142 心に疼く言葉
ライアスの申し出にマルコスが嬉しそうに応じた。話がようやく一段落つき、互いに小さく息をつく。
思いを新たに、話を再開したのはライアスだった。
「えっと……確かマルコスのような誠実な商人を妨害する自称商人、商会が存在してることでこの都が混乱してるって話だったよな」
マルコスが「はい」と応じる。
「それで、要はそれが、今サダルメリクを塞いでる問題と冒険者失踪の問題につながっていると。そういう連中を排除するために冒険者である俺たちと手を組みたい、と。そういうことだよな?」
確認を踏まえ、ライアスはこれまでの会話をまとめるように言った。
マルコスは「そうです」と答えた後、こう言葉を付け足した。
「ただ、本格的な調査となるとかなり念入りな準備が必要です」
フライアが小首を傾げる。
「念入り?」
マルコスは頷いた。
「それらの商会はとても強い力を持っています。彼らは彼らで自分たちの身を守るための手段を用意しています。トカゲが尻尾を切って身体が逃げられるようにするのと同じく、彼らもその真相については決して明かさない。そして、彼らは自分たちの尻尾を突いてくる商会を狙っています。……私もあまり人のことは言えないのですが、彼らもまた、他の商人が失態を起こすことを狙っているのです」
話が小難しくなり、兄妹はうーん、と唸りはじめる。
噛み砕いて理解できるよう、ライアスはまた言葉を置き換えてみる。
「……タンク、っていう尻尾が敵を引きつけて、その隙を仲間のアタッカーが叩くようなものか?」
それに対しマルコスは苦笑いを浮かべた。
「う~ん……私は戦い方には疎いのですが……」
ふむ、とライアスが説明を加える。
「冒険者が数人で集っているのは見たことあるだろ? ざっくりで言うけど、その中の重装甲の一人が前衛に立つ。それがタンクで、そいつがモンスターの攻撃を一手に防ぐ。他のメンバーはその隙にモンスターの隙が付ける場所に立つ。二人くらいが攻撃して殲滅しながら、残ったもう一人がそのタンクを治癒し続ける」
ぎこちない説明だが、マルコスは納得したようだった。
「そうですね。形で言えば同じでしょう。私がまだ迂闊にその黒幕をあなた方に伝えられないのも私がまだその《タンク》しか見えていなくて、後ろに控える《アタッカー》が見えていないからです」
同じように冒険者パーティに例えて説明してくれた。こうした機転も利発な青年商人だからこそかもしれない。
よし分かり合えた、と兄妹は顔を見合わせ頷きあう。
「じゃあ、その《アタッカー》を見つけるにはどうすればいい? 俺たちには何ができるんだ?」
そう尋ねるとマルコスは顎に手をやり、しばし沈黙した。
「……そこなんですよね。現時点ではあまり大きくは動けません」
歯切れ悪そうに言う。それだけ慎重さが必要ということだろう。
だがライアスはどうにも納得がいかなかった。
「んー……でもマルコス。協力をしようって言っても俺たちは何も分かってないんだぞ? 敵が誰かがわからなければ何に気をつければいいか、この都の何を信じていいかも分からない。せめて、手掛かりだけでもくれないと」
少し語調強く、問い詰めるように尋ねる。
協力しあう、といっても何も情報がない、では困る。そもそもここナシラを訪れたのも王都のミッションとして事件を調査するためだ。
神官カムトもウォルフも掴めなかった情報を手に入れるチャンスなのだ。
だがマルコスの表情が曇るのを見て、フライアが前のめりな兄をなだめた。マルコスは顎に手をやったまましばらく黙り込んでいたが、考えがまとまったのかようやく口を開いた。
「……おっしゃる通りです。ただ、今動くのはとてもタイミングが悪いのです。被害者とはいえ、あなたは商人たちの目に入ってしまい、私も保安官の権限を使ってしまいました。黒幕が注目するのはまさに我々のこの時間と次に我々がどう動くか、についてです。今はあまり協力関係を公に出さないほうが安全なのです」
それは兄妹にとってあまり気分の良い忠告ではなかった。
「……何? 俺たちはもう監視されてるってのか?」
「……ええ、そう思って行動したほうが安全ですね。場所が広場でしたし、ケゼックと繋がる輩もいると聞きます。ほとぼりが冷めるまでは都を離れたほうが安全なのですが……」
反射的に呟いたライアスに対してマルコスが静かに返した。
それからマルコスは「う~ん……」と再び思索に耽る。
そのときだった。
(……)
声にならない声が聞こえ、ライアスが顔を向けるとフライアが身を縮こまらせていた。その顔には苦悶の色が浮かんでいる。
(……フライア?)
息を凝らすように何かに耐え忍ぶ妹の様子に気付き、ライアスが声をかける。
フライアは荒い呼吸を鎮めるように胸元をギュッと押さえ、込み上げる感情を抑え込もうとしていた。
(……おい、大丈夫か?)
身体を硬直させる妹の肩にライアスが手をかける。それでもフライアは金縛りにあったように動けずにいた。
マルコスは手帳を見ながら考えに耽ってこちらに気づいていない。
ライアスは彼の様子を窺いながら頭を絞り、その原因を探る。
やがて、ひとつの言葉にたどり着いた。
(……『監視』、か)
その兄の問いに、フライアは微かに首を縦に振る。
ふと野盗らの襲撃の記憶が脳裏をよぎる。あのおぞましい出来事は今の冒険のきっかけでもある。
野盗らの監視から逃れるように故郷を出た、あのときの記憶。
今もまた、危険だから都を離れろと忠告されてしまった。目立ちたいなどと少しも思わないのに目を付けられた。
その恐怖が重なってしまったのだ。
しばらくするとフライアは大きく息を吸い込み、肩を上下させた。近くまで顔を覗かせていた兄にこくこくと首を縦に振る。
(……うん、なんとか……)
息遣いは荒いままだが少しは落ち着いたようだ。
ライアスはそんな妹に目配せすると、マルコスに視線を戻してふうと息をつく。マルコスは俯いたまま額に手を当て、未だ思案に暮れていた。
(……悪かったな)
人知れずそう呟く。
同時に、マルコスという人物を疑ってかかったことに後ろめたさを覚えた。
彼は衆目にさらされる立場に身を置いている。どういう人間かも知れない人々に「監視」される仕事など、自分たちには到底できたものではない。
この青年商人は苦境に耐え続けているに違いない。
その器の大きさが今になって、ライアスの身に染みた。




