133 ストリートファイト 対バラック
「はっはっは! これは、次戦に向けての準備運動か!」
ファイティングポーズをとったバラックが軽快なステップを踏みながら、愉快そうに声を荒げる。
「さあ、どうだろうな?」
対するライアスはいつも通りの澄まし顔でバラックに対峙する。
刹那、互いの拳が交錯した。バラックが細かなジャブを打ち出し、それをフェイントに強烈なフックが叩き込まれる。
ライアスはそれをどうにか躱して拳を突き入れるも、相手の身体に届きもしない。鎧を着ているので身体は安全だが、その分顔に攻撃が集中する。右、左、そして正面。視界のあらゆるところから拳が飛んでくるのを必死に両腕でガードする。
──いかにも精悍な用心棒だと思ったが、いざ拳を交えてみるとやはり強い。というより、速い。
バラックの両腕から繰り出される俊敏なパンチに巧みなフェイント、リーチの長いキックコンボ。それらすべての動きについていけない。
「くっ、ぐうっ……!」
下手に一発殴りにいくと軽く二発返ってくる。
半ば破れかぶれに攻撃を繰り出すのが精一杯で、ライアスは防戦一方だ。その頭上、フライアは攻撃を受け続ける兄を密かに回復しながら、どう援護すべきかその手段を探っていた。
周囲から見ればバラックの猛攻をライアスが必死に耐えているようにしか見えないだろう。
「おう、どうだどうだ! 一発くらいしっかりとパンチを当ててみろよ!」
そんなバラックの挑発に応えることもなく、ライアスは寡黙にフライアと戦い方を模索する。
(あのフットワークが厄介だ。足だ足!)
(あ、足って言っても……)
フライアは困ったように眉根を寄せる。相手の足を目掛けて氷弾を放てば、当然群衆の目に映ってしまう。
だが、ライアスは別のことを考えていた。
(だから、床に張るんだって! できねえか……?)
(え?)
その言葉を受け、フライアもハッとする。それならば、と兄の頭上からバラックの足元周辺を見下ろした。
意図が伝わり、ライアスが具体的な指示を送る。
(ちょっと奥寄りにな)
やがて防ぐばかりで攻撃をしないライアスに、周囲を取り囲む野次馬たちからブーイングが起こる。
野次や罵声が飛び交う中、宙に浮くフライアがこっそりと準備をはじめる。
「おう! 来ねえってんならこっちから……!」
再度バラックが挑発をしたときだった。
「んむうっ!」
ライアスは腰を落とし、重心低くバラックの懐へと飛び込んだ。右フックを見舞うべく腕を構える。格闘術は専門外のため動きは素人そのものだが、想定外の攻撃に不意をつかれたバラックは、咄嗟のサイドステップで攻撃を躱した。
「うごぉあっ!」
刹那、バラックが奇声を上げる。つるりと足が滑り、盛大に横転しそうなところをどうにか耐えた。
だが、バラックが膝を折ったその瞬間をライアスは見逃さなかった。
「っ! せいっ!」
振るった右腕を引き戻し、勢いそのままバラックの顔面へと裏拳を叩き込む。
その攻撃を見事に食ったバラックがさらに体勢を崩し、無様に尻もちをつく。
予想外の展開に群衆からわっと声が上がった。
「……っ! てめえ! 何しやがった!」
憎々しげに吐き捨て、バラックはすぐさま立ち上がった。
だがライアスは独自の構えで緩く拳を握り、ゆっくりと間合いを詰めていく。
「っ⁉」
その時バラックが慌てたように足元を見やった。ライアスの動きを見て再びステップを踏みはじめたものの、妙に足が滑るのだ。その間にもライアスは間合いを詰め、フェイントでバラックを揺さぶりはじめる。
「そんな動きでごまかせると思うか!」
バラックは滑る足をグッと踏み出し、ライアスの懐へと潜り込む。脇を締め、ライアスの胴から体勢を崩し、その顎に一撃を……放った瞬間、バラックの拳は氷塊に覆われた。
「んがあっ⁉」
「おぅらあ‼」
自身の懐で驚愕するバラックの顔面を、ライアスは全力でぶん殴った。
「ぐわあっ‼」
「「「え、えええっ⁉」」」
その展開に群衆たちは目を丸くし、理解が追いつかない。
なにしろ、攻撃を食らわせたはずのバラックが、何故か吹っ飛んでいるのだ!
(……びっくりして撃っちゃった)
にわかに静まり返った群衆の最中、フライアがぽつりと呟く。
見れば威勢よく声を荒げていたバラックも疑問の表情に変わっている。だがライアスは構わず、またゆっくりと間合いを詰めていく。
「エ、エレメントはご法度だろうがぁっ‼」
バラックは青筋を浮かべて叫び、改めてフェイントを用いてライアスの隙を窺いはじめた。本気になったバラックは動きに鋭さが増し、ライアスはそのフェイントについていけない。
やがてバラックがライアスの背後を取りかける。
「ぐあっ!」
またも地面に仕掛けられた氷に足を滑らせた。だが今度は立て直し早く、ギラリとライアスを睨みつける。遅れて振り返ったライアスと視線がぶつかった。
「くらえっっ‼」
バラックが右ストレートを放ち、それをライアスが両腕でブロックする。
相手が一瞬滑ったおかげで防御が間に合った。バラックの攻撃を辛うじて受け流したライアスは、上体と左腕をバラックの懐へと潜り込ませた。
「「「うわあっ‼」」」
群衆から驚きの声が上がる。ライアスが装着しているセスタスの鉤爪がバラックの装束にかかり、その左腕を突き上げるとバラックの身体がふわりと半円を描いた。
──ラム・ガルムの護身術・刀剣返しの応用技だ。
「ぐぁあっ‼」
背中から地面に叩きつけられたバラックが呻き声を響かせた。ライアスはすぐさま飛び寄り追撃の態勢だ。
「待てっ‼ 待てぃっ!」
だが、ここで痺れを切らしたケゼックが声を張り上げた。
「小僧! 言ったろうが! エレメントを使うんじゃねえ‼」
ライアスは動きを止め、ケゼックを睨み返した。しばし無言で睨み据えた後、おもむろに腕を振り下ろす。
「……おらよっ!」
「ぐおあっ!」
掛け声と共にドォン、と地面を震わすような音が響く。ケゼックの隣にいた用心棒に雷が落ちたのだ。
用心棒が呻いて白目を剥く。傍らのケゼックも身を竦ませ、「ひえっ‼」と高い悲鳴を上げた。
(はずした……)
不満そうに呟くライアスに、フライアはえっと目を丸くする。
(いいんでしょ⁉ これで……!)
ハッタリでいいはずなのに兄は本気でケゼックを狙っていたようだ。
仕切り役の商人にまで手を出すライアスに周囲の野次馬たちも悲鳴を上げはじめた。それにも構わずライアスは声を張り上げる。
「俺が持ってるエレメントは雷だ。氷じゃねえ!」
「な、な……?」
だがケゼックは理解不能、という顔で狼狽えるだけだ。
ストリートファイトに用いられたエレメントは氷だから自分じゃない、と伝えているのだが、商人には個人が宿すエレメントの種類や数など分からないのかもしれない。
そんなことを考えるライアスの背後に殺気が迫っていた。
「……っ! この野郎がっ!」
迫り寄るバラックが、こめかみに血管を浮き立たせている。ケゼックに向き合うライアスの後頭部を睨みつけ、荒々しく両腕を振りかぶった。
その眼前にはライアスの頭上に浮くフライアの姿がある。フライアからすれば、まさにバラックと触れ合うような距離だ。
(……っ‼)
刹那、パリンと破砕音が響いて氷が弾ける。氷塊を打ったバラックの拳が制止していた。
一歩遅れて気付いたライアスは咄嗟に身を翻し、同時に右腕を振りかぶる。
「うぉうらっ!」
バラックの顔面から血しぶきが上がった。ライアスの腕輪に仕込まれた隠し刃がバラックの頬を切り付けたのだ。
「「「きゃあああーーー‼」」」
素手同士なら鼻血ぐらいの程度しかないはずの出血。
絶叫のような悲鳴が群衆から上がる。バラックが鮮血を迸らせながら後ろに倒れ込んだ。
図らずももろに刃を食らったバラックは、倒れたまま気絶し、ぴくぴくと不自然に身体を震わせている。
これはもうただ事ではないと、群衆は輪を崩して逃げはじめた。




