129 任務から一夜明けて
「おい、いつまで寝てるんだ? とっくにブランドール副隊長は出かけちまったぞ!」
野太い声が響き、フライアがうつらうつらとしながらまぶたを開く。
「……ん?」
目をこすりながら上半身を起こし、カーテン越しに誰かがいることに気が付いた。
朝のようだが、天幕内は明かりが灯っておらず暗いままだ。手持ちの懐中時計を確認すると既に朝の九時をまわっていた。
「ぐうぅぅ……」
隣の布団を見ればライアスは未だいびきをかいている。フライアは起きる気配がまったくない兄の額をパンッとはたいた。
「あいてっ! ……いってぇ……!」
泡を食って額を抑える兄に声をかける。
「……もう九時過ぎ」
「お、おう……」
ライアスは目をしばたたかせ、むくりと起き上がる。
出先でも寝坊癖がある自分たちに呆れながら、兄妹は外へ出る支度をはじめた。
「え? ブランドールがもういない?」
兄妹が身なりを整えカーテンを開けると、王都兵は改めてブランドールの不在を告げた。
「もう一時間以上前の話だ。副隊長も話は聞きたかったようだが、ヴォイドゲートの状況をナシラの都長に報告する予定があってな。報告会があることは伝えてなかったし、全然お前たちも起きてこなさそうだからって黙って行ってしまった」
そこまでを話すと王都兵がくるりと背を向けた。
「副隊長は午後に戻ってくるぞ」
やれやれと肩をすくめて椅子へと戻っていく。丁寧に教えてくれはしたが、寝坊した兄妹に呆れているようだ。
兄妹は気まずそうに顔を見合わせると、一礼だけしてテントを離れた。
街に出ると、まだ朝食をとれそうな露店がいくつかあった。よく見ると「ご当地グルメ」などと称した店もあり、ナシラが飲食にも力を入れていることに気付く。そのうちの一軒の屋台が掲げる巨大な看板に、兄妹の目は釘付けになった。
「お肉の選択、《ナシラモール、サダルラプター、ナシールライノ、おまかせ》からひとつ……?」
「ケイプト……ってのは近くの島なのか? そこの果実使ったジュースが……これ何種類あるんだ?」
記されたメニューを見ているうち腹の虫が鳴った。兄妹は頷き合って屋台に入り、飲み物と合わせて二人分の食事を適当に注文する。
しばらくして料理が提供された。香ばしく焼かれた薄皮のパンに、たっぷりの肉と野菜が挟まれている。そのパンも大きくボリュームがあって、さらにはおまけのポテトまで盛られている。
兄妹は空いているテーブルを適当に見繕って椅子に座ると、早速料理を口に運んだ。
「うん、うん……こいつはなかなか……」
「おいしい!」
思えば昨晩からまともな食事をしていない。決して食は太くない兄妹だが、この時ばかりは無心にかぶりついた。
しばらくして──。
「よう! 昨日は無事生きて帰れたみたいだな」
「……む?」
不意に傍らで声がして兄妹が顔を向ける。
他の客に向けたものかと思えば、冒険者らしい男がにっこりと自分たちを見下ろしている。どこかで見覚えのある男だった。
ライアスは目いっぱい頬張った口を押さえ、モガモガと咀嚼しながら男を見上げる。
「……な、なんだ?」
誰だか思い出せずに呟くと、冒険者はムッとして腕を組んだ。
「なんだ、じゃないだろ? 昨日のことで心配してやったのにさ」
フライアがハッとする。
「あ……あ、昨日の!」
その男は昨日、ペンデンクスの商人とそのミッション内容について教えてくれた冒険者だった。
「飯の最中で悪かったな。俺はアストン」
思い出したものの名前を知らないため応えられずにいると、名乗ってきてくれた。
「昨日引き取った商人の話もしたいと思って声をかけたんだ。せっかく調査しに行ったわけだし、お互い情報共有しようと思ってな」
「お、おう……」
アストンと名乗った冒険者は改めて言ったが、ライアスはまだすぐに反応できずにいる。
昨日のこと、と言われてもすぐには出てこなかった。食事に夢中だったせいかいつも以上に記憶の戻りが遅い。
ライアスはパンを手にしたまま宙を見上げ、ちょっと待ってくれ、としばしの猶予を求めた。




