154 拭い去れない一言
最悪の事態――。
その言葉に対面の女性陣がにわかに浮き足立った。
フライアが「最悪、の……?」と声を漏らす。
カムトがおっと、と両手を持ち上げた。
「ごめん! ちょっと補足するよ。《勇者》が向かって、神官も二人現地にいて、その護衛もいて、アトリアまでの街道の宿営所にも王都の関係者はいる。キミたちが呼ばれるのは彼らをもってしても収拾がつかないほどの何かが起こった時だってこと」
説明を受け、ああそうか、と全員揃って肩の力が抜ける。アカデミーに対して神経質になっているせいか、一同揃ってついオーバーに反応してしまう。
カムトは小さく息を吐いた。
「さすがにそうはならないと思っているよ。けど、キミたちにはもう伝えていたし、関係も少しあるみたいだからね。もし出番がなかったとしても、この結末はちゃんと話をするつもりさ。だから、今は落ち着いて」
そうなだめられ、「ブラザーズ」の面々は自身の立場を思い返す。自分たちはあくまでも王都に仕える《傭兵》なのだ。
ライアスが「……そうか」と納得したように呟く。それを見て、カムトはおもむろにソファから立ち上がった。
「時間ありがとう。ミッションは明日に更新するよ。今の話で多少ごたついてるから、たぶん昼頃になると思う」
一通りの話が済んだようだ。「ああ……わかった」とライアスが応じると、カムトはそのまま戸口へと向かった。
一同でそれを見送ろうとした。
だが、不意にライアスが「でも、やっぱり」といった様子で彼を呼び止めた。
「なあ! カムト」
扉に手をかけていたカムトが「ん?」と振り返る。
自分で声をかけながらライアスは少したじろいだ。そうしてためらいがちに口を開く。
「その……アトリアの件。……なんかあったら呼んでいいからな」
口ごもるように言った。
だが、本音は「俺たちも行かせてくれ」だった。
その思いが通じたかは分からない。
カムトは柔らかく微笑んだ。
「うん。もしその時は頼りにするよ。ありがとう」
そう答えて彼は事務所を後にした。
「……最後、カッコ悪かったかな」
事務所のポットでお茶を淹れ直しながら、ぽつりとライアスが呟く。フライアとイリューアはううん、と声にならない唸りを上げるだけだ。
カムトが退席し、残された三人はアトリアへの思いを巡らせる。自分たちの出る幕ではないと理解しながら、内心はそうもいかない。
──アカデミー、それにヴォイドゲート。クルサで起きたあの戦いを思うほど、その真相を知りたくて仕方がなかった。
だが、立場を考えると「行かせてくれ」と言うのをどうしても躊躇った。何かあれば呼んでほしい、そう伝えるのが精一杯だった。
「でも……しかたないんじゃない?」
ふとフライアが呟く。それに続き、イリューアも口を開いた。
「あくまで私たちも雇われの身です。言うだけのことはおっしゃったと思いますよ」
女性陣からフォローを受けながら、ライアスは自身の発言を思い返す。
王都のために力を尽くす、「ブラザーズ」はそういう約束のもとに立ち上げたギルドだ。王都が「今回は出撃の必要はない」と判断するのなら、それに従うのは間違ったことではないはずだ。
「とりあえずはいいんだろうけど、なあ?」
言いながら、ライアスは問いかけるように女性陣へと顔を向ける。二人は共感するように頷いた。
「……同じ思いだったので、ひとまず安心しています」
イリューアに言われ、ライアスもホッとしたように頷く。
──「最悪の事態」。
それが起これば自分たちを頼るとカムトは言った。アトリアへは二人の神官に《勇者》までもが出動し、護衛の任でギルドメンバーのウォルフも現地に入っている。自分たちが赴かなくとも後で詳細を聞けるだろう。
だが……部外者ではいたくない、そうした思いを消すことができない。
アトリアへ行くことになるか、ならないか。果たして明日、どちらに転んでいた方がいいのだろう。それぞれの思いを抱えながら、三人はソファに座り込んでいた。
……だがそうしていても仕方がない。
兄妹とイリューアは気持ちを切り替えるように、それぞれ今日の出来事を報告しあった。




