137 大商会のテラスで
ひとつの理性が切り分けられた《独りの兄妹》ライアスとフライア。
自らが立ち上げたギルド「ブラザーズ」に下されたミッションに伴い、ナシラの調査に赴いていた。その最中見えてきた、金と名声を争って鎬を削り合う商人らの暗躍。
彼らの手の内を読む間もなく、この日はとあるきっかけで出会った商人を顔を合わせていた――。
貿易の都ナシラ。
数多の商会が一堂に集うこの商業都市では、冒険者が失踪する不穏な事件が多発している。
兄妹にとってナシラは得体の知れない都だ。
調査に向かう前、王都の神官カムトに「成果よりも身を守ることを優先して」と告げられ、先にナシラの調査を行ったギルド仲間のウォルフには「荒波は立てないほうがいい」と含みのあるアドバイスをされた。そして狡猾な商人らとのやり取りの中で、それらの言葉の意味を身をもって知ることとなった。
それにもかかわらず、である。紆余曲折を経て、兄妹は今「アメラモウル商会」の敷地にあるテラスにて青年商人マルコスと向かい合っている。
マルコスはアメラモウル商会を取り仕切る大商人の息子だ。
先の乱闘騒ぎ──。
商人ケゼックがマーケットで主催していたストリートファイトに巻き込まれたことが発端だった。中型の肉食獣ラプターに追いかけられた兄妹は、商人たちに詰め寄られた後にマルコスに連れ出されてここへとやって来た。
その目的は今も分からず、柔和な態度のマルコスに対し兄妹は警戒心を緩められずにいる。
商会の屋敷や庭園にはいかにも豪奢な骨董品の数々が飾られ、王都アウストラリスの宮殿とはまた違った荘厳さがある。
何人もの召使いに迎えられ、薄汚れた恰好の兄妹はそのみすぼらしさから決まり悪さを覚えた。特に妹のフライアは恥ずかしさも相まって、兄妹の力《憑依》で兄のライアスに憑りついたまま宙空に縮こまっている。
そんな中、青年商人のマルコスは一本の剣を差し出した。兄妹がストリートファイトに巻き込まれた際、ケゼックに取り上げられたライアスの剣だった。
ライアスはいじられた形跡がないか剣を念入りに確認し、腰へと収める。
ふとマルコスを見ればその精悍な顔つきに満足げな笑みが浮かんでいた。その表情はマーケットからここに来るまでほとんど変わっていない。
しばらくすると召使いらしき男たちがタオルやブラシといった洗浄用具を持って現れた。それを見て取って、マルコスは客人をもてなすような口調で言う。
「さて、このままお話に入っても良いのですが、流石にラプターの血を嗅ぎながらでは不快でしょう。ご希望ならばその鎧のクリーニングと一緒にお風呂も用意いたしますが、どうなさいます?」
ライアスは先の騒動で野獣ラプターを斬り伏せ、その返り血に汚れている。
「いや、いい……」
ライアスはためらわず、ゆっくり首を横に振った。
ここが王都アウストラリス、または故郷シェラタンであればありがたく受け入れただろう。だがここはナシラにある大商人のお屋敷だ。マルコスは兄妹と同年代の若者だが、その目的が明らかになっていない以上、信用ならない。油断ならぬ商人の本拠地で裸になる気はしなかった。
その心情を察してか、マルコスはくすりと笑うと召使いに向けた指をくいと曲げた。すると指示を受けた男たちが洗浄用具を傍らのテーブルの脇に並べていく。そうして恭しく頭を下げると、その場を退いていった。
「用心深いお方です。香り高い、ナシラでも人気の洗浄剤と消臭薬です。ブラシ等もお使いになってください」
マルコスがテーブルへとライアスを促す。薬剤が入ったバケツに清潔なブラシが数本用意されていた。
「……ありがとうな」
礼を告げるとマルコスは薄く微笑んだ。
「お安い御用です。ご足労、ありがとうございます」
礼節を尽くした彼の態度とは裏腹に、兄妹の方はそわそわと落ち着きがない。ライアスに憑依しているフライアが、その兄の頭上でそっと呟いた。
(もう、そろそろ……)
(ああ……)
それにライアスも小さく頷く。
椅子に腰掛けるや否や、ライアスは顔をぐっとマルコスに近付けた。
「なあ、マルコス、って言ったか? いい加減教えてくれ。何のつもりだ? なんで俺たちをここに連れてきた?」
無表情のまま睨み据えるように言う。
だが、それに反してマルコスはきょとんと不思議そうに口を開いた。
「……『俺たち』ですか?」
(あっ……)
「あっ……!」
兄妹は思わず揃って声を上げる。
外見上、テーブルにはライアスとマルコス二人の姿しか見えない。憑依中のフライアは《見えていない》のだ。マルコスからしても連れてきたのは兄妹ではなく、ライアス一人だ。なにせ顔を合わせたのはフライアが憑依した後なのだ。
本心を暴こうと軽く脅しをかけたつもりが逆にボロが出てしまった。憑依という能力を隠しておくことは兄妹にとっての切り札でもある。
どうにか取り繕うべくライアスが言葉を継ぐ。
「まあ、そうだな。さっきの喧嘩は見てたんだろ? 名前はもう忘れたけど、あの用心棒。どれくらいの腕だったのかはわからないが、俺はあんな手を使って戦う奴だ。見た目には『二人で戦ってる』ような、な?」
その物言いに頭上のフライアが小首を傾げた。
(それ……いいの?)
下手をすれば正体を明かす方向に進みかねない話しぶりだ。ただでさえ苦しい言い訳だし、「二人で戦っている」と無駄な説明まで加えている。
マルコスを見れば案の定、苦笑いを浮かべていた。
「あ、その……。実はバラックとあなたが戦っているところまでは見ていなかったものでして。なるほど、ラプターだけでなく最近加わったバラックも破るような腕の持ち主でしたか……」
(やべっ……)
ライアスがしまったと額を押さえ、フライアがもう、と唇を尖らせる。マルコスはストリートファイトを見てはいなかったのだ。
(ほらあ!)
その場しのぎにライアスが口を開くたびにボロが出る。
──兄妹の《外側》を担う兄は弱みを見せまいと見栄を張り、その《内側》にあたる妹は必死に言い訳を模索する。それは《独りの兄妹》である二人ならではの処世術でもあった。
だがこうした会話の駆け引きでは悪い癖ばかりが出てしまい、中々うまくいくことがない。
とはいえ話してしまったものは仕方がない。ライアスは半ばやけっぱちに話を続ける。
「……ああ、そうだよ。で、そろそろそっちのことを言ってくれていいんじゃないか?」
吟味するようにライアスを見つめていたマルコスだが、やがて頷きゆっくりと口を開いた。
「わかりました。私の方からもお話させていただきます。実はこの都の問題を解決するために、冒険者であるあなたと協力をしたいと思ってお招きしました」
その言葉に兄妹は驚いた。




