164 埋められた真相
階段を上ると、にわかに声が聞こえてきた。幸い、異次元に飛ばされたわけではないようだと兄妹は心中ホッとする。
だが、声の方へと駆け寄るとそれが怒声であることが分かった。
「くっそおおぉー‼ どうなってるんだあ⁉」
兄妹が向かう通路の先に重厚な扉があり、ドリューの声はその中から聞こえた。
走り寄る勢いそのままに、ライアスが扉を開き放つ。
「……っ! 大丈夫か?」
開きざま声を上げて室内を見渡すライアスに、三人の視線が返ってくる。
イリューアは開かれた扉のすぐ横に、ウォルフはうつ伏せに倒れる男の傍らに、ドリューはその奥にある両袖机の前にいた。
「リーダー……、無事でよかったです」
イリューアがホッとしたように呟いた。
ウォルフは神妙な面持ちで頷く。
「ああ、こっちは大丈夫だ。だが……」
そう言ってドリューの方を見やる。
ドリューは何やらしきりに学長机の中を漁っていた。よく見ればその机の手前に、随分と派手に壊されたブリキの箱が落ちている。
「これはなんだ?」
ライアスが箱に気付き近寄ると、不意にイリューアが声を張り上げた。
「触らない方がいいです! 私たちで壊しました」
その剣幕に驚いて歩みを止めたライアスに、ドリューがやや殺気立った声で説明を加える。
「……どうやら、俺たちはその装置に遊ばれていたみたいだ。そいつがヴォイドゲートから出てきた悪魔をここへ誘うように信号が組まれていたらしい」
その説明に憑依中のフライアが眉根を寄せる。
「悪魔を、誘う?」
ライアスが低い声で呟いた。
自ら悪魔を誘う──。いったい何のためにそんなことをするのか。何故そんな装置が存在しているのか。
ふとライアスは視線を落とし、床に倒れ伏した男を見やる。すべての答えはこの男が知っているのだろう。
うつ伏せに倒れた男はぴくりとも動かない。ぼろぼろに裂けたスーツに、乱れ切った白髪混じりの後ろ髪。見覚えのある風貌から、この男がアカデミーの学長グルークということが分かる。
──この男は何を目論んでいたのだろう。
ライアスは半ば無意識に手を伸ばしていた。その腕をウォルフが掴み、視線を向けるライアスに静かに首を振ってみせる。
「顔は見るな! 悪魔の仕打ちで原型を留めてねえ」
重々しい口調だった。その内容にライアスはうっ、と退いて深々と息を吐く。
状況が掴めないまま、今度はドリューの方へと顔を向ける。彼は机の引き出しを漁っては書類を手に取り、それに目を走らせていた。
「くっそう、あの野郎……!」
時折漏れる言葉は荒々しい。そんなドリューのもとへとライアスが歩み寄る。
「ドリュー……」
「すまねえが、後にしてくれないかっ!」
激しい剣幕でそう返されたが、引き下がるわけにもいかない。
「ひとまず、全部話してくれないか?」
「っ!」
ドリューは吊り上げた目でギッとライアスを睨み付けた。気が立っているのは明らかだった。
一方のライアスはいつものように表情は変わらない。
もちろん何も感じていないわけではなかった。ただ《独りの兄妹》の片割れであるライアスは、感情や思いを表に出すことが思うようにできないだけだ。
「……俺たち、ここまで一緒に来たんじゃないか。今更ここで隠すものなんて何もないだろ? どういうことなんだ?」
その思いを伝えるべく言葉で語りかける。だがドリューは応えることなく、互いに譲らないまま二人はしばらく睨み合った。
だが根負けしたのか、やがてドリューが小さくため息を吐き、その口を開いた。
「……わかったよ。それが……俺にもよくわからないんだ」
その言葉に一同は「え?」と顔を見合わせる。
グルークとは立場が異なるとはいえ、ドリューもここアカデミーの講師だ。これだけの惨事が引き起こされているのに、何も知らないとは思えない。
「わからないって、なんだよ?」
「お前はこのアカデミーの講師だろ? シラを切るつもりか?」
ライアスとウォルフが立て続けに疑問をぶつけた。
その問いかけに対し、ドリューは力なく首を振る。
「……わからないんだよ! 学長の動機が! 周りを見てわかるだろ? 至る所から資料が引き抜かれている」
そう言われ兄妹が室内を見渡すと、ドリューの言う通り学長室というわりには本棚があまりにガラガラだった。
ドリューが言葉を続ける。
「悪魔にかじられたというには出来が良すぎる。ここにはあらゆる教育部門の資料と報告書が並んでいたはずなんだ。中には機密の軍事資料もあった。授業科目を組み立てさえすれば、別に教育機関を立てられるレベルだ。……それらがなくなってる」
つまりは極めて重要な資料が盗まれた、ということだ。だがそれだけでは説明になっていない。
「そ、それで、ここに倒れてるこいつは?」
そう言ってライアスは床に伏せる男に視線を向ける。
ドリューは「それがわからないんだ」と力なく口を開き、その語勢を徐々に強めていった。
「学長は俺も嫌いだったが、資料を盗むのが目的ならここにヴォイドを呼ぶ必要なんかない! 実際、こいつは死ぬし、ヴォイドを呼び込む装置を自室に起動させるってどういうことなんだ⁉」
狼狽しきった顔で、逆に教えてくれよとばかりに両手を広げてみせる。
一同は口を閉ざした。
噓をついているようには見えない、ドリューは本当に何も知らないようだ。彼の言葉はもっともで、ここに悪魔を呼び込むような理由など何ひとつとして思い浮かばない。
──いったい何が起こっているのか。
状況を把握できないまま、各々が考えを巡らせる。
「……全部片付けが済んだところで、ここを跡形もなく排除しようとした学長がしくじったか」
ウォルフが唸るように言った。それに続いてライアスも口を開く。
「……別の誰かが資料を奪ってここにヴォイドを呼び寄せるように仕向けた、か」
グルーク以外の人間が盗難を目論んだのであれば、それも説明がつく。
同意するようにドリューもゆっくりと頷いた。
「それを、さっきまで証拠が残っていないかって探していた。けれど……それにつながる手がかりが何も残っていないんだ」
言いながらがっくりと首を垂れる。
「これで……アカデミーはどうなっちまうんだ?」
それは悲痛な呟きだった。重要な資料はすべて盗まれ、アカデミーの基盤である校舎自体もヴォイドの悪魔によってぼろぼろにされてしまった。
これまでドリューは数ある苦難に対して常に前を向き、その真っ直ぐな気質で兄妹に道を示してもくれた。
そんな彼が項垂れる姿を目の当たりにして、兄妹は何も言葉を見つけられなかった。
誰も何も言えないまま沈黙は続いたが、やがてドリューが再び資料の整理をはじめた。
「ライアス。ここは少し俺に任せてくれないか? 他の連中がやってくる前に必要な資料は手元に残しておきたいんだ」
その言い分を理解しながら、ライアスは彼を放っておく気にはなれなかった。
「それはいいけど、資料を運ぶなら人手がいるだろ?」
「それは、そうなんだが……」
「俺だけ残るよ。ウォルフとイリューアには戻ってもらって、さ」
言いながら振り返り、ウォルフらに目配せをする。その思いを汲み取るように、彼らはこくりと首を縦に振った。
ウォルフがぽりぽりと頬を掻いて口を開く。
「そうだな。ちょっと下も気になる。先降りて、様子は見ておく。あと、イリューアはどうしろって?」
問われ、ライアスはイリューアに視線を向けながら応じる。
「イリューアは俺たちと馬車で王都から来たんだ。アウラさんのところに戻れば帰還しろとかって指示が出ると思う。俺たちは後から戻るって伝えてほしい」
イリューアは頷いた。
「わかりました。街の様子を見た後、アウラ様と合流します」
そうしてウォルフとイリューアが部屋を後にした。
二人を見届けたライアスはくるりと身体を反転してドリューに向き直る。ドリューはひどく疲れた顔で小さくため息を吐いた。
「……悪いな。また巻き込んだ」
ライアスは無表情のまま首を横に振った。




