127 《義賊》を名乗る男
警備の持ち場に戻り、兄妹は改めて捕らえた男を確認する。
よく見ると自分たちとそう変わらない年齢の青年だった。
ライアスと似たような体格をしているが、身軽な軽装に短髪の風貌はいかにも機敏な盗賊を思わせる。
ロープなど男を取り押さえるための道具が無いため、代わりに雷魔法の麻痺効果を利用することにした。ライアスが詠唱し、弱い電撃を定期的に男の身体へと食らわせる。
「く、く、くそ……」
身体を痙攣させる男を見て、フライアが眉尻を下げて呟く。
(拷問みたい……)
男がようやく抵抗を諦め、ライアスが話を切り出す。
「さーて、話をするか。お前、ここで何してたんだ?」
「た、頼む。見逃してくれ……」
男の言葉にライアスは「ん?」と首をひねる。盗賊らしく罵詈雑言でも浴びせてくるかと思いきや、早々と降伏宣言してきた。
男はさらに懇願するように言葉を続ける。
「俺は……おめえに殺意はない! おめえ、はした金でここの奴に雇われただけだろ? 俺は無駄な殺生はしない! ここの大商人にしか興味はねえんだ……!」
その内容に兄妹は「おや?」と揃って興味をひかれる。
「そりゃどういうことだ? 俺に殺意はなかったって、どう証明するつもりだ?」
男は麻痺した身体を懸命に動かし、腰を指差す。
「そ、そりゃ! 俺の腰にはナイフがあるだろ? さっき首を絞めた時、ほんとに殺意があったら殺ってたさ……!」
ライアスがその腰回しを調べると、言う通り一振りの小さなナイフがあった。確かに先程の状況なら両手で首を絞める代わりにナイフで掻っ切ることもできたはずだ。
(た、たしかに……)
「……お前、何者だ?」
フライアが納得し、ライアスが詳細を聞こうと尋ねると、男は微かに口角を上げる。
「俺は、シャルル。義賊だ。あくどい商売を続ける商人だけを相手に活動してる、義賊だ!」
シャルルと名乗った男は義賊、という言葉を強調するように言った。
「……盗賊とどう違うんだ?」
首を傾げるライアスに、青年シャルルは目を剥いて反駁する。
「大違いだっ! 俺は貧しい奴から剥ぎ取るようなことはしない! 金も、捻じれた信頼もかっぱらって、裏ではコソついて、のうのうと懐を肥やす奴だけを相手に戦ってるんだ! おめえも、ここにいたらわかるだろ! 正義もなけりゃ人情もねえ……。金と名誉だけで突き動くこの都のおかしさをよおぉっ‼」
随分元気になってきたな、と話の途中でライアスが電撃を食らわせ、語尾に悲鳴が重なった。思ったより騒がしくなってしまい、おっと、とライアスは電撃の威力を調整する。
それから兄妹はううん、と腕組みをする。シャルルの言い分をどう受け止めればいいか分からない。商人の狡猾さを知っているだけに尚更だ。
「俺は……! たとえ盗人扱いされても、商人たちが裏でやってる企みを暴きたいんだ! 頼むっ、信じてくれ!」
その言葉にライアスが「おっ……!」と反応する。何か情報を得られそうだ。
「お前、何か商人のこと知ってるのか? 裏でやってる企みって、例えば……、冒険者がいなくなる事件とか?」
相手は盗賊……っぽい奴ではあるが、自分たちと同じような目的がある口ぶりだった。
シャルルが痺れた身体をぎこちなく動かし、うんうんと頷く。
「ああ! それもまったく知らないわけじゃねえ。企みはそれ以外にもあるってことだ。俺の読みは、このペンデンクス商会。ナシラと通行止めになっても、ここの奴らは陰で誰かと取引をしてる! ただ……それ以上は……!」
ライアスがずいと顔を寄せる。事件にまつわる情報に兄妹も熱が入りはじめた。
「それ以上は……! なんだ?」
「ま、ま、まだわからねえ! 今日もそのシッポを掴みに来た! お前、冒険者だろ? その問題、解決してえんだろ? だから……!」
──その時だった。
「おいっ! そこ! 何をやってるんだ!」
通りの先から不意に怒号がして、兄妹とシャルルは跳びあがるように驚く。用心棒が巡回に来たようだった。
「やべっ……!」
ライアスは咄嗟に思考を巡らせる。用心棒に見つかればシャルルは問答無用に捕らえられてしまうだろう。それが正しいのか、兄妹はまだ判断できずにいる。
だが用心棒はなかなか姿を見せず、ガミガミ言う怒鳴り声ばかりが聞こえてきた。
「貴様、見張りもせずに寝ていたか! ネズミ一匹見逃すなと言ったものをっ……!」
しゃがれた声が遠く響き渡っている。どうも武器も持たず見張りをしていた別の見張り員に対する言葉のようだ。先程の怒号も兄妹に向けられたものではなかったらしい。
わずかな猶予は得られたものの、迷っている時間は残されていない。
(用心棒が来ちゃう……)
「た、頼む! 見逃してくれ!」
シャルルが霞ませながら必死に声を上げる。
兄妹は迷った。自分たちが受けたミッションは盗賊を捕らえろ、というものだ。その役割を全うするならシャルルは用心棒に引き渡すべきだ。
だがナシラに来て以来、目の前にいる自称《義賊》シャルルの話ほど、手応えのありそうな情報はなかった。
(……まだこいつ麻痺しちまってる。フライア)
(うん)
フライアが頷き、シャルルの身体に淡い光が灯りはじめる。
「うおっ⁉ おめえ、光のエレメ……?」
その光景に目を瞠るシャルルに、フライアが回復を施した。
──野盗にはシェラタンで散々な目に遭わされた。義賊だか知らないが、目の前の男も同類には違いない。
だが……今回ばかりはこの盗賊を信じてみよう、兄妹はそう思った。
「いいからさっさと行け。今日はもう来るな」
ライアスは無表情に告げ、盗賊に向かって顎をしゃくる。
シャルルは反動をつけ跳びあがるように立ち上がると、身体を雑木林へと向けて振り向く。
「ありがとよ。この縁、絶対に後悔させねえぜ!」
そう言い残し、シャルルは俊敏な動きで瞬く間に雑木林の中へと消えていった。
その身のこなしに兄妹は驚いた。深い茂みに飛び入ったにも関わらず草を踏む音すらせず、気配そのものがあっという間に消えた。
(え……? なんで?)
「あれが盗賊の技ってか? あの気配の消し方はすげえな」
兄妹は感心で唸る。義賊と言葉を違えただけで彼も盗賊には変わりないが、ただただ野蛮なだけのシェラタンの野盗とはまったく違うようだ。
そんなことを考えているうちに通りの先の怒鳴り声が聞こえなくなった。
(……ほら、警備員)
(おっと……)
ライアスは平静を装って見張りのポーズをとる。ひたひたと足音が迫り、やがて夜の闇から用心棒が姿を現した。
「……こっちは? 異常なしか」
他の要員を手酷く叱ったせいか若干息を荒げている。
「ああ。なんともない」
「……そうか」
会話はそれだけで、用心棒は目を凝らすように暗い雑木林を一度だけ確認すると、何事もなく去っていった。
向かった先があの老人の方面であることに気付き、フライアが心配を口にする。
(おじいさん、大丈夫なの?)
(わからん……)
気にはなりつつも、また確認に行こうとまでは思わない。興味本位に耳を澄ませてみるも、今度は用心棒の怒鳴り声がひとつも聞こえない。
……あの老人は警備員としてカウントされていないのだろうか。
そうしてまた静寂なだけの時間が訪れた。夜の闇に立ちながら、兄妹は義賊と名乗った青年の言葉を忘れないようにと復唱し、フライアの手帳に書き込んだ。




