145 想定外の再会
王都と繋ぐ街道の玄関口となる東の大広場。
そこに到着する頃にはいよいよ日が沈みかけていた。
橙色に染まりはじめたナシラの玄関口にはなおも運び屋や商人たちの呼び声が響き、活気に溢れている。その光景に兄妹はどこか安堵感を覚えていた。慌しく過ごしてきたせいか、ここをはじめて訪れたときのことが何やら久しく感じられる。
後は王都にどう向かうかだ。街道を歩いて行くか、あるいは馬車に乗るか。
「このへんって王都行きとかないのかな。距離もそこまで遠くないからみんな徒歩って感じか?」
「別に、そんなこと……」
近いと言ってもアトリアよりはマシという距離だ。負傷者や老人が簡単に渡れるわけでもない。
何かあるはずだろうと、兄妹で周囲を見渡す。荷馬車は多いが乗用馬車はそのほんの一角しかない。そこまで歩いて時刻表を窺った。
「……だめ。いっちゃった」
どうやら少し前に出発してしまったようだ。駐屯地を往復した時間がまた悔やまれた。
「くっそー……。乗るとこってここしかないよな」
そう言って辺りを見回す。するとフライアの視線がふと止まり、「あれっ?」と声を上げた。
「どうした?」
兄に尋ねられ、フライアはサッと指を持ち上げる。
「あの……地図の下」
指の先には都の地図が張り出された大きな案内板があった。その地図の下に人影が見える。指差しその案内板へと向かう兄妹は、さらりと伸びた銀髪に目を丸くする。
「……あれ? イリューア?」
この都に似つかわしくない騎士の鎧を身に纏った女性。しきりに地図を確認するその姿は、見知った仲間に違いなかった。
「おーい、イリューア! どうした?」
後十数メートルというところでライアスが声をかけた。銀髪の女性がビクッと肩を揺らし、兄妹を振り返る。
「はっ! リーダー!」
やはりイリューアだ。元エラセドの騎士であり、今は「ブラザーズ」に所属する大切な仲間の一人。
互いに姿を認め合い、それぞれから安堵の息が零れる。
「ああ、やっぱりか。ここで会えてよかったな。中に入ると見つからないだろうからさ」
ライアスの言葉に、イリューアは微かな笑みを見せた。
「ええ、本当です。カムト様から教えられた駐屯地も探すのが大変で……」
それにフライアが「え?」と小首を傾げる。ここから駐屯地までは大通りを少し進んで左に曲がり、あとは道なりに進むだけのシンプルな経路だ。
そんな妹に、ライアスがそっと目配せをする。
(こいつ、方向音痴か?)
三人の間に白々とした空気が流れる。
方向音痴にしては少しひどいが、イリューアならあり得る話だ。仲間になるまで、ナシラどころかおそらくエラセドを出たこともなかったのだろう。懸命に地図を見ていた彼女の手にはメモ帳とペンが握られている。
兄妹の視線を察したイリューアが両手をサッ、と背中の後ろに回した。
「あ、あ、いえ。ナシラははじめてのものでして……」
その頬が微かに桃色に染まっている。
(……そういうことな)
(もう、いいんじゃない?)
あまり追求しても仕方がない。兄妹は視線を交わし軽く頷き合った。
実際、案内板の地図には駐屯地の場所が記されていない。臨時に設けられた設備だからだろう。カムトから説明を受けているにせよ、わざわざ方向音痴を指摘して彼女の神経を逆なですることもない。
「まあ、そうだな。でも、どうしたんだ? 確か、シェラタンへ行くんじゃなかったっけ?」
本題に戻しライアスが尋ねると、イリューアはホッとした様子で口を開いた。
「ええ、そうだったんです。昨日のことですが、休暇を終えてシェラタンに出発しようとしたところでカムト様に変更を指示されたのです。ナシラに向かってリーダーを呼び戻してほしいと」
「カムトが?」
ライアスが僅かに目を細め、フライアも眉根を寄せる。
急に予定を変更し、一度もナシラに来たことがないイリューアを寄こしてまで呼び戻したい理由は何だろうか。あまり穏やかなことではなさそうだ。
そんな兄妹の様子を見て、イリューアが言葉を添える。
「私も多くは聞いておりませんが、どうやらアウラ様やウォルフが向かったアトリアに関してのようです。今はカムト様が王都に残っていて、戻り次第事情を話したいとのことです」
「ふーん……」
学術の都アトリア。エラセドとの争いに志願兵として加わって以来、兄妹からすればしばらく見て見ぬふりをしてきた都だ。
ミッションのためザウラクを行き来する道中立ち寄ることはあったが、帰路で昼食をとったくらいで、最近の様子はまるで知ることがない。
しばし思案に暮れ立ち尽くす三人だが、そうしたところで答えが出るはずもない。誰とはなしに王都に続く街道へと足を踏み出した。
「夕方以降はこの街道にも夜行性のモンスターが出始める、と注意喚起されていましたね」
イリューアがぽつりと零すように言った。
「そうか。おまけに街道が途中から山の陰に入る。急に暗くなるぞ、これ」
ライアスは道の先を見据え、そう口にする。
マーシアは大陸中央に峻険な山脈がそびえるため、アウストラリスとナシラの間は一部西日が遮られる区画がある。陽の光が届かないとなれば、夜行性のモンスターは当然活発になる。
それでも、神官からの直々の依頼だ。
一刻も早く話を聞かなければと、兄妹とイリューアはその足を速めた。




