147 帰還指示のワケ
貿易の都ナシラと繋がる街道を渡ってきた一行。
王都は既に夜の賑わいで活気に溢れていた。
繁華街ではいつも通り大勢の客が夕食を楽しみ、舌鼓を打っている。街中には人が溢れ、兄妹のお気に入りとなった店も当面は席が空きそうにない。
どちらにせよ血だらけの皮を持ったままでは店に入れないのはもちろん、宮殿内も下手にはうろつけない。兄妹とイリューアの一行はひとまず「ブラザーズ」の事務所へと急いだ。
そうして宮殿の敷地に入り中庭を歩いていると、ちょうどカムトが姿を現した。
「あっ! 戻ってきたんだ! よかった。この後ちょっと話いいかな?」
よほど待ちあぐねていたのか、半ば急かすように兄妹に呼びかける。
兄妹からしてもそのつもりだが、まずは早いところ背中に担いだ麻袋を処理してしまいたい。
「わ、悪い。荷物だけ降ろしてきていいか? なんならイリューア、ちょっと先に話しててくれるか?」
「あ? は、はい」
ライアスに言われ、戸惑いながらもイリューアが応じる。
「話せるだけのことだけでいい。後から行く」
さらにそう伝えると、カムトもホッとしたように顔をほころばせた。
「わかったよ。宮殿の二階、僕の部屋に来て」
ライアスが頷いて応じる。そうして兄妹は敷地の外れにある塔へと急いだ。「ブラザーズ」の事務所はその三階にある。
階段を上る兄妹は事務所のドアを横切り、そのまま屋上へと直行する。以前整備した工房があり、手に入れた獣皮を腐敗させないようにする薬品もある。
到着するなり浴槽状の容器に水を張り、シェラタンでも使っていた除菌剤を溶かすと、麻袋から血だらけの皮を漬け込んでいく。同時に別の容器にも水を張って防腐剤を溶かし、除菌後の処理まで手際よく準備していく。
「不思議なもんだな。おのずと身体が動くもんな」
「そうね」
兄妹の口からそんな感想が零れる。
せっせと忙しなく手を動かすフライアだが、その表情は嬉しそうだ。かつての営みを身体が覚えている。
故郷の暮らしに思いを馳せ、兄妹は手慣れた消毒作業を進めた。
気付けば二十分近く時間が経っていた。ひとまずの下処理を終えた兄妹は軽く身なりを整えて屋上を後にした。
塔の階段を降りながら、ライアスが小首を傾げる。
「それで、フライア。俺たちは何を言って何を言っちゃダメなんだっけ?」
「えっと……」
カムトと話す前に状況を整理しておきたかった。なにせ個別に伝えられた秘密や約束事がどっと増えている。
フライアは手帳を手に取り、書き留めたメモに目を走らせる。そしてライアスが必死に記憶を整理しようとする……が、簡単にはいかなかった。
言葉の切れ端のような一言が並ぶばかりでメモ自体にまとまりがない。記憶力に乏しい兄と、伝達が不器用な妹。そんな二人の情報共有は本殿に向かう回廊でも続いた。
そうして言われた通り居室を訪ねると、カムトは待ちくたびれるように座っていた。対面の椅子にはイリューアの姿がある。
「悪い。待たせた」
随分と待った様子の二人にライアスが詫びる。カムトは両手を頭の後ろに組んだままの姿勢で「うん」と呟く。
「けっこう、皮の処理って時間かかるんだね」
やや間延びした声でそう言った。
「ああ……すまねえ」
別に問題ないよ、と大人びた対応でない辺りがカムトらしい。神官とはいえ彼はまだ年若い青年だ。
どことなく気まずい空気が漂ったが、それを気遣うようにイリューアが話を切り出した。
「リーダー。どうやらなのですが、私が少し過大にお伝えしてしまっていたようです」
それにライアスが首を傾げる。
「ん? どうしたんだ?」
緊急性の高い要件だと思ったが、そうでもなかったのだろうか。
するとカムトが口を開いた。
「うん、それを今から話すよ」
そう言って咳払いをひとつ、椅子から立ち上がって他三人の顔を見回す。
「まず、みんなお疲れ様。慣れない場所に行ってもらったけど、とりあえず無事に戻ってきてくれたことはよかった。イリューアに急遽行ってもらったのはキミたちに無事戻ってきてほしかったからなんだ」
そう告げられ、ライアスはふと日数を数える。王都を出てからナシラで三泊、戻るまで計四日間というところだ。
カムトが話を続ける。
「王都とナシラはそこまで距離も離れていない。交通の便も多い中で五日経っても帰ってこないってなるとちょっと心配だなって思ってね。僕も、今は兄さんたちが別件で動いていて王都を離れるわけにはいかなかったから、シェラタンに行く直前のイリューアに、急だったけど変更してもらったんだ」
その言葉に兄妹は視線を交わす。カムトは自分たちを配慮してくれていたのだ。
「そういうことだったのか」
「……ありがとう」
フライアがペコリと頭を下げる。
カムトは大したことじゃない、と手を横に振って言葉を続けた。
「それで、ナシラは何かあった?」
その質問にライアスは来たな、と用意した答えを口にする。
「いいや、随分と文化も習慣も違うようでやっぱりわからないな。ただ、成り行きでちょっとだけ商人と触れる機会があった。他の冒険者らと返り討ちにして事情を吐かせたんだけど、商人は商人で競い合ってるみたいだな。そこで落ちぶれた下っ端の商人が怪しい冒険者の勧誘をしてたのは見たよ。その先が何なのかはさっぱりだな」
カムトは「なるほどね」と頷いた。
実際のところは副隊長ブランドールとの関わりに義賊を名乗るシャルル、大商人の息子マルコスなど、本来話すべきであろう内容は山ほどある。
だが面倒事になるのを避けたいライアスは一部説明を省いた。マーケットでの騒動やマルコスとの秘密など、今は伝えにくい事柄も多い。
カムトは腕を組み、聞いた話を反芻するようにこくこくと首を縦に振った。
「商人同士でも揉め合いか。でも、やっぱり商人はこの問題には深く関わっているみたいだね」
「ああ」
それ以上は追求もなく、カムトは納得したように「ありがとう」と礼だけを述べた。
謎の多いナシラの調査だけに、もとより簡単には進展しないだろうと踏んでいたのかもしれない。




