139 ナシラが抱える裏事情
呼吸を整えたマルコスが穏やかな口調で語り始めた。
「まず、このナシラの役目や商人の動向についてお伝えします。この『貿易の都』と称されるナシラで、商人たちが今までどのようにしてマーシアの発展に貢献してきたかご存じでしょうか?」
そう問われ、ライアスは腕組みをする。フライアも憑依したまま頬に指をやり、むーんと考えてみる。だが、何ひとつ答えが思い浮かばない。
ナシラに来て以来ここ数日、苦い思い出ばかりで商人にはろくなイメージがない。貢献、という好意的な言葉に結び付かないのだ。
「……いや、何も」
正直に答えるとマルコスは苦笑しながら「こんな状況ですから無理もありません」と前置きして話を続けた。
「ですが、昔からナシラはこの大陸マーシアの富と物資の貯蔵庫として存在し続けていました。西には戦いの最前線サダルメリク、そして人々が集うザウラクとアウストラリスと繋がるこの地はとても良好な立地条件です。それを活かして円滑な物資の供給地点として機能しているのです」
そう話しマルコスは僅かに視線を落とす。
「今ももちろんその役目を果たしているのですが……近年になってその立場を悪用して地位を奪おうとする商会が目立つようになったのです」
それは兄妹にも理解のいく説明だった。
「それが、昔から存在する商人たちにとって脅威になっている、と」
ライアスの問いに、マルコスはゆっくりと頷いた。
「先ほど悪質な妨害工作を仕掛けられて解散した商会があることをお伝えしましたが、噂ではその工作を専門として自らは一切商売を行わないという商会もあるようです」
それには兄妹揃ってギョッとする。
「な、なんだって?」
(しょ、商売を行わない……商人?)
フライアが宙に浮いたまま頭を抱える。商いの会で「商会」なのに、その商いを一切行わない商会……。
もはや意味が分からない。
「それはもう、商人とか商会だなんて言わないだろ」
ライアスが思いをそのまま口にすると、マルコスは真剣な表情を変えることなく頷いてみせた。
「ご名答です。ですが、その見分けがつかなくなることでこの都全体が混乱しはじめているのです。あなたが私を信用してよいか疑い、苦労しているように」
「あー……」
そう言われて、なんとなくだが腑に落ちる。この青年商人が何を言いたいのか少しだけ分かってきた。
兄妹はナシラの商人を一様に胡散臭い目で見てきた。実際に曲者ばかりだったし、人を騙すことで利得を得るという印象は拭えない。
一方、そうした者たちのせいで真面目な商人まで割を食っているのだ。
マルコスが言葉を続ける。
「都を支えるほどの物資を移動させるためにはまとまった数の人手や準備、資金がかかります。商会というのは元々そうした大規模な動きをコントロールするために構成されています。街でよく荷車を見かけられたと思いますが、彼ら運び屋が仕事を全うするためには彼らに対する賃金の計算や支給が必要ですし、送り届ける先との契約も交わさなければなりません」
話題がにわかに小難しい内容へと傾きはじめた。
「う、うん……」
(う、う、う……)
ライアスが適当な相槌を入れたが、兄妹は内心身構えている。読み書きや計算ができないわけではないが、こういう専門的な話は得意じゃない。兄妹で力を合わせてもついていける自信はまったくない。
「このあたりはわからなくても大丈夫です。商会がどうして大きな組織になってしまうのかを伝えたかっただけです」
そうマルコスに言われ、兄妹はホッと胸をなでおろした。
「うーん……。つまり、『ギルド』って言葉と大差ないってことか?」
ふとライアスが尋ねる。難しい話であっても自分たちに馴染みのある言葉に言い換えることで理解できるかもしれない。
マルコスはすぐに応じず天を仰いで唸りはじめた。それを見てライアスが言葉を添える。
「アトリアだとモンスターの討伐役とミッションの受注者とで分担して取り組む組織をギルドって呼ぶんだけど、意味合いは同じか?」
あまり上手い説明とも思えないがライアスなりに意図を伝えてみる。
するとマルコスは「ああ……」と呟いて視線を戻した。どうにか伝わったようだ。
「なるほど。本質は同じでしょうね。結局一人でできないことを組織で行うという意味では。商いに特化した分野で構成した『ギルド』。それが商会と言っていいでしょう」
ライアスも納得して頷く。
「そういうことな」
商いに特化したギルド、それが「商会」。
基本的なことなのかもしれないが、自分たちの知る組織に置き換えることでようやく頭に入ってくる。
「どうも商人とは相いれない関係だと思ってたけど、少し安心した」
そう伝えるとマルコスはフッと頬を緩めた。
「それは嬉しいですね。冒険者と商人の間柄を水と油と思う方もいるのですが、実際はそうではないんです」
ふむ、とライアスは顎に手をやる。
「それで、話を戻すと、その『商会』と名付けた正体不明のギルドがこの都にのさばっていると」
「そういうことです!」
マルコスは力強く首肯した。つられるようにライアスも首を数回縦に振る。
ようやく両者の見解が一致してきた。ところが……。
「そ、それで悪い……。な、何を話してたんだっけ?」
ライアスは改めて考えあぐねる。あまりに合点がいったせいか、今度は論点が分からなくなってしまった。




