143 事態打開への取引
フライアが立ち直った後。
マルコスはしばらく俯いたままだったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「それでも、やはりあなた方は独特の発想や能力を持たれている。自分に納得いただけるように理解もしてくださる。もしかしたら、この問題にも対応できるかもしれないんですよね……。だとすれば……」
独り言のように呟き、ふうと深くため息を吐いた。そうして顔を上げると、改めて兄妹へと視線を向ける。
「ライアスさん、フライアさん。ご出身は……アトリア?」
ライアスが首を振る。
「いや、シェラタンだ。もうひとつ言うと、今はアウストラリスの傭兵でもある」
マルコスはこくこくと頷いた。
「そうでしたか。……わかりました。では、こんなのはどうでしょう?」
決心したかのような口調で言われ、兄妹は「なんだ?」と身構える。
「ライアスさん、ひとつおつかいを頼んでもよろしいでしょうか?」
「おつかい?」
首を傾げるライアスに対し、マルコスはきっぱりと頷いた。
「はい。今新しい取引先を開拓するために、サダルメリクとは別に現地調査に部下を派遣しているのです。その部下から進捗の報告書を受け取ってきてほしいのです」
本題から逸れた話に兄妹は揃って首をひねる。
そこへマルコスがすぐさま補足説明を加えた。
「当然、その書類は我々の重要な情報です。決して中を見ることなく、誰にも話すことなく、無事に報告書をここへ持ってきていただけたら、あなた方にこのナシラの黒幕の正体をお伝えします」
「おっ?」
黒幕の正体を伝える、という言葉にライアスが反応する。
マルコスの言う「おつかい」を無事にこなせたなら、商会の存亡に関わるほどという重大な情報を教えてくれる。どうやら取引のようだ。彼の知る真相は聞けそうにない、と諦めかけていた兄妹はその提案に興味をそそられた。
「そ、そんな条件で俺たちに教えてくれるのか?」
「はい。これは、あなた方がどれだけ信頼できるか、依頼を実行できるかを測るテストです」
テストなどと平然と言い切られ、兄妹は軽くたじろいだ。
マルコスは信頼が無ければ商売は成り立たない、と言っていた。だからこそ自分たちを「測る」。慎重でありながら、大胆な言い回しだ。これが何百万マーシャルを動かす人間か、と兄妹は感心するばかりだ。
だが、大事なことを聞かされていない。
「え、でも、どこから取ってこいって?」
まだ行き先を聞いていないのだ。マルコスは少し間を空け、苦笑交じりに口を開いた。
「ふふ……エラセドです」
「「……なっ⁉」」
思いも寄らぬ地を告げられ、兄妹は揃って奇声を発する。
エラセドはここナシラから見て遥か北東。陸路で向かうにはアウストラリスかザウラクを経由してアトリアへと向かい、そこからさらに街道を辿ってノースライフ山脈を越えなければならない。
場所もそうだが、なにせあの騎士の都エラセドだ。
マルコスもその事情を知っているのか、補足するように言葉を続けた。
「騎士の都エラセドは大陸マーシアでも特に内向的。ノースライフ山脈から取り出される豊富な鉱山資源と奥地に広がる針葉樹林からなる良質な木材資源。それらを製錬、加工する職人や造船技術はマーシアでも屈指。その一方で、その力を広げることなく、全てを都の手中で管理しようとする、とても頑固な都です」
その情報には兄妹にとって意外な点も含まれていた。
かつてエラセドの軍勢と対峙したとき、規律を重んじて融通の利かない強情な騎士、という印象ばかりだった。
今は仲間となったイリューアもかつては頑なに自分たちを受け付けなかった。
そんな都の内側がそれほど機能的だとは思いもよらなかった。
「エラセドの都はそんな職人気質の場所なのか? 騎士の印象ばっかりだけどな」
そう問いかけるライアスの心中を察するように、マルコスは言った。
「彼らなりの誇りのようですね。エラセドは環境が厳しく、作物が育ちにくい冷帯地方で生きるための資材を運び、作り、生活を営む民を外敵から守る存在として、《騎士》が都のシンボルとなったようですよ」
ライアスは「ふーん……」としみじみ呟き、改めて疑問を投げかける。
「でも、そんな厄介だとわかっててなんで調査してるんだ?」
するとマルコスは僅かに苦笑いを浮かべた。
「それは……もう新しい場所へと市場を開拓しなければならないからです。サダルメリクは既に父や他の商会の取引で飽和していて、私が今から入り込む余地がほとんどないのです。後に父から引き継ぐ形にはなりますが、その手腕を試すために父からは新しくゼロから市場を開拓してみろ、と試練を課されているのです。確かにエラセドは厄介な都気質ですが、その豊富な資源力と技術力は商人から見ればやはり魅力的な市場なのです」
なるほどな、とライアスは腕組みする。
「やってみないとわからないって感じか」
マルコスが頷いた。
「もっとも、実際のところこれまでの調査ではほとんどエラセドでの開拓は進んでいません。あなた方にはその報告書を受け取ってきてほしいのです。時間はかかっても構いません。なんでも、最近アトリアと交戦してしばらく自由な通行ができなくなった、という話ですからね」
「あ、ああ……」
アトリアとの交戦に話題が触れ、ライアスは一瞬言葉を詰まらせた。フライアも思わず苦い顔になる。
さらりと他所事のように話すマルコスだが、兄妹はそうもいかない。ライアスはその当事者であることを露呈しないよう、注意しつつ話を続けた。
「自由な通行ができなかったら、どうやってエラセドに行けばいい? 船か?」
「その手もあります。ただ、魔法の都アルニラムから渡ったとしてもそこから自由に移動できるかはまた別問題です。ですから、あなた方には我々の使いを示す証明書として一緒に携帯していただくものがあります」
言いながら、マルコスは何かを手に取った。保安官手帳のときと同じように、今度は兄妹揃ってなんだ? と前屈みになる。
テーブルに置かれたのは一枚の書類だった。
「『交通手形』です。街道などが通行規制されているときにこの手形があれば多くの場合は通行許可が下ります。貿易を行う商人は使者や救護部隊などと同じく緊急性や生活の持続性を要する立場にあるので、そうした許可証で通行ルートを確保するのです」
説明を受け、ライアスがその許可証を手に取る。書面にはふたつの大きな印章、アメラモウル商会の印とナシラの認定印が捺されてある。
マルコスが言葉を添える。
「それらと報告書も一緒に私へ返してください。最初に部下を派遣した時も同じことをしているので、エラセドの関係者ならば認知してくださるはずです。部下の責任者の名前はファブマーレン。聞かれるかもしれないのでメモのほうを」
「は、はい」
フライアがせかせかと腰のポーチに手を伸ばす。メモ用の手帳を取り出し、伝えられた名前を書き記した。それを見て、マルコスが話を続ける。
「実際のところ、私も現地を確認したことがないので明確な場所まではわかりません。不親切かと思いますが、逆にこれだけの条件でおつかいをこなすことができれば、私も約束通りこのナシラの秘密とされている情報を提供いたします。いかがでしょう?」
そう言われ、ライアスはちらりと妹に視線を送る。
「いかがって言われても、なあ?」
いかがも何も、既に派遣先の責任者の名前までしっかりとメモしている。
「状況の打開にはそれしかないんだろ? やってみるよ」
もとより選択肢はひとつしかない。ナシラの謎を解き明かすには彼の言う「おつかい」をこなし、その信頼を得るよりないのだ。
マルコスは「ありがとうございます」と礼を言い、ゆっくり丁寧に頭を下げた。
「……すっかり長くなってしまいましたね。お昼も過ぎています。一緒に、昼食でもなさいますか?」
誘いを受け、ライアスは「うーん」と首を傾げる。妹に視線を向けると、顔をしかめて自分たちの恰好を見やった。それは予想通りの反応で、こんなナリで商人貴族らと一緒に食事をするのは嫌だ、ということだ。
妹の合図を受け取り、ライアスは改めて口を開く。
「あんまり堅苦しく大人数で食べたくないな。ここならいいけど、無理そうならこのまま切り上げたい」
正直にそう伝えると、マルコスがはは、と軽やかに笑った。
「それでは、ここに用意いたしましょう」
朗らかに言って手元の呼び鈴を鳴らす。ベルの音に訪れた召使いは、いつの間にか席にいるフライアを見てギョッと目を丸くした。
首をひねる召使いにマルコスが軽い説明で流すと納得したように支度に入った。テーブルが大きなものへと入れ替えられる。
それからほどなくして料理の皿が運ばれ、次から次へとテーブルを埋め尽くしていった。小分けにされた料理がいっぱいに並び、空いたスペースに箱状のグリルが置かれた。そこへ大きめにカットされた塊肉が投入されていく。
いかにも豪快な肉料理にライアスが声を上げた。
「……なんだ? この、でっかいグリルは?」
「ナシラの名物です。ここでは火のエレメント内蔵のグリルを使った料理が人気でしてね。肉も細かくは切らずにパンや野菜と一緒にかぶりつくのが一般ですね」
「ああ……そういえばそうだったっけ」
ふと思い返せば、ナシラに来て以来ジューシーに焼かれた肉をよく食べている。アウストラリスから派兵されているブランドールも同じようなグリルを使っていた。
マルコスが料理の説明を続ける。
「ご希望の焼き加減で取り出して、テーブルにある食材と自由に合わせてください。肉と合わせられるように、料理は薄味に仕上げています」
ライアスはテーブルに並ぶ食材を見渡し「ああ」と返事をする。
(わりと自由ね)
フライアがこっそり兄の耳元で呟いた。
小分けにされた料理がいくつも皿に並んでいるが、よく見ればどれも肉にある「こってり感」のないものだ。あくまでグリルで焼いた肉と合わせる前提なのだろう。
(そうだな、王都の宮廷料理っぽいものを想像してたよ)
そんな兄妹に対し、マルコスが手本を見せるように食材を手に取った。
「私のおすすめは二枚重ねたレタスに、このケイプト産トマトと肉を包んでこのスパイスを……」
「……パンで挟まないのかよ」
「ええ、全種でやってしまうとカロリーオーバーですからね。手拭きや紙はそこにあるものをご自由にどうぞ」
栄養面もしっかり考えてあるらしい。マルコスに倣い、兄妹も自分たちなりの組み合わせを模索した。
「おお……」
「うん……」
兄妹で顔を見合わせ、思わず感嘆の声を上げる。香ばしい肉に何種類もの食材、色とりどりの調味料。その組み合わせはどれも美味しい。
さまざまな食材を取るため立食形式になる中、先程から出入りを繰り返す召使いをマルコスが紹介してくれた。二人の召使いは兄妹よりもずっと年上で、聞けばもとはマルコスの父の部下だったとのことだ。
場は段々と和やかな雰囲気に包まれていき、気恥ずかしさのあった兄妹も少しずつ馴染んでいく。主に聞き役ではあったが、マルコスから父親の厳しい教育に対する軽い愚痴などもあって、その関係はぐっと近くなったようだ。




