135 市街地戦 対肉食獣
「いけえ! ラップラー‼ あいつを食いちぎれっ!」
荷運びのロープを解き切った一人が声を張り上げ、ライアスを指差す。
すると大柄なその家畜がじろり、と顔を向けてきた。背中に大人が二人は乗れるほどの巨体を持つ、ラプターという野獣だ。
「え、え? えっ⁉」
兄妹は揃って困惑の声を漏らし、うそだろ、と前屈みに目を瞠る。
ラップラー、と呼ばれたラプターがゆっくりと前進し、ライアスを見つけたように視線を止めた。
涎を巻き散らす口には鋭い歯が並んでいる。明らかに肉食獣のそれで、木製の杖はもちろん人の腕だろうが頭だろうが容易く噛み砕きそうだ。
「だ、だ、ダメだろ! こんなっ! ダメだって‼」
これにはさすがのライアスも額に脂汗を滲ませる。
用心棒から逃れるために使ったテーブルなどの障害物も、ラプターであればひと跳びで越えてしまう。
「おわぁっ! あっぶねえっ!」
少しでも時間を稼げる場所を、とライアスは広場を退散して通り側へと駆け込む。
「ダメーーーっ‼ 連れてきちゃダメ―ッ‼」
「わあああーっ‼ こっち来るなああああーっ‼」
商店の女性店員に露店の商売人、その他大勢の人々が来るな、来るなと絶叫する。
だがそうは言われてもどうしようもない。
ライアスはさらに大きな障害物を求め、露店が連なるマーケットへと逃げ込む。一軒の屋台に突撃し、商品ごと陳列棚を飛び越えてその内側へと入り込んだ。ライアスを追ってラプターも容赦なく屋台へと突っ込んでくる。
だが屋台は狭く、辺りには商品や荷物類も山積している。ラプターは足場も覚束ないまま、バリン! と派手に頭部を屋台の屋根部分へとめり込ませた。
「ぬあーっ! 剣さえあればこんなことにはならなかったってのに!」
一軒の屋台を犠牲にどうにか距離を取るライアスだが、相変わらずラプターと戦えるような状況ではない。武器屋はないかと周辺を見回すも、目の届く範囲には見当たらない。
焦りが兄妹を追い詰めていく。
(どうするの? どうするの……?)
「お前は……! あの口を止める術を考えろ! 口の中に氷を突っ込むとかさあ!」
とにかく、あの歯に噛み砕かれさえしなければいい。
ライアスは慌てながらも知恵を絞り、窮地を乗り越える案をフライアへと伝える。そうしながら自身は武器を必死に探した。
やがて屋台に頭を突っ込んだラプターが、バキン、と首を引き抜き、体勢を立て直す。きょろきょろと首を回すもライアスが見つからないとみるや、手あたり次第に露店を襲いだした。
「ぎゃあああっーー‼ やめてーー‼」
「おぉーーーい‼ 誰かあっ! 止めてくれーっ!」
阿鼻叫喚の声がマーケットにこだまする。
辺りの店員はラプターからは避難しているものの、為す術なく店が壊されていく様子を遠巻きに見て嘆き喚きが止まらない。
露店の柱が砕け、整頓して積み上げられていた木箱が次々とひっくり返され、ポーションやドリンク類が散乱していく。
商人たちにとってはまさに地獄絵図だ。
一帯がパニックに陥る中、兄妹は露店の陰に身を潜め、反撃の機会を窺う。
「これは……もう俺たちのせいじゃねえぞ?」
(でも……せめてあれだけは)
「……倒さねえと示しがつかねえよな。ったく!」
好き勝手に暴れるラプターを仕留めるべく気合いを入れる。
だが実際のところ未だまともな武器を確保できずにいる。ライアスが手にしているのは杭で埋め込まれていた看板だった。形だけなら両刃の斧に見えないこともない。緊張に息を荒げながら、ライアスは看板を持つ手にグッと力を込めて口を開く。
「これの強度と、お前の氷のエレメントの腕に全部かかってるぞ……!」
(ううぅ……)
獰猛なラプター相手に武器は木製の看板ひとつ。あまりに心許ない装備の中、フライアは兄の命を託された。
ライアスは物陰に身を潜ませつつ、なおも露店を襲い続けるラプターへと背後から忍び寄る。フライアがこくり、と唾を飲み込んだ。
(……構えるよ)
(ああ……。い、いくからな……!)
ライアスが頷き、震える声で決意を口にする。
ラプターは当初の目的を忘れたのか、肉屋の屋台にある食材をむさぼり食っていた。
刹那、その背面から飛び出したライアスが奇襲する。
「ぬうああぁっ!」
(氷刃……!)
兄妹即席で考えた氷のエレメントとの合わせ技。
両手に握った看板を振りかぶり、打ち下ろす──その瞬間、木板の端に氷の刃が付加された。
ごくわずかな間だけ鋭利な戦斧と化した看板が、ラプターの背中に深々と食い込んだ。
「ギィイアアアアッ‼」
悲痛な咆哮が轟き、その背中から多量の血が噴き出す。
「おわあっ!」
ラプターが暴れ出し、ライアスが勢いよく払われた尻尾に弾き飛ばされる。
破壊された木片や商品が飛び交う中、ライアスは立ち上がり、どうにかもう一度深手を与えようと急ごしらえの戦斧を構える。
するとラプターはよたよたと向きを変え、ライアスの正面に向き直った。大きな口から涎がしたたり落ちている。
(えぇ……?)
ゾッと青ざめるフライアに、ライアスが喝を入れる。
「か、構えろよ、さっき言ってたやつ!」
ラプターが怒りに我を忘れたように、遮二無二突進してきた。あんぐりと開かれたその口の中が、兄妹の視界にくっきりと捉えられる。
「いけえっ!そこだっ!」
(はあっ……!)
刹那、ラプターの大口に氷弾が放たれる。それはスポン、と口内の奥、喉の方にまでめり込んだ。
「ンアアアアッ⁉」
ラプターは氷塊を噛み砕くことも吐き出すこともできない。どうにかそれを除去せんと首を振り、苦し紛れに顔を上空へと反り上げる。剥き出しの歯牙がライアスから遠ざかり、取って代わって脆弱な腹部が露わになった。
「そうらっ! これならどうだっ!」
この機を逃さず、ライアスは足を踏み込み、氷の戦斧を薙ぎ払う。
ラプターの腹が真一文字に切り裂かれ、絶叫が響き渡ると共にライアスに大量の返り血が浴びせかかる。
「ギイイイアアッ……! アア……?」
ラプターの奇声が萎んでいく。よたよた後退する獣にライアスは、今度は「一」が「十」となるように振り下ろし――、それと同時に看板の柄がバキン! と折れた。
「はあっ……、はあっ……。ど、どうだ?」
もう武器はない、とライアスが咄嗟に後ずさってラプターを窺う。
その巨体は一瞬ぴたりと止まり、それからまもなく力なく倒れて地響きを起こした。




