151 兄妹工房始動
翌朝。泥のように眠っていた兄妹は、時計の針が八時を回った頃に目を覚ました。
フライアが身体を起こし室内を見渡すが、既にイリューアの姿はない。アヴァランとの約束で剣術の稽古に出向いたようだ。
「ふあーあ……」
ライアスが布団にくるまったまま欠伸をした。
「うーん……。そろそろ準備しなきゃ」
と、妹に身体をつつかれライアスも身体を起こした。塔の頂上には昨日除菌剤に漬け込んでおいたキマイラの皮がある。
兄妹は軽く身なりを整えると、まずは腹ごしらえと外に出かけた。
「……それにしても不便だよなあ。宮殿の敷地内に寝泊まりしてるのに、なんにも施設が使えないんだもんなあ」
塔の階段を下りながらライアスがぼやく。
宮殿にはさまざまな施設がある。食堂はもちろん、治療薬やポーションなどのアイテム販売に武器防具の貯蔵庫まで揃っている。どれも王都の軍を支えるだけの規模があるが、一方で《軍人》と認められる以外の者には利用が許されていない。
『こっそり使えると思うなよ。ここでの資材や食料はアウストラリス軍のためのものだ。アウラやカムト以外にも、お前たちを見張る者はいる』
……というのが神官フェルディナントの忠告だ。わざわざ釘を刺してくるあたりが彼らしい。
事務所以外の施設で兄妹が自由に使えるものといえば、この塔の一階に備わる洗面所と敷地の外れにひっそりとある井戸の水くらいのものだ。
「《軍人》と《傭兵》の違い?」
フライアがぽつりと呟いた。
「……ってことなんだろうな。アヴァランは気にするな、みたいなこと言ってたけど……これだもんな」
ライアスがため息交じりに言う。同じ宮殿の仲間だとアヴァランは言うが、事実、立場に応じた明確な区別がある。
とはいえ贅沢は言っていられない。事情はあるにせよ、独立組織として傭兵を志願したのは自分たちなのだ。
王都の神官らに対する日々の感謝と幾ばくかの不満を抱えながら、兄妹は宮殿の門を外へとくぐり抜けた。
朝食を終えて戻ってきた兄妹はキマイラの皮の処理と鎧作りの準備に入る。
二人揃ってシェラタンでも使っていたボロの作業着に着替え、作業場となった塔の屋上へと入る。口元にはスカーフを巻きつけ、長い髪は垂れないよう後ろで束ねる。
「よしっ、はじめるか」
「なんか、懐かしい」
ライアスが張り切るように腕を前後させ、フライアが嬉しそうに呟く。故郷シェラタンで習慣のようにやってきた仕事を、ここ王都でも取り組めるとは思ってもみなかった。
「まあ、誰にも邪魔されないだろうよ。ここが見えるところなんてそれこそ宮殿の最上階くらいなもんだ」
ライアスは辺りを眺め回しながら言う。塔の屋上であればフライアが嫌う人の視線を気にすることもない。
勝手に家の周囲を開拓しても文句を言われなかったシェラタンと違い、ここアウストラリスは家々や商店が所狭しと建ち並んでいる。この場がなければ獣の血に塗れるような処理において、その作業場所を見繕うことは容易ではなかっただろう。
さて、と兄妹は作業に取り掛かる。
「炉がひとつしか持ってこれなかったんだっけ。作業が重ならないようにしないとな」
「はーい」
いざ手を付けてみると、物覚えが良くないライアスでさえ自然と身体が動く。
まずは共同で竿を立て、一晩かけて除菌したキマイラの皮を並べて吊るし、干しておく。その間にストックしておいた一枚革を使い、ライアスの身体に合わせて型を取っていく。
その革を妹がナイフで切り取る間、兄はハンマーを手に鋼の一枚板と向き合い、炉の熱を用いて成型する。
互いに個別作業を進めながら、しばしば声をかけ合う。
「お兄ちゃん、ちょっと……」
「うん?」
言葉少ない妹の一声でライアスが背中をピタリと止める。革を切っては使用者であるライアスの身体に当て、その大きさを詰める作業だ。
こればかりは《一人》ではできない、《独り》の兄妹だからこそできる特権だ。
「まだかかる? ついでに剣の刃こぼれも直したいな」
「うん、やってて」
正面と背面、それぞれの大きさと形を整えるにはそれなりに時間がかかる。妹の作業の進捗を見ながら、ライアスは旅の友として携えてきた剣と砥石を取り出した。
「……お疲れさん」
剣を研ぎながらぼそりと呟く。
これまでも激しい戦いの後には軽い手入れをしてきたが、よくよく見れば随分と細かい刃こぼれがあちこちにある。
「……なんか。こいつ、こんなに細かったっけ?」
磨かれた剣の光沢に目を細めながら刀身の厚みを確認する。
思えばシェラタンにいた時よりずっと長く使い込み、どうしても手入れがおろそかになった剣だ。研ぐことで切れ味は戻るが、削られた分が戻ってくることはない。自然とこれまでの戦いが思い浮かんだ。
「……もっと、労わってやらねえと、か」
不意にこの剣を投げつけて戦っていたことを思い出す。いかに生き残るためとて、平気でそう扱ってきた自分がどこか情けなくなってきた。
少し耽った後、ライアスは思い立ったように不要になった金属板の切れ端に手を伸ばし、それをまた炉で形成しはじめる。
「雷のエレメントをコントロールするだけなら剣じゃなくてもいいんだよ……」
そんなことを呟きながら作ったのは、咄嗟に握りやすく投げやすい、剣の柄だけのような棒切れだった。
雷のエレメントは所持者のライアスでもその軌道をうまくコントロールできない。その使いにくさに考えたのが剣の投擲、からの引き戻しによる翻弄だった。剣に雷を帯びさせ、少しでも対象への制御を働かせるためだったのだが、それならただの棒でいい。
それを咄嗟に使えるよう、腰に引っかけられる小さなフックも取り付ける。
「できた」
そう声をかけてきたのはフライアだった。握りの感覚まで余計にこだわっていたライアスはハッとして応じる。
「お、おう」
振り返ってみると革の型取りが済んだようだ。
まだバラバラだが、それらを金属板と合わせて組み上げることで鎧に仕上げる。兄妹は各部位を手に取り、具合を見るべく改めてライアスの身体にあてがう。
「大体、いいかな」
ライアスは自身の身体を確かめるように言った。
大きさが適度であるのを確認した兄妹は次の作業へと移る。今度はライアスが裾の広さなどに注意して鎧を組み上げ、その間にフライアが干していた皮から余計な脂肪を切り取って厚みを整え、シェラタンに居るベベルの元へと送るべく発送の準備をする。
結局手は止まることなく作業に没頭し、気付けば時刻は三時を回っていた。ふむ、と兄妹は新品の鎧を眺め回す。
見る限り、これまでの鎧と比べて何ら遜色ない出来栄えだ。
試しにとライアスが鎧を装着し、フライアがそれを手伝いながら着心地を確認する。
「どう?」
「ちょっと……きつい? ただ新しいからってだけか?」
言いながらライアスは上半身を動かしてみる。その度に新しい革がキュルキュルと音を鳴らした。
フライアがくすり、と笑みを浮かべる。
「それ、いつも言ってること」
「うーん……そうか。ならいつも通りか」
妹の言葉にライアスは納得する。
革の寸法はフライアが取っているが、その際には仕上がり時点だけでなく使い込まれていく過程も計算に入れられているのだ。
満足の仕上がりと充実のひと時に、フライアはいつになく屈託のない笑顔を浮かべていた。




