161 師匠の予言
「前衛を張ります!」
「何をぬかす! 俺が迎え撃つ!」
一行は廊下をひた走り、学長室のある中央校舎へと突き進む。
戦力が増えて順調な進撃ながら、一方で前線を巡っての小競り合いが続いている。廊下はあまり幅がなく、二人並んで戦うには狭いのだ。互いの武器が交錯してしまうようでは危険を伴う。
「ならば槍を振り回さず戦ってください! 二人で張らせてくださいっ!」
イリューアが毅然と声を張り上げる。
「一人で一掃できれば十分だろう! 今は敵を一カ所に固める必要はないっ!」
それに対しドリューも決然と言い切る。
エラセドの騎士にアトリアの戦士──どちらも出身地で培った誇りにかけて、相手に譲ろうとはしない。
そのとき不意に、二人の頭上にコウモリのような影が飛来した。それは紫の靄に覆われたインプだった。
「おわっ! 上っ!」
鋭い鉤のある尻尾が眼前に迫り、ドリューが不意を突かれた声を上げる。
次の瞬間ドオン、と轟音が響いた。武器を抱えて腰を屈めた二人の頭上、炎に焼き尽くされたインプが消滅する。
「おらあ! 二人でも隙だらけだぞ! 俺も混ぜろ!」
言いながらウォルフはニッと白い歯を見せて挑発する。炎弾でインプを撃ち落としたのだ。
煽るような冷やかしの言葉に、前衛の二人はますます小競り合いを過熱させる。互いを競うように苛烈な勢いで魔物を斬り捨て、討ち払い、叩き落としていく。自然敵を殲滅するスピードは増し、猛攻の如く魔物の群れを突き進んでいく。
「さあ、この調子でいくぜ!」
ウォルフは檄を飛ばしながら、我が意を得たりとばかりに口の端を吊り上げる。
後方の煽りを受け、イリューアとドリューもますます上り調子だ。
「私も、負けません!」
「校内で調子に乗るなよ! 出てこいっ! 学長―っ‼」
そんな熱血漢な三人を、後衛を務める兄妹は涼やかな表情で見守っている。
「なんか、すげえ楽しそうだな。あいつら」
(ね? こんな時に)
しらっと呟きながらその背中を追いかける。
前の三人がほとんどの敵を撃破してしまうため、兄妹は脇の講義室からたまに現れる魔物を相手取るくらいだ。
しばし手が空くこととなり、その間兄妹は彼らの様子を観察した。なにより犬猿の仲であるはずのドリューとイリューアが並んで戦っている姿が興味深い。
(仲直りすればいいのに)
「だよなあ。やれば共闘だってできるじゃねえか」
以前、ドリューは「すれ違いにより小競り合いや争いが起きている」と兄妹に話した。その隔たりを埋める方法を知りたい、とも言っていた。
──だが今は違う。すれ違いによる衝突などではなく、この大陸で起きた大災厄の渦中に皆が身を置いている。戦う必要はあっても、争いではないのだ。
するとその思考の流れから、兄妹はふとアトリアで起きた紛争を思い出した。
アカデミーのこと、港町クルサのこと、そしてクルサの市長にしてドリューの師匠モーランのことだ。
「『こうして、大局を見失う』……?」
不意にライアスが呟いた。
意図しての言葉ではない。蘇った記憶が自然に口から零れ落ちていた。
──にわかに兄妹はゾッとする。
『大局を見失う』
『統率力と正義感がありながらいつも視野が狭い』
それらはモーランが教え子のドリューに与えた指摘だ。
兄妹は揃って目をぱちくりとさせる。それらの言葉が、今のこの状況と無関係とは思えなかったのだ。
刹那、真剣な眼差しで言葉を紡ぐモーランの顔が脳裏に浮かんだ。
──『私には、何か仕組まれたかのように思えた』
蘇ったその言葉が兄妹の胸の奥へと沈み込んでいく。
「……俺たち、あんなにエラセドと戦ってても大局を見てなかったってことか?」
あのとき、兄妹は自分たちなりの意志をもって戦いに臨んだ。与えられた役割を果たすべく目の前の敵と対峙した。
だが、自分たちは大局的な視野を持てていただろうか。
あの戦いがもし、何者かに仕組まれた謀略の一端に過ぎないとしたら……。
(市長さん、そんなことまで……?)
モーランがそれに気付いていたのなら、何としてでも彼の意思に従うべきだった。こんな危機が訪れる兆候が少しでもあったなら、アトリアとエラセドの争いに囚われることなく、アカデミーを疑わなければならなかった。
その紛争の裏に卑劣な思惑が潜んでいたのかもしれないのだから。
「…………」
兄妹は押し黙った。自分を試すため、と自己本位な理由で奇襲作戦に参加したことがひどく浅はかに思えて、心が痛んだ。
「ライアス! 遅れるなっ!」
不意にウォルフの檄が飛んで、兄妹はハッと顔を上げる。気付けば前衛と十五メートル程も距離が開いていた。
「……あ、ああ!」
だが、今更後悔してもいられない。
ライアスは剣を握り締めると傍らまで迫っていた魔物を斬り捨てて三人を追いかけた。




