162 最後の階段
渡り廊下を越え中央校舎にたどり着くと、無残な光景が一同を迎え入れた。
広々とした空間の中央に粉々に砕けたシャンデリアが散らばっている。巨大な吹き抜けとなったホールには紫色の靄が立ち込め、繊細な模様が施された壁や床には無数の亀裂が入っている。
アカデミーの中心部にあたるロビーのようだ。
かつては華やかだったであろうホールの面影はなく、これまでに通って来たどの場所よりも荒廃していた。
「学長室はこの上だ! 傍の階段から一気に上に登るぞ!」
ドリューが階段を指差し声を上げる。ホールの左右に両階段が据えられ、二階フロアへと繋がっていた。
「……だな! 吹き抜けにインプが溜まってやがる。長居は無用だ」
ウォルフが上を仰ぎ見て言う。二階部分の吹き抜けに紫色の塊が無数に飛び交っていた。
天井は高く、吹き抜け部分は広い空間となっている。一方で足場になるのは階段とその踊り場くらいで、空中の敵を倒すには飛び道具となる魔法を使うほかない。飛来してくるようなら剣でも倒せるが、相手も魔法を放ってくるのが厄介だ。
同じ場所に留まってはいられない。一行は一斉に階段を駆け上がった。
インプを撃ち落とせるのは炎のエレメントを持つウォルフに、雷のエレメントを持つライアスだ。範囲攻撃はないもののフライアの氷魔法も宙に放てる。それら魔法を駆使してインプを迎撃しながら、相手が放つ魔法弾はドリューの槍とイリューアの剣が振り払う。
そうして進路を確保しながら階段を上っていく。何度か攻撃を被弾しながらもどうにか切り抜け、やっとの思いで上階部分の踊り場へと足を踏み入れた。
「はあっ……はあっ……! 学長室はもうこの上だ」
両階段はここで途切れ、ドリューが指差す通路の先では幅の狭い階段がさらに上へと伸びている。
ここまで強行突破してきた一行も流石に疲れが見えはじめ、誰もが息を荒げていた。
「その……学長ってのは、悪魔を飼っていたりとかしねえよな!」
ウォルフがドリューをギッと睨みつけて尋ねる。
でたらめな質問のようで兄妹も同じようなことを考えていた。誰もが感覚で分かる、異様な邪気が階段の先から漂っている。
「これ、ボス戦ってやつか?」
ライアスの一言に、他の面々が眉を寄せる。
「……かもな」
ドリューが低い声で呟いた。
だが躊躇している時間はない。階下から迫り来る魔物の群れの気配があった。このままでは挟み撃ちに遭う。
「……これまで通りでいいだろ? お前ら三人で学長室へ向かって、俺たちが後続を食い止める」
そう言ってライアスは来た道を向いて剣を構える。
「リーダー!」
イリューアが憂わしげな声で叫んだ。
「だ、大丈夫か? 下の連中も数は多い。お前一人じゃ……!」
ドリューも表情を険しくしてライアスに詰め寄る。
だがライアスはいつも通り無表情のまま応じる。
「行けよ。この通路の狭さならまだなんとかなる。さっさと止めに行けって!」
そう言って仲間に背を向け、階下からにじり寄る魔物の群れへと向き合う。
……別にカッコつけたつもりではない。お前一人、と言われたが憑依したフライアと一緒なのだ。兄妹が揃っているのならできることはある。
だが――。
「……へっ、相変わらずわからねえ奴だぜ! 『俺たち』って言いながら一人で迎え撃つなんてなあ!」
そう言い残して階段へと走るウォルフに続き、ドリューとイリューアも続いた。
彼らの背中を見ながら兄妹はきょとんと振り返った。
「あれ? ひょっとしてウォルフに……」
(……言ってなかったかも)
三人が学長室へと向かい、残された兄妹はぽつりと呟く。……思えば、憑依についてはイリューアにしか伝えていなかったのでは?
「俺たち、こんな時にあいつらを混乱させちまったか?」
なんとも間抜けのようで、不覚だった。
それでも反省する余裕もない。階下からぞろぞろやってきた魔物が、兄妹の目の前を瞬く間に埋め尽くした。
「さあ。食い止めるぞ!」
(うん……!)
ライアスは気合いを入れ直すように、小さく息を吐き出した。




