128 宴の終わりは警備の終わり
真夜中の空に月が煌々と照っている。
睡魔との戦いに悪戦苦闘しながら、兄妹はどうにか巡回してくる警備員の見張りを凌いだ。
間もなく日を跨ごうという時間だろうか、気付けば屋敷内から微かに響いていた賑わいも止んでいる。
静寂の中、辛抱強く持ち場に留まる兄妹のもとに足音が近付いた。用心棒が一時間毎に巡回に来ていたが、先程までより大分遅れていた。
夜の闇からぬっと現れた用心棒は、おもむろにこう告げた。
「警備は終わりだ。報酬を渡す。最初に集まった裏口へ来い」
「ああ……」
その一言で去っていったのを見て、ライアスがためらうことなくため息を吐く。
「よかった……。夜通しじゃなくて済んだ……」
(ふあ~ぁ)
その頭上でフライアが大きな欠伸をした。
重い足を引きずるように集合場所の裏口へと戻ると、既に他の者も集まっていた。敷地の内や外など警備の持ち場を問わず、全員がヘトヘトであるのが一目で分かった。
やや遅れて用心棒が現れると、声もかけることなく一人ひとりに淡々と麻袋を配っていく。最後に受け取ったライアスは小首を傾げ、麻袋を持ち上げた。……やけに軽い。
やがて何人かの冒険者がざわざわと騒ぎはじめた。
「おい……警備の上にあんなかったるい雑用ばかりさせやがって、それでこれだけかよ!」
「話が違うぞ!」
便乗して次々声が上がるも、用心棒は微動だにしない。盗賊も現れず警備の負担が少ない分報酬も差し引いた、と我関せずの顔で言う。
それでも引き下がらずにいる冒険者を、屋敷内からぞろぞろ現れた用心棒たちが取り囲んだ。包囲された冒険者たちは不意を突かれておろおろと慌てふためいた。
その様子を眺めていた兄妹だが、やがて静かにその場を離れる。
「……ブランドールのとこに帰ろう」
(加わらなくて、よかった……)
ペンデンクス商会から駐屯地まではそれなりに距離がある。兄妹は深夜のナシラを南へと進んでいく。
大勢の客がひしめくマーケットもこの時間はさすがに閑散としていて、露店も片付けられていた。だが闇に蠢く盗賊らの気配はなく、大通りに出れば荷を運搬する運び屋や商人の姿もあった。
兄妹が駐屯地に着いた頃には既に日付が変わり一時間以上が過ぎていた。中心部のテントにたどり着き、入り口の幕を押しわけ中へと入る。するとその場に控えていたブランドールが顔を上げた。
「……おう、戻ってきたか」
軽く酒を飲みながら書類に目を通しているようだ。
「心配はしていたが、戻れて何よりだ。簡素だがそっちの寝床を使っていい。話は夜明けに聞くぞ」
そう言ってブランドールは天幕内の隅を指差した。
「ああ。そうさせてもらうよ」
ライアスが応じ、勧められた場所へと向かう。仕切りのカーテンを開くと、底上げされた床にふた組の布団が敷かれていた。
すぐさま鎧を外し、楽な格好になって腰を落とす。ひと息ついたところで報酬として受け取った麻袋を取り出した。おもむろに逆さにするとジャラジャラと小銭が落ちてくる。
……全部で二百十六マーシャル。シェラタンの自警団並みの安さである。
「……これが商人の都なの?」
「扱いがわかってたってか? 俺たちがシェラタン出身だって」
ライアスの口から皮肉が零れる。もし本当にそうなら商人らが人の目利きに秀でていることは間違いなさそうだ……。
ただ、報酬より得るものはあった。外に聞こえないように小声で囁く。
「あの盗賊の……? シャルル、だっけ? あいつに会えたのは貴重だったな」
フライアも頷く。
「細かいこと、知ってそうだったけど?」
「盗賊、いや義賊って言ったか? そこが気になるけどな」
でも、とフライアは首をかたむける。
「……報告、どうするの?」
情報の収集先が盗賊というのでは信憑性に欠ける。そもそも盗賊と交流したという事実自体、伏せておきたいことでもある。
「……寝よ。それからだ」
ライアスは今は頭が働かない、とばかりに腰の布団を引っ張り上げた。布団を身体に包み、そのまま目を閉じる。
迷ったときはとりあえず寝る。それはよくある兄の常套手段だ。
フライアは納得するように後に続いた。




