144 要領悪き者たち
会食が終わる頃、既に日が傾きつつあった。
兄妹は用意された馬車に乗せられ、荷物の運搬が絶えない東の大広場へと移動していた。屋根付きの客車がある立派な馬車で、外の目に晒されることがない。
ラプターの騒動があった直後に中心地を歩くのは避けたほうがいい、というマルコスの計らいだった。
客車の中、兄妹は横並びに座っている。ガタゴトと揺れる振動が妙に心地良かった。
だが、ふと何かに気付いたらしいフライアが、兄の脇を小突いて言った。
「ねえ、駐屯地、寄らなきゃ」
「……ん?」
うとうととまどろんでいたライアスは空返事を返した。
駐屯地といえばここナシラの南側にある、王都がヴォイドゲート監視のために拠点を構えている場所だ。
「な、なんで、寄らなきゃいけないんだ?」
ぼーっと尋ねるライアスだが、次の一言で我に返ることになる。
「ブランドールさんに……」
ブランドール。妹の口からその名を聞いたライアスは頭をひねるも、しばらくすると自身の太腿を盛大に叩いた。
「……あーっ! まだ報告してなかったんだっけ?」
兄妹は昨日、日雇い名義でペンデンクス商会の調査を行っていた。ブランドールから依頼された調査なのだが、昨晩以降彼とすれ違ってしまい報告ができていない。今日の騒動ですっかり忘れてしまっていた。
ライアスの慌てぶりに御者の男が振り返り、声をかけてきた。
「うん? どうなさいました?」
ライアスはぽりぽりと頭を掻き、参ったな、と口を開く。
「あー……申し訳ないんだけど南の方にある、王都が管理してる駐屯地に寄ってくれないか?」
すると御者の男は「む? 行き先変更、ですかい?」と戸惑うように言った。
「こちらはアメラモウル様より既に代金をいただき、行き先の指定をされているのですが……」
その返答に兄妹は揃ってうっ、と言葉を詰まらせる。
「行き先が変われば、その距離に応じて追加料金をいただきますが、どうなさいます?」
御者の男は決して意地悪な印象ではないが、お金の管理にはきっちりしているようだ。さすがは商業都市である。
兄妹は手持ちにそう多くは余裕がない。「いくらだ?」と尋ねるより前に、ライアスは別の判断を下す。
「なら、東の広場の途中で降ろしてくれないか? 駐屯地に行ける脇道の前まででいい」
御者は快く了解してくれた。
ほどなくして指定した分岐路に到着し、馬車を降りた兄妹は南の駐屯地へ続く通りを歩いた。広場から駐屯地まではまだ距離がある。マルコスに受けた忠告もあって、兄妹の足は自然と速まった。今日中には王都に移動しておきたい。
だが、いざ駐屯地に戻るとブランドールの姿はなく、拠点のテントには今朝と同じく部下の兵士がいるだけだった。
「すまないな。副隊長は一度戻ってきたんだが、冒険者がマーケットで暴れていたって話を聞きつけて偵察に行ってしまったんだ。商人との交渉には我々も関われないところだが、マーケットで暴れている、なんて出来事は珍しくてな。伝言なら私から聞いておくぞ」
兵士にそう告げられ、兄妹は肩を落とした。とはいえそういう事情なら仕方がない。申し出の通りに伝言を頼むことにした。
ペンデンクス商会の調査については屋敷の外で警備をさせられたこと、一人の盗賊を追い払ったこと、ぞんざいに扱われたが結局は無事に戻れたことを報告した。また、それとは別に一時的に別のミッションを受けるため王都に戻ることを伝えておいた。
「はあ……」
駐屯地に来てすぐその足で引き返し、ナシラの玄関口である大広場へと向かう。
その途中、自分たちの要領の悪さに思わずため息を零した。
「……考えてみりゃ、報告ってほどに話せることもなかったんだよな。さっきの人に、今の話を今朝言っておけばよかったんだよ」
「う、うん……」
急ぎ足も少し疲れ、とぼとぼと歩きながら愚痴が零れる。
「フライア、思い出したのはいつだ?」
「うー……馬車に乗った後」
「だよなぁ」
兄妹のうち記憶を担当するのはフライアだが、妹とて特別記憶力が良いわけではない。仕方がないことと思いながら、兄妹の愚痴は止まらない。
「先に話をしておければ馬車降りる必要なかったわけだけど、なあ。これならせめてブランドールさんに会っておきたかったんだよな」
「うん、直接……」
「そう。直接話して共有できたら良かったんだけどな。……で、今ブランドールさんが何してるって言ってたっけ?」
「え? マーケットで、冒険者が暴れて……」
そこで兄妹は立ち止まり、お互いの顔を見やった。
「「え⁉」」
揃って驚嘆の声を上げる。
言うまでもない、改めて考えてみれば明確な心当たりがある。
「どこのマーケットって?」
「そこまでは……」
確認しあいながら、自分たちのことであると半ば確信している。マーケットで冒険者が暴れるなどという珍事が立て続けに起こるはずもない。ブランドールが不在であることに落胆するあまり、事件のことは無意識に他人事にしていた。
ライアスが天を仰いで歩き出し、フライアもそれに続く。
「あ~あ、この都はいちいちめんどくせえなぁ……」
「ブランドールさん……」
自分たちは無実だ、その思いは一貫している。冒険者が暴れただなんて、それこそガセネタだ。騒動に巻き込まれた自分たちこそが被害者なのだ。
……が、事実そんなデマに扇動されてしまう仲間だっている。それはなんとも切ない話だ。
ブランドールからしてもさぞ徒労に違いない。うんざりした顔でこの道を引き返してくる、そんな彼の姿が兄妹の脳裏には浮かんでいた。




