159 悪魔の巣食う学園
アカデミーの正門前。
そこには土嚢や柵など複数のバリケードが設置されていた。走りながら、ライアスはその先に見える人影に視線を向ける。
「正面の……あれか? 人が集まってるぞ」
おそらくは先発隊なのだろう。王都兵や冒険者らしき面々が集っている。障害物の隙間を潜りその集団に走り寄ると、聞きなれた声がライアスを呼びかけた。
「おっ! ようやくアテにできる奴が来たな!」
見れば冒険者たちの中にウォルフの姿がある。正門の柱の前に立ち、中に突入する機会を探っているようだった。
状況を訊くべくライアスとイリューアが駆け寄ると、尋ねるまでもなくウォルフが現状を教えてくれた。
「見ての通り、敷地内に雑魚が群がっちまってる。強くはねえが、大通りとはまた数が違う。こっちも数を増やして列をなして突入しようなんて連中が言ってたんだが、救助するってのにそんな甘ったるいやり方もしてられねえ」
門の先を見れば、アカデミーの敷地内には異様な数の魔物が密集している。禍々しい紫の靄を纏いながら、まるで狭苦しい家畜小屋のような光景だ。
「いい方法はないのか?」
そうライアスが尋ねると、ウォルフはきっぱりと首を横に振った。
「腹を決めて、俺たちがパーティとなって突入するまでだ。だが、あいにく校舎の構造がわからなくてよ……。どこにいるのかわからないまましらみつぶしに探すわけにもいかねえ」
言いながらふとライアスの顔を見やる。
「お前、何かアカデミーの中を知らねえか?」
訊かれてライアスは顎に手を当てる。
「う~ん……」
そういえばいつか入ったことがあるような……?
いつもの如く記憶を探るのに手間取っていると、不意にパーティの一団が門の内から逃げるように駆け戻ってきた。
「はあっ…! はあっ……! だめだっ。敵だらけで校舎の中がわからねえよっ!」
「右の手前の校舎には見つからなかったぞっ!」
門から出るなり誰かに託すように叫びながら、その場に倒れ込む。すぐさま救護兵らが駆け寄って肩を担ぎ、手当てをするべく別のスペースへと移動していく。
その間、兄妹は話し合いながら必死に記憶を辿っていた。
(たしか……奥の右の入口……)
「……から上がった二階だったよな」
フライアを頼りながら、ライアスもその記憶を蘇らせていく。
ぶつぶつ呟くその声にウォルフが「あん?」と方眉を上げた。
「なんだって?」
ライアスは記憶と言葉を整理するようにしながら口を開く。
「ウォルフ。こっからじゃ見えないんだけど手前の校舎を潜ると広い中庭に出る。その右奥に建物の入口があって二階に上がったところに講師室がある。確かそこに軍事部門担当の講師が集まってたと思う」
それを受け、ウォルフも思案するように顔を俯けた。
「軍事部門、か」
ライアスが頷く。
「そこに知り合いの講師の席があったけど、今いるかどうか……」
アカデミーに在籍する軍事部門の講師・ドリュー。
ここアトリアを兄妹がはじめて訪れた際に世話になり、且つエラセドとの戦いに加わるきっかけとなった男だ。
その戦い以来会えていないが、頼りになる人物であることには違いない。それに、彼ならばこの異常事態についても何か知っているはずなのだ。
だがこの状況では講師室までの道のりは長く、ここまで戻るにしてもリスクが高い。そもそもこんな状況下でドリューが校内にいるかも分からない。
確信が持てず言葉を濁すライアスに対し、ウォルフは覚悟を決めるように口を開いた。
「……その勘に賭けてみるか」
ライアスは内心ギョッとする。
「い、行くか?」
あまり勝算のある賭けとは思えない。だがウォルフは腹を決めろ、とばかりにライアスの胸当てをどついた。
「ここまで来てビビってるんじゃねえ! 後ろの、イリューアもいいか!」
「は、はいっ!」
いざやるとなれば迷いがない、それがウォルフという男だ。
彼は「よしっ」と門の先を窺い、改めて状況を確認した。先程戻ったパーティが迎撃したためか、若干ではあるが魔物の群れにスペースが生まれていた。
それを見て取ったウォルフは今のうちだ、とライアスに声をかける。
「手前の校舎を潜って中庭まで行く! できるだけ壁沿いに進むぞ。中庭からはお前が誘導しろ!」
「……わかった!」
作戦を決めるや否や校内へと突入する。
こうしてウォルフを加えた「ブラザーズ」の一行は、ヴォイドを相手取った侵攻作戦を開始した──。
校内に群がる魔物も大通りで戦った個体と変わらず、一体一体はそれほど脅威にならない。だがやはり、その数が脅威だった。
叩いても叩いても、すぐさま湧いて出る。正門からほど近い校舎までたどり着いたときには既に退路が塞がっていた。
「ばらけるなよ! あまり距離は置くな! 後続はどうせ湧いてくるから進路を確保するんだ!」
前衛のウォルフが声を張り上げた。イリューアと共に、群がる魔物を斬り捨てては前へ前へと進んでいく。
その後方、フライアを憑依させたライアスは左右から迫り来る魔物を相手取っていた。
「……っ! 俺は横からの敵を叩く! 雷のエレメントは並んで戦うと危ねえんだ!」
言いながら雷魔法を撃ち落とし、パーティの脇から詰め寄せる魔物を消滅させていく。
前線をウォルフとイリューアに任せ、兄妹は前進する彼らの後方支援に集中する。なにせ敵の数が多く、電衝撃や電撃撃ちといった普段の技を繰り出す余裕もない。
集団戦は兄妹にとって鬼門だ。フライアが持つ氷のエレメントはまともな範囲攻撃が存在せず、壁を張る以外にやれることがほとんどない。頼りはライアスの雷魔法だが、その特性上対象を定めることが難しく、下手をすれば味方に被弾しかねない。二人が扱うエレメントは混戦において力を発揮しづらいのだ。
その点では幸い、ウォルフが範囲攻撃に優れる炎のエレメントを持っている。突破力が必要となる前衛は彼とイリューアに託し、兄妹は後衛として次々群がる魔物を蹴散らしていく。
一行はそれぞれの役割に集中し、魔物の巣窟と化した校舎内を突っ切っていく。
やがて紫の靄が立ち込める廊下を進んだ先に、ひそやかな明るみが垣間見えた。校舎を抜けた先にある中庭だ。
(はあっ……! 氷壁!)
フライアの氷壁が後方の通路を塞ぐ。なおも詰め寄せる魔物が次々衝突してはその壁を砕いていく。
前衛のウォルフは炎弾を繰り出し、立ちはだかる魔物を一網打尽に焼き尽くしていく。氷壁を抜けて迫る魔物をライアスが、炎を逃れた魔物をイリューアが捌き、一行は中庭まで一気に駆け抜ける。
中庭に出るとまず、塔の如く高くそびえる学舎が目に入った。その右奥に一回り小さな建物が見える。それが兄妹の言う、講師室のある校舎だった。
「いいぜ……! ついてこれてるか!」
「はいっ! あの校舎ですか?」
イリューアが息を整えながら尋ねた。
「たぶんな!」
ライアスが状況を確認しながら応じる。広々とした中庭には無数の魔物が我が物顔でうろついていた。
ウォルフも校舎の位置を確認した。
「あそこだな。壁を背にできないからさっと通り抜ける! 遅れるなよ!」
そう告げるや否や走り出した。
「……ああ!」
威勢よく返事をするライアスだが、実際のところは目の前の敵を斬り伏せるのに必死だ。
だが同時に、やはり今行っていることに違和感を覚えてくる。
魔物は、ヴォイドからの悪魔は、倒されては血も流さずに消えていく。
(こいつら、何者なんだ? 普通のモンスターが化粧してるだけじゃないのか?)
これをはじめて相手取ったときのイリューアと同じように、異形の魔物に対する疑念が膨らんだ。
異世界ヴォイドの《悪魔》と呼ばれるくらいだから、もっと醜い生物を想像していた。だが真に禍々しいのは、魔物らの眼と身体を取り巻く紫色の靄だけだ。戦ってみても、この世界にいる元のモンスターと大して変わらない。なのに魔物たちは死を迎えると、その姿まで余すことなく消えてしまう。
気にしないでいたが、この奇妙な違和感はやはり徐々に兄妹の胸に広がっていた。
(……やっぱり変だよな? こいつら、元々この世界の連中だったんじゃ……?)
(それが、跡形もなく消える……)
(や、やめろ。俺たちと重ねるなって!)
憑依中の妹とそんなやり取りをするライアスに、ウォルフの檄が飛ぶ。
「ライアス! 遅れるなっ!」
気付けば前衛の二人から距離が離れている。
ライアスは胸に抱える疑問と不安を押し込めるように、前へ前へと速度を上げた。




