138 商人が見るナシラという都
「協力だって?」
協力をしたいと申し出るマルコスがにわかには信じられず、ライアスが疑うように問う。
すると、彼はまっすぐライアスを見つめて頷いた。
「ええ。そしてそれは冒険者たちの失踪事件とも絡んでくる話です」
「お?」
失踪事件、というフレーズに兄妹は揃って反応した。その真意が分からないため警戒心は解けないが、興味はそそられる。なにせ自分たちが担当するミッションにも関わる話だ。
(でもさっき、神に誓ってって……)
ふとフライアが呟いた。
ここに連れてこられる前、マルコスは「冒険者の失踪事件には関与していないことを神に誓って約束する」とライアスに告げたのだ。
その妹の疑念にライアスもハッと気付き、マルコスに詰め寄る。
「お前、さっき自分は失踪事件に関わってないって言ったよな。なのにそれと絡むって言うのはどういうことだ?」
するとマルコスは神妙な表情を浮かべて言った。
「それが商人側の事情なのです。実際、これをあなたに伝え、あなたがこのことを広めてしまうとこのアメラモウル商会が一夜で消滅する可能性すらあるのです」
穏やかじゃない言葉に憑依中のフライアが「え……?」と顔を青くする。自分たちは一夜で商会が消えるほどの情報を伝えられようとしているのか。
マルコスがテラスの外側に広がる庭園へと視線を向ける。
「……私がこうして何十人もの部下を従えてこの屋敷にいられるのも祖父と父が築き上げた商会があってこそです」
それはどことなく憂いを帯びた声だった。
「時代は流れていろいろなライバル商会が立ち並ぶようになりました。良い商売をされるところももちろん増えましたが、中には悪質で、商売の質を上げる努力もせずに他の商会の揚げ足を取るばかりの商会も出てきています。本当に優秀で参考にしたい商会もあったのですが、数年前にその妨害工作を仕掛けられて解散を余儀なくされるという事件も起きました」
「え……?」
思いがけず重い話になり、兄妹はどう反応すればいいのか分からない。
それに気付いてかマルコスは場をとりなすように召使いを呼び出す。
「飲み物は、紅茶とコーヒー、どちらがお好みですか?」
にっこりとした笑顔で飲み物を勧めてきた。ライアスは紅茶が苦手だ。こういうときは一択しかない。
「じゃあ、コーヒーで」
マルコスが頷き、「コーヒーをふたつ」と召使いに伝える。召使いがその支度に向かうと二人の間には再び沈黙が訪れた。
やがてマルコスはおもむろに咳払いをすると、話を再開した。
「少し焦らすような真似をしてしまいましたが、私もあなたを信じてこの話をしてよいかを測っていました。どうやらあなたはこの都の商会に属しているわけではないようですね。あと失礼ですが、おそらくは本当にこの都の習慣や暗黙のルールに慣れていないということ。そして、外の都のどこに所属しているかまではわかりませんが、これまでも臨機応変に修羅場を潜り抜けてきた人である、といったことは感じ取れました」
ライアスは思わず「うーん」と唸る。
概ね、いや、ほぼ当たっている。
「ああ……。それで? だからって俺にそんな話ができるのか?」
疑問を投げかけるように尋ねる。当たっているとはいえただの推測でそこまで重要な話ができるものだろうか。
だがマルコスは釈然として口を開く。
「まあ、そういうことですね」
はっきりそう言い切られ、ライアスはやや戸惑った。
「な、なんでだ?」
どうにも腑に落ちずに聞き返す。マルコスはあくまで真剣な表情をしていて思い悩む素振りも見えない。その様子を見る限り嘘はないように感じられる。だが冒険者は他にも大勢いるというのに何故自分を選ぶのかが分からない。
マルコスは少し考えた後に「半分は直感です」と切り出し、言葉を継いだ。
「あなたはそれほど、情報を他人に言いふらすような人ではないと思ったからです。それに、最近は冒険者らも事態が大きくなりすぎてあらゆる商人を疑うようになってしまいました。私も、何とかこの事態を打開したいとは思っているのですが、冒険者と商人の軋轢は深まるばかり。こういった機会でも無ければ交渉することさえできなかったのです」
そう説明があった後、先程の召使いがトレイを手に戻ってきた。ポットとカップ、さらに軽食がテーブルに並べられていく。
兄妹はポットから注がれるコーヒーを眺めつつ、相手の真意を読み取るべく頭を働かせる。マルコスは自身の弱みともなり得る情報をライアスに知らせた。その事実を鑑みる限り、ライアスを認めてくれているように感じられた。
その意図をもう少し明確にするべくライアスは質問を続ける。
「……で、その解決したい問題に冒険者として協力してくれってか?」
するとマルコスは「はい」と即答し、言葉を添えた。
「とは言っても、あなたをここに拘束するつもりはありませんし、まだ動きに出るのは危険な状況です。今行いたいのはあなたとパートナーとして信頼関係を築いておきたい、ということです」
「ほう……」
信頼関係を築く、という言葉にライアスは複雑な思いを抱いた。
内心嬉しくはある。だがこの同世代の商人は、汚れた鎧を身に着けた無骨な野郎に何を期待しているというのか。
未だ疑問は晴れず、ライアスは素直な思いを口にする。
「嬉しいといえば嬉しいけど、お前にとってそんなに大事なものか? 冒険者は他にだっているだろうし、ましてやこの屋敷の主の息子なんだろ? 金もあるんだろうし、その気になればどんな人だって雇えるだろうし……」
妬むつもりで言ったわけではない。だが兄妹からすれば、ここはすべてが揃った理想郷とも言うべき場所だ。食料も素材も必要なものは自分たちで掻き集め、いつだって余裕のなかったシェラタンでの暮らしとは対極の日常がここにはある。
そんなライアスの指摘に対し、マルコスははじめてばつが悪そうな顔で視線を落とした。
「どうした?」
思わず尋ねると、マルコスはゆっくりと顔を上げた。その表情は真剣な面持ちへと戻っている。
「……そこなんです。ちょうど私が困っているところなのです」
「えっ?」
何気ない指摘に重々しく返され、ライアスはにわかに戸惑った。
「なんか、悪いことを言ったか?」
マルコスは静かに首を振る。
「いえ。ですが、一旦、冒険者の失踪事件は置いて、我々の事情を聞いていただけないでしょうか?」
「あ、ああ」
その神妙な物言いにライアスは頷くしかない。
(マルコスの、事情?)
頭上に浮かぶフライアが小首を傾げる。
マルコスはコーヒーを一口すすり、ふう、と深い息を漏らす。そして改まるようにライアスへと視線を向けた。




