157 映し出される災厄
「なんだ、あれ⁉」
不意に荷台の一番前を陣取る冒険者が声を上げた。それから間もなく、他の面々の視界にもその様子が映り込む。
「ありゃ、なんだ?」
ライアスも思わず冒険者と同じ反応をした。
──澄み渡った青空が広がる上空、その一点に異様な渦が立ち昇っている。
後方のアウストラリスや西のザウラクの空とは明らかに違う異形の空。それは馬車が向かう先、アトリアの上空に他ならない。
厚い雲に覆われているのかと思えば、そこに浮かんでいるのは禍々しい紫色の「うねり」だ。
それは一本の渦のように地上と空を結び、その周囲には無数の塵が不気味な靄のように散っている。無軌道に蠢くその塵は何かの生物のように見えた。
──それがはじめて見る「ヴォイド」の姿だった。
異様な光景は見る者の目を釘付けにした。兄妹とイリューアは緊張に身体を強張らせ、これまで余裕を見せていた冒険者らも一様にざわめき立ち、狭苦しい荷台の中はにわかに騒然とした。
同時に軽快な蹄の音が響き、馬車に並走して走る一騎の騎馬兵が現れた。どうやら伝令のようで、その手には書状が握られている。おそらくは先にアトリアに入っていた王都兵なのだろう。この戦馬車の到着を待ち、街道脇に待機していたようだ。
統率役の王都兵はその書状を受け取り、すぐさま目を走らせると声を張り上げた。
「諸君! 改めて連絡だ。見ての通り、ヴォイドはアトリアに現れ、今無数のモンスターが都に進出している! 情報によれば都の北のヴォイドゲートから魔物が流れ、アトリアで大惨事となっているとのことだ! 到着をしたら直ちに先発隊と合流し、任務開始だ!」
号令を受け、冒険者たちは一層ざわめきを大きくする。
イリューアが眉をひそめた。
「え? 待って? ゲートではなく、既にアトリアが標的になっているのですか?」
ヴォイドがアトリアに現れた──。
それでは出発時に聞いていた状況と大分異なる。ゲートの収束までアトリアを防衛する、それが自分たちの役割だったはずだ。
「だよな? なんで……? フライア、地図!」
ライアスが言うと、すぐさま一枚の紙がすうっ、と差し出された。憑依するフライアが携帯しているマーシアの大陸地図だ。
その地図を確認しながら、ライアスは首を伸ばして馬車の進行先を見やる。異形の渦は刻々と迫ってきていた。
「ここから見てゲートは……奥だよな? ……でも、あの紫の靄は、アトリアにできてる……」
正確な距離感は掴めないが、それはアトリアの位置に存在していた。その証拠に、一際高くそびえるアカデミーの尖塔は紫色の靄にすっぽりと覆い隠されている。
イリューアは表情をますます険しくする。
「こんなことになっては北部にある震源地のゲートはもっと大変なのでは? 神官様や勇者様は……」
心配そうに呟く。一方で人の心配をしている余裕がないことは明白だった。
ライアスは食欲が湧かずに手を付けていなかった朝食を取り出し、それを口の中へと押し込んだ。
「着いたら人のことなんて気にしてられねえぞ」
それを受け、イリューアも慌てたように朝食を口にする。
辺りの景色にちらほら民家が増えはじめ、アトリアの玄関口まで後もう少し。向かう街道の先から荷を担いで走る住民や馬車が次々に来てはすれ違っていく。ヴォイドから逃げる住民たちのようだ。
眠気や馬車の揺れに悪戦苦闘していた冒険者たちも表情を引き締め、いよいよ臨戦態勢を整える。




