126 屋敷裏の暗中模索
いつしか日はすっかり落ちて、夕食時。
外壁越し、屋敷の中から賑やかな声が薄っすらと聞こえてくる。当然兄妹には夕食などあるはずもなく、鞄に忍ばせていた干し肉をかじって飢えを凌いだ。
日が落ちてしまうと正面側はともかく、雑木林に隣接した裏の通りは街灯も少なくやけに暗い。裏の門は閉ざされているが、盗賊が忍び込むとしたらこの通りからだろう。
「おかしいよなあ? 入ってくれと言わんばかりの布陣じゃねえか。それともあれか? 侵入されてもたいしたことない宴なのか?」
ライアスは不満げに呟く。なにせ人通りがなく、盗賊もなにも人っ子一人通りそうにない。少し前に一度だけ巡回の用心棒がやって来ただけだ。辺りはほぼ真っ暗闇で、眼前の雑木林はひときわ闇が深い。
考えれば考えるほど不安な状況だが、散々商人らの口車に翻弄されてきた兄妹は二人でいられる時間がむしろ気楽にすら感じてくる。
(ふあぁ~ぁ……)
思わずフライアの欠伸が脳裏から聞こえ、ライアスがふうとため息を吐く。
「欠伸するの早えよ。まだ下手すりゃ夜通しここにいるんだぞ。眠気覚ましになってくれよ」
……それにしても、まったくと言っていいほど自分たち以外に気配がない。他の者たちは本当に警備しているのだろうか。
不安に駆られたライアスは、念のため確認しようと外壁沿いを歩きはじめた。
裏口近くに、外壁が窪んだ形状のため通りから死角になっている場所がある。ひょいとその場所を覗いてみると、老人が外壁に背を預けて座り込んでいた。顔を俯けたままピクリとも動かない。
おそるおそるライアスが歩み寄ると、老人はすうっと顔を上げ、薄っすらと笑みを浮かべた。……もはやホラーだ。
「おう……どうした?」
(おじいさん、怖いよ……)
老人はにんまりした顔のままボソリと呟いた。
これでははっきり言って警備員ではなく不審者だ。
「……どうしたじゃねえよ。同じ警備だろ。なに座り込んでんだ?」
「はて……? 警備? ……わしは、そんなことやっとったか?」
老人はひどくのんびりした口調で、そんなことを言った。
「……は?」
ライアスは訝って首を傾げる。……この老人はボケているのだろうか? それとも聞き違えたのだろうか?
あまりにお門違いな回答に言葉を出せずにいると、老人がおもむろに口を開いた。
「わしは、隠居じゃよ。毎日ここにやってきてな。それでここに夕方並ぶとな。夜遅くになってそこの主が銭を落としてくれるんじゃよ」
「は? ……はい?」
ますますもって困惑するライアスをよそに、老人は言葉を続ける。
「わしも貧乏じゃ。妻にも先逝かれ、あるのは命だけじゃ。そんな中こうしてわずかでも生きながらえるようこの領主はわしに恵んでくださる。ありがたや、ありがたや……」
……この老人はいったい何を言っているのだろう? ついには両手を合わせて拝みはじめた。
困惑極まった兄妹は返す言葉も見つからない。
(こ、この人、もう……)
「わ、わかった。わかった! 邪魔して悪かった!」
これ以上この老人に関わるのは危険だ。悟りを得た兄妹は、そそくさと通りの方へと戻っていく。
「こ、来ないよな?」
ライアスは怯えるように何度も後ろを振り返る。
(だめ、だめ。も、もう関わったら……あ、ああぁ~~~……)
フライアは首を横に振り、嘆くような声を上げた。
……どうして今日はこうも人間の負の側面に触れてしまうのか。フライアは半泣きになりながらそんなことを思う。
老人がついてこないかをビクビク確認しながら外壁沿いを進み、今度はぐるりと逆側まで回り込む。
するとこちら側の窪みにも人が座り込んでいた。今度は老人ではなく青年だ。例にもれず武器も何も手にしていない。
またか、とライアスはため息交じりに声をかける。
「おい、お前。警備だろ? なんで座り込んでるんだ?」
すると青年はのそっと顔を上げ、すぐにまた俯けた。無視を決め込んでいるようだ。もう一度声をかけようか迷ったが、徒労に終わる気がしてやめた。
……結局、自分たちの味方は誰もいないようだ。
ライアスはもとの定位置に戻り、外壁に背をもたれてため息を吐いた。背中越しに響く微かな宴の音色を聴きながら、深い闇に覆われた雑木林を眺める。
思い起こせば今ここでこうしているのは冒険者失踪にまつわる情報を調査するためだ。
「……調査って言っても、このままじゃなんにも得られねえぞ」
(せめて灯り、あれば……)
夜が更けるにつれ闇はますます濃さを増し、自身の足元すら視界が覚束ない。マッチなどの火具、または火のエレメントでも扱えれば枝木を使って松明くらいは用意できそうだが、今の兄妹にはその手立てがない。
「枝木に雷でも落としてみるか? 外れて木に落ちたらもっと明るくなるだろうけど」
(冗談でしょ?)
なにせ冗談でも言っていないと間が持たない。
「じゃあ、光は? 一瞬でも光らせられない?」
(え?)
明かりとして光のエレメントを用いる。冗談話から唐突に真面目な質問をされ、フライアが考え込んだ。
光のエレメントならフライアが持っている。これだけ真っ暗闇なら魔法で発光して一瞬でも視界は良くなるかもしれない。
だが、そもそも光魔法は他のエレメントと違って敵など、あまり遠くに向けて放つようなものではない。
「けどさ、アヴァランにしてもイリューアにしても、……闘技場のあいつにしても何かしら光のエレメントでやってたよな? どんなかたちでもいいからさ。光らせられないか?」
ライアスはかつて目にした光魔法を思い起こしながら、妹にリクエストをする。
(ええと……)
フライアは頭の中を思い巡らせながら、光のエレメントとの交信を試み続ける。
(う~ん……)
魔法を唱える余裕は十分に残っている。だが何度か光を拡散させようとするも、なかなか氷のエレメントようには撃ち出すことができない。
(ん~……! ……たっ‼)
「おっ?」
名前も付けられない、念じただけの光がほんの一瞬だけ撃ち出された。
真っ暗闇なライアスの視界が、瞬間的に白に取って代わる。シェラタンでベベルに教えられて一度しか見たことがない大きな箱、確かカメラ、という機器だったか。それが放つ光とよく似ていた。
闇に慣れた目が光を浴び、ライアスの目はしばらくの間チカチカしていた。
(何か見えた?)
妹に問われ、目をこすりながらライアスが答える。
「んー、一瞬だけど木の影とかは見えたな。白い背景に木の形が映ったっていう、そんな感じか?」
発光する瞬間を意識できれば、もっとしっかり確認できるかもしれない。
「……よし、もう一回」
もう一度やってみようと今度はライアスが睨みつけるように目を細め、フライアは慣れない魔法に集中する。
(む~……)
二人で呼吸を合わせ、目の前の雑木林に集中する。
(……たっ‼)
……ガサッ‼
先程よりやや強めに光を放った瞬間、雑木林の中で奇妙な物音がした。自然音ではない、何やら動物的な音。
(えっ……?)
まさか、とフライアが身構える。
「……今、誰かいたか?」
兄妹はごくりと唾を飲み、耳を澄ます。
動物やモンスターであれば逃げるなり抵抗するなりして、草陰から飛び出してきそうなものだ。だが、物音を立てたソレは気配を殺しているようだった。
「……構えとけ」
にわかに緊張が高まり、ライアスが妹に指示を飛ばす。忍び足で雑木林へと近寄り、雑草に足を踏み入れた。
何者かがこの間に逃げるとしても、草木に擦れるのは避けようがない。音を立てずに遠くには行けないはずだ。間近の木の陰にたどり着いたライアスは、身構えて辺りの気配に意識を集中させる。
(こっから……どうするか。軽く雷で牽制してみるか)
頭上のフライアが首を振る。
(音を立てたら逆に……)
(というか、相手は一人か?)
先に音を立てればこちらの位置がバレる。さらに相手が複数人いれば追い込まれるのはこっちだ。足を踏み入れたものの、この後の有効策が思い浮かばない。不安で身体が緊張しはじめてきた。
──その時。
(ほら……! おねんねしなっ!)
「ぬぬっ⁉」
注視していた逆側から声が聞こえ、ライアスの首が何者かの両手に絞められた。気配にまったく気付けなかった。
本能的に首の手を解こうと足掻くライアスだが、完全に決められてしまって両腕から逃れることができない。
「あ、あっ! あががががっ!」
(さあ! 寝ろっ! 俺の邪魔をするなっ!)
ライアスの背後で何者かがいきり立った瞬間──。
(……っ‼ でいっ‼)
その者の頭上に突如氷塊が現れ、脳天へと落下した。
「ぐわあっ‼」
ライアスを制して無防備だったその者は、氷塊を食らい為す術もなくその場に倒れ伏した。
首を絞めつけられたライアスはくらくらした眩暈を振り払って我に返り、倒れ込んだ相手に圧しかかる。闇の中に苦しげな男の姿が垣間見えた。
「てっめえ! 何しやがる! ここで何をやってる!」
「ぐっ! うっ! くっそお!」
馬乗りになったライアスが抵抗しようとする男の襟首を掴み、何者かを白状させるべく力を込める。
(まだ危ないって! ここから出て!)
だがフライアが兄に危険を呼びかける。雑木林の中は闇がさらに深く、状況を掴むことができない。もしこの男に仲間がいれば、あっという間に逆襲されてしまう。
その男を見れば、フライアの氷塊で脳震盪を起こしたらしく半ば朦朧としている。
落ち着きを取り戻したライアスは男の両足を掴み、雑木林から見張り場の方へと引きずり出した。




