146 モンスター群を突破せよ
馬車での交通手段がなく、一行は日暮れの中徒歩での帰還を急ぐ。
だが、それはあっさりと閉ざされてしまった。
少し進んだ小さな集落で足止めを食らったのだ。
「これより先、多数のモンスターが目撃されている。既に日が落ち、視界を確保する保証が取れん! 傭兵や冒険者も含め、決して今晩は通り抜けないように!」
集落を管理する番兵が街道を封鎖してそう呼び掛けていた。
多くが通行を断念しているが、一部の冒険者が戦利品を求めてなのか、しきりに討伐させてくれと訴えている。
「……今日の内には帰れなそうだな」
「そうですね。ひとまずは、この近くで一晩を過ごすのがよろしいかと」
「うん」
ライアスら三人は衝突を避けて宿舎へと向かう。
こういうことが日常茶飯事なのか、宿舎は規模が大きく、足止めを食らった冒険者や行商人らで集まっていたが、部屋は余裕をもって取ることができた。
翌日、再び王都へ向かう街道へ向かうとまだ番兵が立っていた。
果たして今は通れるのか、とライアスらが寄った。
「なあ、今は王都へ行けるのか?」
「ふむ。お前たちも冒険者か。今は『警戒』状態だ。キマイラをはじめとする大型のモンスターがまだ見つかっていて商人らがまだ通せない。討伐はぜひ願いたく、戦士なら止めはしないが、十分に用心していくことだ」
要は街道というほど安全な状況ではないらしい。
だが、カムトとの約束もある。自分たちも戦える以上、これを聞いて様子を見るわけにもいかない。
「ああ、わかったよ」
「街道の安全に役立ちましょう」
そう言って、三人は街道を進んだ。
その番兵の忠告通り、王都アウストラリスを目指す一行の前には多くのモンスターが立ちはだかった。
多くは兄妹がシェラタンで戦ってきた小動物のモンスターだ。だが、遠くでどっしりと構えるワイルドボアやキマイラといったやや大型のモンスターに冒険者ら一団が見える。
「囲まれないようにしないと……」
「はいっ。前に出ますので、横からの奇襲に備えてください!」
「ああ、他の連中とも距離を保とうぜ」
時間はかけつつも、共に突破を図る冒険者たちを前後に視界にとらえながら進む。
エラセドの坑道で共闘経験のある兄妹とイリューアで息を合わせ、孤立しないように切り抜けていく。
だがある時、良かれと思って入った助太刀で他の冒険者パーティと衝突した。
「おい、このキマイラの牙と爪はミッションの納品に使う! 俺たちの取り分だからな!」
戦闘に加勢したところで戦利品は分けないぞ、と主張されてしまったのだ。
ライアスたちは欲しい、などとは一言も言っていない。少し街道から離れすぎたのを危ないと思って寄ったにも関わらず牙を剥かれ、一行はしらっと目を細める。
「……だったら持ってけ。ちょっと手を貸しただけだろ」
ライアスが呆れるように言ったそばから、冒険者らはキマイラから素材を剥ぎ取っていく。それらを魔術士の男が氷のエレメントで凍結させた。
「オーケー。これで軽く二時間は腐敗しないはずだ」
「ようし、いいぞ。これでコンプだ!」
確認するように男が言うと、冒険者たちは用済みとばかりにキマイラの亡骸を街道の脇へと退けた。
そうしてライアスと睨み合っていた戦士も「ふんっ」と鼻を鳴らしてさっさと王都方面に退散していく。
「……ったく。なんだってんだよ」
「……何か、掲示されていましたっけ。大型獣の牙を回収するミッションが」
ライアスのいら立ちにイリューアがそう呟く。王都直々のミッションに手一杯な三人にとってこうした街道のミッションは少し疎い。
「あー……、なに? 牙が欲しくてあいつら危険を冒して街道から離れてたって?」
「ええ、おそらく。……随分と劣勢だったように見えましたが」
随分と威勢よく去っていた彼らだが、実際のところキマイラを真っ向から対峙したのはイリューアだった。彼らは彼女を盾に態勢を立て直し、兄妹も加わって事なきことを得たのだ。
「礼のひとつくれてもいいだろうによお、特にイリューアくらいは」
釈然としないライアスとイリューアだったが、それを労うようにフライアが二人に回復を施す。
一通り自分たちの身体も整え、行き先が同じ彼らの後に続こうと街道に戻る。
だが、ふとライアスが足を止めた。
「うーん……」
顎に手をやり唸るライアスを、イリューアとフライアが振り返る。
「どうされました?」
イリューアに問われ、ライアスはぽりぽりと額を掻いた。
「ちょっとまた……もったいねえなあって思ってさ」
「え?」
「牙なんかは加工できる気がしないけど、あの皮なら……」
ライアスがそう呟きながらキマイラをまじまじと見つめた。
先程のパーティがそうしたように、キマイラの亡骸を見たのはこれで五度目だ。横倒れになった巨体はトゲトゲした鋭利な鱗とごつごつした厚い皮で覆われている。
その亡骸を横目に、ライアスが口を開く。
「フライア、袋ある? あともう少しで王都だし、もうこれ以上遭わないだろ?」
「一枚だけなら……」
兄に言われ、フライアが鞄から麻袋とナイフを取り出した。
ライアスは「よし」と、その麻袋を広げてナイフを握ると、慣れた手付きでキマイラの表皮を剥がしはじめる。
フライアも続くようにローブを脱ぎ、それをイリューアに預けて血で汚れないようアームカバーを装着する。
そしてキマイラの前に立って息を合わせる。
「ちょっと離れとけ、血が飛ぶ」
「うん……」
フライアが袋を持ち、ライアスが剥がした表皮をそっと麻袋の中へと入れていく。
生臭い血の臭いが漂い、イリューアは思わず眉をひそめた。
「う……」
フライアのローブを手に、街道の石畳から兄妹を見守る。
戦いは当然はじめてではないし血が駄目ということもないが、悠然と獣の表皮を剥がす兄妹には少し引き気味のようだ。
やがて麻袋はキマイラの鱗と皮に膨れ、ライアスがその口を締めると兄妹は揃って街道へと戻ってきた。
「ごめんなさい」
「待たせた」
そう声をかけられ、イリューアも頷く。だがライアスの姿を改めて確認すると小さく声を上げた。
「リーダー、血が鎧に……」
誰から見てもわかることだったが、ライアスは胴体から腕の部分まで獣の血に塗れていた。汚れないよう気を付けたとはいえ、飛び散る血のすべては避けようがない。
ライアスは自身の身体に視線を落とし、口を開く。
「ああ、これな。もうこの鎧もボロボロだからさあ。次に備えて汚れてでもいいから欲しいって思ったんだ」
「キマイラの皮から次の鎧を作るんですか?」
驚くようにイリューアが尋ね、ライアスは頷く。
「いずれはな。でもこれだって一回なめさないとだから、防腐処理してシェラタンに送らないと、だな。だからたぶん、次の次あたりだろうな」
それに同調するようにフライアも頷く。だがイリューアから受け取ったローブを着直すと、その肘で兄を小突いた。
「早く行こ」
討伐と休息の繰り返しで進みが悪い。気が付けば太陽も傾きつつある。
だが街道の先を見やれば、王都アウストラリスまで後もう少しというところだ。これ以上は下手にモンスターを相手にすることもないだろう。
三人は頷き合い、目前の街へと駆け足で街道を進みはじめた。




