148 よぎる不安
報告に一区切りがつき、今度はライアスが切り出した。
「それで、カムト。イリューアからアトリアがどうこう、っていう話をしてたけどそれはなんなんだ?」
するとカムトは「あー、それね……」と考え込むように視線を落とし、言葉を続けた。
「実際のところは大きな問題じゃない。今もアウラ姉さんがアトリアに行ってて、明後日まで外交に当たるんだ。ただ、ひとつだけ急に変更が入ったことがあってね」
「なんだ?」
急き立てるように訊くライアスに対し、カムトが「抑えて」と片手を上げる。
「そんなに、今は気を立てることはないよ。変更って言うのはアカデミーのお話。元々予定していたアカデミーのグルーク学長との面会が向こうの事情で急にキャンセルになったんだ」
その説明に兄妹は揃って天井を仰ぐ。
「グルーク……?」
「学長……」
どこかで聞いたその名前を口にした。やがてフライアの表情がみるみる曇っていく。
──学長グルーク。
アカデミーの校内で軍事講師ドリューと話していたとき、自分たちを乱暴につまみ出した人だ。さらにはドリュー曰く、アトリアに隣接する港町クルサと騎士の都エラセドが交戦するよう仕向けた張本人でもある。
一度しか会っていないものの兄妹からすれば悪い印象しかない。あの戦争を思うと今も胸が締め付けられる。兄妹はグッと堪えるようにカムトの話に耳を傾けた。
「僕らアウストラリスとしてはそっちの方が重要だったんだけどね。戦えるための教育や訓練が身についた学生を王都の軍隊へ招けるように交渉するチャンスだったから。それが、どういうわけか姉さんがアトリアについてから一方的にキャンセルを通告されて、使いから昨日その話を聞いたんだ。面会できないかまだ調整してるって言ってたけど、事前に予定までしっかり立ててたのに、なんか変だなって思ってね」
ライアスは俯き、「ふーん……」と低い声で呟く。
やっぱり失礼な奴だ、とそう思ったが口にはしない。それ以上にあの学長はどこか怪しい。得体の知れない何かがある、直感的にそう感じた。
カムトが説明を加える。
「でも、まあ、今ここから何かできることもないんだ。五日間の外交はここまで順調で、余計な手出しをする余地もない。明日によほどのことがなければ姉さんも明後日には帰ってくる。あと、護衛に当たってるウォルフもね」
それにライアスが頷く。
「そうか」
カムトも頷き返し、改めて兄妹二人を見やった。
「それと、元々キミたちには明日までナシラの任務がかかると思ってシフトを組んでたんだ。明日、特に問題なければ明後日からのミッションを振りたいと思う。いいかな?」
ライアスは確認のため妹と視線を交わし、それに応じる。
「ああ、構わない。明日はやりたいこともあるからちょうどいいな」
面会を終え、三人はカムトの居室を後にした。
ひとまずは何食わぬ顔でその場を離れた。
事務所に戻るべく廊下を進み、王の間へと通じる大広間を横切っていく。警備兵以外に人影はない。
歩きながら、兄妹とイリューアは聞いた話を整理しはじめる。
「リーダー。カムト様のお話、どう思いました?」
イリューアがやや怪訝な声で言った。
ライアスは「うーん……」と顎に手をあてる。
「なんか、引っかかるんだよな。学長が、要はドタキャンしたってんだろ? それもあるし、その……」
その途端、ライアスの腕が引かれた。
(いいの?)
フライアがジッと兄を見据える。エラセドとの戦争については以前もイリューアの前でライアスが口を滑らせている。
だがイリューアは平然とした様子で口を開いた。
「ええ。確か、エラセドとクルサが争う計画をアカデミーが企てたとか、言ってましたよね?」
「あっ……」
思わずフライアが声を上げる。驚きと感心が入り混じった声だった。ライアスが以前ぽろりと零した言葉を、イリューアはしっかり覚えていたのだ。
それも冷静に受け止めた上で。
一方で、エラセド側の視点とはまだ食い違いがあるかもしれなかった。ライアスは妹に目配せをして口を開く。
「えっと……まだ最初っから争うように企てたかどうかまではわからないぞ? たしか、アトリアがヴォイドゲートを使って脅して、結果としてクルサと戦うようになったって流れだったと思うな。アカデミーの先生をやってる奴から聞いたから間違いはないと思う」
フォローするようにフライアもうんうんと頷く。
イリューアは指を顎に当てた。
「……なんだか複雑ですね。私たちはあの時、いったい何のために戦っていたのか」
そう唸るように言った。
その言葉に兄妹は思わず足を止める。ふと「あの時」──クルサでの出来事が思い起こされた。
志願兵としてクルサの軍に加わった兄妹は、防衛のため息を切らしながら砲弾を運び、エラセドの軍勢を全力で押し返していた。一時は市街地への侵入を許し、エラセドの騎士と直接相対するような場面もあった。
多くの負傷者が出た。当然エラセド側も同じだろう。
さらにはノースライフ山脈の麓にて決行された奇襲戦。離脱を余儀なくされその結末は分からないが、互いに多くの捕虜、そして死傷者を出したことだろう。その当時、兄妹とイリューアも命の取り合いをした。だが結局、その争いのきっかけは未だ判然としていない。
──互いに望まない戦いに身を投じた。
アカデミーが何を企てていたかは分からない。だが、あの学長が今もアカデミーの長としてふんぞり返っている。それを思うと兄妹の胸にはやり切れないものが込み上げてくる。
複雑な思いに囚われ、兄妹は互いに顔を見合わせた。
「ドリューは、まだアカデミーにいるのかな?」
「さあ……」
当時を思い、居ても立っても居られないような気持ちに襲われた。




