150 不安は心の奥底へ
アヴァランの後ろ姿を横目に、兄妹はひそひそと囁き合う。
「あの野郎……」
「あそこにいたの?」
オッズ、という言葉がどういうものかは今もわからない。だが、ナシラで無理やり参戦させられたストリートファイトのことには違いない。
そのせいで兄妹は危うく死にかけた。アヴァランはそれを……見ていたというのか?
「……だったらなんでラプターの退治に何もしてくれなかったんだ?」
アヴァランが消えた廊下の先を、兄妹はジトッとねめつける。《勇者》という肩書きがあるのなら、見ているだけでなくやることがあったのではないか。
そんな疑問を投げかけようにもその姿はもう見えない。
「……リーダー、また何かされたのですか?」
固まって動かない二人の背後でイリューアが声をかける。何やらしらっと目を細めている。
「な、何もしてねえよ、俺たちからは! てか、『また』ってなんだよ!」
慌てて振り返るライアスに対し、イリューアは「いえ、なんでも……」と冷静だ。
その様子からは、兄妹が起こした騒動の情景がなんとなくでも想像できているのかもしれない。
ライアスは大きくため息を吐くと話題を切り替えた。
「……やれやれ。それはそうと、イリューア。悪いな。また当てにしちまった」
シェラタンに派遣に行ってもらったことも含め、要所要所で彼女を頼っている気がした。そんなライアスの詫び言に対し、イリューアは首を横に振った。
「いえ、細かいお気遣い、感謝します」
その返答にフライアが胸を撫でおろす。どうやらそう不満には思っていないようだ。
アヴァランとのやり取りが一区切りつき、仕切り直すようにライアスが口を開いた。
「まあ……さっきまで何を話してたか忘れたけど……」
「アトリアのお話」
妹に言われ、ライアスは「ああ……」ともう一度頭を整理し直した。
「……そう! それはもう、今から何かできるわけじゃない。とりあえず明日はそれぞれで自由に動こうぜ」
「……はい、そうしましょう」
三人で向かい合い、頷き合う。それからライアスは緊張の糸が切れたように深いため息を零した。
「疲れたな。そろそろこの時間なら店も空いてきてるよな」
それを受け、フライアが思いついたように声を上げる。
「イリューア、一緒に行く?」
「……ええ。行きましょうか」
フライアから誘うのは珍しいことだが、イリューアは屈託なく応じてくれた。
「思えば一緒に飯食うのははじめてだっけか」
ライアスに言われ、「そうでしたね」とイリューアが呟く。
「普段どこへ行ってます?」
「ん? 俺らは──」
兄妹とイリューアは何気ない会話をしながら宮殿の廊下を歩いていく。
その言葉数は決して多くはない。だが、出身地の違いによる思想の溝は、確かに埋まりはじめていた。




