163 まるで時が止まったかのように
妹を憑依したまま剣を構えるライアスの前に、魔物が列をなす。
集団戦が得意ではない兄妹だが、スペースが限られる通路のような場所であれば定型の戦い方がある。
フライアが氷壁を張り、敵の群れに対し一対一となったところをライアスが斬り込む。雷のエレメントを付加した剣撃により、列となった後ろの相手にも電撃を浴びせられる。
殲滅には向かない戦法だが、圧倒的な数的不利の状況で時間稼ぎをするにはこれしかない。
じりじり後退しながらも、兄妹は先行した三人のため魔物の群れを食い止め続ける。
「ど、どうだ? そろそろ階段に到達するぞ?」
(まだ、なんにも変わらない……)
まだ学長室からの邪気は晴れない。こうなれば死に物狂いで止めるまでだ。
だが退がるうち、三人が向かった学長室への階段が近付いてきた。魔物の群れは一行に減ることがない。兄妹の前に行列を作るが如く通路を埋め尽くしている。二人では手数が限られ、ウォルフたちがいたときのような殲滅ができない。
「はあっ……くそっ! 来るんじゃねえっ……!」
(んんっ……はあっ!)
ライアスも憑依して戦うフライアも息が徐々に大きく荒くなる。通路に張られる氷壁も段々と小さくなり、突破されるペースも速まっている。
大見得切って食い止めると言いはしたものの、通路で戦うのはもう限界だった。
「くそっ、階段の中段まで下がるぞ!」
仕方なく階段へと駆け込み、そのまま中段まで駆け上がる。ややスペースのある踊り場で正面に向き直り、再び魔物と対峙する。
──これ以上はもう、後がない。
「さあ、来いっ!」
息を上げながら再び剣を構える。
だが――。
ある異変に気が付いた。
「あれ?」
(動き、鈍くなってる?)
魔物たちの様子がおかしいのだ。
敵意のこもった視線は変わらないのだが、その動きが妙に緩慢になっている。先程までは目を合わせるや猛進してきたのに、今はただゆっくり階段を上ってくるだけだ。
「余裕ぶっこいてるつもりか! このっ!」
ライアスが剣で斬り払うと抵抗もなく階下へと転がり落ち、そのまま霧散して消えた。兄妹で数発撃ち込んで捌いていたこれまでと比べて明らかに手応えがない。
それは後続の魔物も同じだった。まるで戦意を喪失したかのように勢いをなくし、斬り払われては次々倒れていく。
(え……? なに?)
「なっ? どうしたんだ、こいつら?」
そのうち階段を迫り来る魔物は一体もいなくなった。
訝しく思い通路に取って返すと、隙間なく通路を埋め尽くしていた魔物の大群がすっかり消え失せていた。今では長い通路の先まではっきりと見渡せる。
(なんか、怖い……)
「ああ……逆に、な」
あれだけ詰め寄せていた魔物の群れが跡形もなく消えている。
斬り捨てた際の血痕も一切残っていない。キィキィ煩いインプの奇声も四足獣が鳴らす牙の音も無く、辺りは静寂に満ちていた。夢でも見ていたのかと一瞬錯覚に陥るも、損壊した扉や破損した壁がその痕跡を物語っている。
通路の近くの吹き抜けからロビーを見下ろした。校舎内はひっそりと荒れ果て、静けさ漂う不気味な廃墟と化していた。
「……え、え?」
ゾクリとした悪寒が兄妹の背中を走った。恐怖のあまりつい忍び足になる。
突如異次元にでも飛ばされたのか、自分たちがこの世界に取り残されたのか……。不穏な妄想が頭の中を渦巻いている。
二人で声を掛け合えるから耐えていられるが、《独り》だったなら足が竦んで動けなかったかもしれない。
(……はやく、会わなきゃ)
不安を振り払うようにフライアが呟く。
「……そうだな。ウォルフとか、イリューア。上に、いるはずだよな」
そう確認し合ってまもなく、ライアスはまた階段に戻る。
ウォルフら三人はこの先の学長室にいるはずだ。だがそれすら不安になり、恐怖から逃げるように階段を駆け上がった。




