだって⁉」
思わずドリューが声を張り上げる。兄妹も、言葉こそ出ないが心持ちは同じだ。
クルサの市長モーラン──。
彼の存在はライアスだって覚えている。
ドリューの師匠でもある彼は、エラセドとの争いにおいて交渉の最中銃撃にあった。そのモーランがエラセドに協力を持ち掛けるというのは、ドリューにとっても兄妹にとっても信じ難いことだった。
動揺を隠せずにいるドリューに対し、王都兵はおずおずと説明を付け加えた。
「あ……それ以上はわかりません。噂では既にクルサがエラセドに招き入れ、我々も急ぎ会談の準備を整えている状況です。それで、調査の上で、それらの資料を隠匿されるようなことがあればますますアトリアとしては不利になるかと……」
その物言いに、ドリューは目尻を険しく吊り上げた。
「っ! 隠匿なんてことはしない! 軍事部門で一回預かるだけだ!」
叫ぶように言い、王都兵の反応を待たずしてその脇を通り抜ける。
「ライアス! フライア! これを置いてクルサに行くぞ!」
呆然とする兄妹に発破をかけるようにそう告げながら、ドリューはずんずん廊下を先へと進む。
「あ……ああ。わかった!」
資料を抱え直し、兄妹も王都兵の脇をすり抜ける。
感情の赴くまま廊下を走り出したドリューの背中を追うように、兄妹は港町クルサへと再び足を踏み入れることとなった。




