132 ただ、調査したいだけだって!
ザウラク方面と記された標識を辿り、ナシラ北のマーケットへと入った兄妹は、しげしげとその様子を観察した。
ここもやはり大勢の人だかりができている。各露店もかなり盛況のようだ。
東のマーケットと異なるのはザウラクから訪れた闘士らしい客が多いこと、また治療薬やポーション、クエスタミンといった回復アイテムを扱う店が多いことだ。十数本の瓶が入った木箱のまま売る店もあって、露店の裏側を覗けば、大量の木箱にそれを管理する商人の姿もあった。
「そっか。闘技場って武器は指定品だったもんな。だから闘技をサポートする消耗品の方が買いに来る人が多いわけだ。いろんな闘技施設が買いに来るから、箱でも平気で売れてくってことか」
そうライアスが推測している間にも、目の前の店で箱詰めされたポーションがふた箱売れた。兄妹と同年代であろう青年二人が手慣れた様子で木箱を荷車へと積んでいく。
「ウェイさんも、ここに?」
ふとザウラクに思いを馳せ、フライアが呟く。ライアスが小首を傾げた。
「どうだろうな。あの道場からだとここまではかなり距離あるし、マーシュさんのとこで済んでたってのもあるよな」
それにしても東と北でマーケットの品揃えに傾向があるのは面白い。怪しい噂ばかりが耳に入るナシラだが、マーケット近隣の需要に合わせて供給を整備するあたり、貿易の都ならではの目配りなのだろうと感心してしまう。
そんなことを考えつつ品物を見ているうち、通りの先の方でわっと歓声が上がった。
「……? 何の騒ぎ?」
フライアが目を向ける。すると露店に集う人々とは趣きの異なる人だかりが見えた。
なんだろうと兄妹が近付いてみると、野次馬のような人だかりの内側から賭博を誘うような声が聞こえてきた。
身長が足りず群衆の頭越しには見えないが、人と人の隙間を覗くと素手で対峙する二人の男が垣間見える。
野次馬の輪の中で戦いが行われているようだ。
「なんだ? ……ストリートファイトってやつか?」
ライアスが呟く。シェラタンでは滅多に見ないがその言葉は知っていた。
頭と頭の隙間から輪の中を見ると男の一方が冒険者、もう一方は商会の用心棒のようだ。
「あの冒険者、見た感じ素手専門じゃねえよな。絡まれたのかな」
「大丈夫? 顔にあざが」
兄妹は心配そうに呟く。冒険者の男はどう見ても格闘家ではないが、どういうわけか素手で戦っている。
「頑張れー! ザウラクの意地見せろー‼」
群衆が野次を飛ばす。
闘技場では顔面への意図的な攻撃が禁じ手だったが、このファイトでは合法らしい。ザウラクの冒険者らしい男は鎧を身に纏っているが、頭部は傷だらけで目元の青あざがひどく痛々しい。
一方の用心棒らしき男は多少息が上がっているだけでまだ余裕がありそうだ。軽快なフットワークで相手を煽っている。
野次馬の歓声と戦いの実況が響く中、群衆に囲まれた二人の男が拳を構えて対峙し、睨み合う──。
「きゃああーー!」
不意に群衆が歓呼の叫びを轟かせた。
ある者は両手を高々と上げ、ある者は握りこぶしを突き上げる。盛り上がる人々でごった返し、兄妹には何が起きたか分からない。少しして群衆の様子を見る限り、用心棒の攻撃がクリーンヒットしたようだった。
歓声が湧き上がる中、兄妹は顔を見合わせる。
「……行こう。俺たちの調べるところじゃない」
「うん……」
頷き合い、そっと踵を返す。
だが途端にフライアがギョッと身体を仰け反らせた。
「ひっ……!」
「んあ?」
兄妹揃って顔を上げる。まるで待ち構えていたかのように、二人の大男が振り返った兄妹を見下ろしていたのだ。
男の一人がニヤリと笑い、口を開く。
「おう、お前がいい! 冒険者として、バラックの相手をしろ!」
「な、な、なんだよ? 急に……のわっ⁉」
狼狽えるライアスなどお構いなしに、二人の大男がその両脇を抱える。どうにか振り解こうと足掻くも敵わず、ライアスはずるずると引きずられていく。
問答無用に連れていかれる兄を前に、フライアは唖然と手を伸ばした。
「あっ、あっ、あ!」
「フライア! ちょ……!」
同じく妹に手を伸ばすライアスを見やり、大男がおっと、と声を上げる。
「ストリートファイトじゃ得物はご法度だ。この剣は預かるぜ!」
そう言ってライアスの腰から剣を取り上げた。
そしてそのまま群衆の輪の中へ──。
ライアスが引きずられ向かう先では、商人らしい小男が先程の戦いを実況している。
「またしてもバラックの勝利! 冒険者を相手に無傷の四人抜き!」
バラックとは冒険者と戦っていた用心棒のことらしい。冒険者の敗北を告げる商人がストリートファイトを取り仕切っているようだった。
「これがケゼック商会最強の刺客! まだかまだかと、賭けを変えちまったりはしてねえかっ! してねえよなあ! さあ! 次の挑戦者はいねえかっ!」
「ここにいるぜえ!」
商人が高らかに叫び、するとライアスを抱える大男が声を張り上げた。
突き飛ばされ、ライアスは訳も分からず群衆の輪の中心へと放り込まれる。
よろめくライアスを見て群衆からドッと笑いが起こった。中には身体の小さなライアスの風貌に失笑を漏らす者もいる。
それに呼応するように、商人が嫌味たっぷりのアナウンスを口にした。
「あ~あ~、こいつじゃ賭博にならねえなぁ! 誰か、小僧に賭ける勇者はいるか⁉ オッズは二十倍まで上げるぞ!」
(……オ。オッズって、なんだ?)
オッズが二十倍という呼びかけに群衆がどよめき、また笑いが起こる。兄妹は状況を把握できずにいるが、周囲の様子から散々馬鹿にされていることだけは分かる。
ライアスを引きずった大男の一人が商人の前に出て報告をする。
「ケゼック様、得物は取りやした!」
ケゼックと呼ばれた商人は方眉を上げ、嘲るようにライアスを指差す。
「小僧! 剣がねえからってエレメント使うなんてチンケな真似するんじゃねえぞ!」
ちゃんと素手で戦えよ、とばかりに自らの前腕をぺしぺしと叩いてみせる。そんなケゼックをきょとんと見つめるライアスに、群衆から再び笑いが湧き上がった。
「はっはー! いいぞ! こいつ、バラックを前になんにもわかってねえぞ!」
「おう! この際勝っちまえ! 金は出さねえが応援するぞ!」
笑い声と共に野次も飛び交う。その最中にありながらライアスはバラックへと身体を向ける。バラックはいかにも余裕そうに軽いフットワークを刻んでいた。
ふと、ライアスの頭上に浮かぶフライアがぷんっ、とした様子で口を開く。
(……使っちゃうもんね!)
(ああ、お前には警告は出てない)
──大男に引きずられ手を伸ばし合ったとき、どうにかフライアを身体に潜ませることができた。
ライアスに意識を向けていた大男も、ストリートファイトに夢中だった群衆も気付いていない。剣は取り上げられてしまったが、兄妹が一緒ならやれることはある。
ライアスが拳を構え、その頭上でフライアも杖を構えた。同時に商人ケゼックが高々と手を掲げ、戦いの合図をする。
「よーし! 始め‼」




