124 お前、どこの商人だ?
兄妹は駐屯地を離れ、露店が並ぶ通りに出た。先を見れば、商人らしい人影がちらほらと見えている。
ここからは何が起こるか分からない。ライアスは念のためフライアを憑依させると、戦いに備えウェイ特製のセスタスも左腕に巻きつけた。
「さてな……。また頼れるのがお前だけになっちまったよ」
(いつものことだけど……)
戦いの前となればその兆候があるものだ。だが今回は戦いの気配を一切感じない。それが却って二人を不安にさせていた。
通りを進み指定の場所に到着すると、その不安は一層深まった。
「ここ……こんなに商人いたっけ?」
見渡す限り、通りには四人の姿があった。それぞれが距離を置いて陣取り、ある者は広告板を手に冒険者を募り、ある者はただ黙ったまま周囲を眺めている。異なる装束を身に纏っているが、全員商人であることには違いなさそうだった。
ただ、チラシにある商会が四人のうちどの商人に該当するかがまったく判別できない。
(ど、どれ……? どの人?)
(これ、一人ずつ話しかけていくか? それこそ相手の思うツボじゃ……?)
チラシがあるのに何故それと分かる目印を用意しないのか。どうしたものかと立ち尽くし、ライアスは一旦駐屯地に戻ろうかと迷った。
(せめて特徴を聞いてこねえと)
その頭上でフライアも頷き、浮遊する身体を反転させる。
その時だった。
(……っ! うしろっ!)
その声につられて「え?」とライアスが後ろを振り向く。
「おわっ!」
すぐ目の前に半白の髭を長々と生やした中年の男が突っ立っていた。
「おう、兄ちゃん。仕事を探してるのかい?」
陽気な口調で声がかけられる。服装からしてこの男も商人のようだ。
「んあ? それは……というより、人を探してるんだ」
うまい言葉が見つからず曖昧に返事をする。表向きは仕事を探しているのだが、本来の目的はまた別だ。
すると商人は何かを察知したかのように、ライアスの手に握られたチラシを見やった。
「その手にあるのは冒険者の呼び込みのチラシだろ? 見せてみ?」
「別に、関係ある話じゃ……あ、いや」
拒否しようとするも無理やり手を伸ばされ、ライアスは素早く飛び退った。
「待て、あんたどこの商会だ?」
すると商人は目尻にしわを作り、陽気に笑ってみせた。
「ほっほ。この都でも名の知れた商会ペンデンクスの使いさ」
「……ん?」
聞き覚えのある名称にライアスが首をひねり、ちょっと待て、と手元のチラシを確認する。その発行者は『ペンデンクス商会』となっている。
(こいつで、いいのか?)
(え、ええぇ……?)
ライアスが訝しむように呟き、頭上のフライアも疑惑の声を上げる。
……困った。チラシにある商会名以外に判断材料がない。だが、ブランドールに与えられた教訓を考えると簡単には信用できない。
逡巡しているライアスを見て、商人はにんまりと笑い口を開いた。
「話はわかっとるんだよ。その商人に会いたいんだろ? ワシについてくればいいことだ」
……ぜ、絶対に怪しい!
兄妹の脳裏に警鐘が鳴り響く。とはいえ、これをどう対処すればいいのか分からない。ライアスは思い悩むように目を細め、必死に考えを巡らせる。だが何を切り出そうにも考えがまとまらない。
「どうした? 時間が無駄だぞ? ワシの貴重な時間を奪うのかい?」
不意に商人が声を張り上げた。その言葉に棘を含ませている。
「ん~?」と顔を上げるライアスに、商人はずかずかと歩み寄って来た。
「どうしたっ? え⁉」
そう言ってずいと顔を突き出す。
「やりたいんだろ! お目当てが見つかったんだろっ! はっきりせんか‼」
張り上げる声はもはや怒声に近い。その様子にライアスは小さくため息を吐いた。
「……断る。その気が失せた」
「はっ⁉」
青筋を立てる商人にチラシを掲げてみせる。
「このチラシには『新米戦士も歓迎! 実力を配慮』なんて書いてあるぜ? こんな後ろから、初対面で怒鳴り出す人を相手にミッションを受けたくねえや」
とうとう思うままに、ライアスは無愛想に突き返した。
わかっていたことだが、商人の顔がみるみる赤く染まっていく。
「貴様っ! 何を言いやがる‼ ミッションを受けて報酬を受ける側の戦士がふんぞり返ってるんじゃねえ‼ 貴様は王都からだろ! こんな程度の低い者がやってくるというのか! 王都の戦士はこのナシラを馬鹿にする民族だというのか⁉」
「な、なに言ってんだ? 王都がどうのとか関係ないだろ?」
大げさな物言いに兄妹は目を白黒させる。
だが商人の剣幕は勢いを増す。
「シラを切るな! 我々はそういう目で見るのだ! お前一人の行いによって我々がお前たちをますますもって疑いの目で見るんだぞ! お前のせいで品格を落とすのだ! わかるか⁉」
(全然わからん!)
商人が怒り心頭ならフライアも怒り心頭だ。とんでもない難癖をつけられている。だがライアス含め、兄妹は怒りに頭を熱くするばかりで咄嗟の返し文句が出てこない。
だがその時、商人の背後から別の声が聞こえてきた。
「あーあー、また一人捕まっちまってるよ」
「そこのー! 金髪のひと~! その人からは逃げたほうがいいよー!」
「メベックの商人だ! 劣悪なミッションだって有名なところだぞー!」
見れば三人の男女が歩み寄ってきている。駐屯者からやってきた冒険者パーティのようだった。通りから少し外れた場所だったが、商人が怒鳴り散らしていたせいでかなり目立っていたようだ。
その冒険者たちの言葉にフライアがふと首を傾げる。
(メベックの商人……?)
振り向いた商人が目を剥き、口角泡を飛ばす。
「何を言う! 商売の邪魔をするんじゃないっ!」
だが冒険者たちの登場で冷静さを取り戻したライアスが、おもむろに口を挟んだ。
「いや、待て。聞き捨てならねえぞ。今メベックって言ってたよな? あんた、ほんとに『メンベックス』ってとこの商人か?」
商人がぐりん、と首を回してライアスを睨む。
「ぬうっ! まだ疑うか! そうだぞ! あんな外野の言葉を信じるのか!」
「……あれ?」
相変わらずの剣幕だが、ライアスはおや? と首をかたむける。
「なんだっ! まだ時間を取らせるのかっ!」
(俺……、たぶん間違えてたよな?)
(うん)
勿体ぶるようなライアスの態度に商人はますます怒りを露わにした。だがライアスは、その眼前に人差し指を突き付けて言う。
「俺、今なんて言ったっけ?」
「な? なっ! ペ、ペ、ペンデンクス……!」
フライアもまた冷静さを取り戻して商人を窺ったが、どうにも会話が成り立たない。
元より記憶の悪いライアスは「ペンデンクス商会」の名前もはっきりと覚えられていない。
そこに「メベック」という別の紹介が混じり、勢いのまま口に出してしまった。
――それを、この商人は訂正することもなかった。
その答えにライアスはずい、と顔を寄せる。
「人の話をちゃんと聞けよ。俺はさっき、『メンベックス』とかなんとか言ったよなあ?」
「っ!」
「お前、なんで俺の間違えに気づかなかった? 名のあるところなんだろ? 『メベック』とごっちゃになって商会の間違いに気づかなかったって?」
「な、な、なにを言いやがる!」
元はと言えば自分のミスだったが、それが幸いして動揺を誘った。やり取りが拮抗したところで、先程の冒険者たちが割り込んできた。
「おい、ニセ商人! ウソもいいところにしろ! 前は別の商会を名乗ってただろうが!」
「そうやって冒険者を騙すのやめてくださらない? こんなことやってるから事件ばっかり起こるの!」
ライアスも含めた冒険者勢にぐるりと囲まれ、傍若無人だった商人も身を縮めていく。この機を逃すまいとライアスはさらに言い立てた。
「おい、お前さっき王都の冒険者の品格がどうとか言ったよなあ! 今のが嘘だって? それで商人の品格がどうだって言うんだ? しかもさっきの、黙ってついてこいっていう話の先はなんだって? 言ってみ?」
ライアスが誘いを受けていた事実を知り、冒険者は語気鋭くさらに商人へと詰め寄る。
「なんだって⁉ ってことは、お前か! 失踪事件の黒幕か! 仲間がどこ行ったって⁉」
「ち、ち、ち、違う! 俺じゃない! 本当に俺じゃない!」
四人に取り囲まれた商人は汗をだらだら流し、その場に膝をつく。両手を上げて降伏の意思を示した。
だが失踪事件に関わっているとなれば到底見逃せる話ではない。いかにも威勢のよさそうな冒険者の一人が商人の襟首に掴みかかった。
「『違う』だあ? それなら関係者か! おめえの身分を洗いざらいにさせてもらうぜ! 来いっ!」
「ぐあああっ……! は、離してくれ! 違うって……!」
そのまま商人を引き起こしていく。
掴み上げられ悲鳴を上げる商人をよそに、女性冒険者がライアスに声をかける。
「悪いね! こっちも気が立ってるの! こいつ預かるの、勘弁してね!」
ライアスに向けて笑みを浮かべてきたが語気は強めだ。
「あ、ああ……。そりゃ、どうぞどうぞ……」
「た、助けてくれえっ!」
そう応じるも束の間、商人は引きずられるように連れてかれてしまった。
商人は冒険者の男女二人に連行されて見えなくなってしまった。
だがもう一人、眼鏡をかけた魔術師風の冒険者がその場に残っている。
その冒険者は商人の背中を見送りながら「くそっ、胸糞が悪いぜ」と吐き捨ててライアスと向き直った。
「でもありがとよ。これで連中のシッポが掴めりゃいいんだけどな」
「いや、こっちこそ助かった。割って入ってくれてありがとうな」
ライアスが頷いて応じた。
正直、本当に助かった。あのまま誰の助けもなければ引き際悪くもっと厄介になったかもしれない。
「それで、何かあいつと関係があるのか?」
ライアスが失踪事件との関連を尋ねると、冒険者は「あいつかどうかはわからないな」と前置いて、事情を話しはじめた。
「でも冒険者が消えるって話があるだろ? 王都も協力してくれないから、俺たちもグループになって調べてるんだ。でも予想じゃ、きっとあいつも下っ端。これまでもああして釣ってはみてるけどなかなかいい結果は出ないな」
そう言ってため息を吐く。
「お前も、商人を相手にするなら用心したほうがいい。報酬がいいところはもちろんあるがペテンも本当に多い」
言い置くように告げて、冒険者は「じゃあな」と片手を上げる。
「あ、ああ」
背を向けた冒険者を見送るライアスだが、憑依中のフライアがハッと声を上げた。
(さっきの! チラシのこと!)
ライアスもハッとして冒険者を引き留める。
「あっ、そっか! なあ! すまねえ! ちょっと教えてくれ!」
「どうした?」
振り向いた冒険者に、しわくちゃになったチラシを広げてみせる。
「これが胡散臭い募集だってのはわかる。けど、例の失踪にならないミッションだったら俺も商人の調査をしたいんだ。これを仕切る商人が誰か知らないか?」
すると冒険者は怪訝な顔をした。含みのある視線をライアスに投げかけるが、その表情が変わらないのを見て諦めたように口を開く。
「……ここの商会はまあ、年中宴会を開くようなところだ。実は俺たちもここに一回入ったことがあるが、警備員として夜通しかけて庭に立たされた。しかも何ひとつ問題が起こらなかったからって勝手に報酬が減額。一応、俺たちはそのまま難を逃れたが、二度と受けるか! とは思ったミッションだ」
冒険者は「やめておけ」と言いたげにそう説明した。
「夜通しか……」
ライアスが顎に手をやり呟く。やはりろくなミッションではなさそうだが、事前に経験者の話を聞けたのは幸運だ。
「その商人は……見えるか? あの腕組みして青いターバンを巻いている男だ。……言ってはおくが、俺は勧めないからな」
冒険者が示す先を物陰から見やる。すると通りの角にあたる場所に、言われた通り青いターバンの男が立っていた。それを確認したライアスは「ありがとうな」と礼を伝え、冒険者と別れた。
ひと悶着が終わり、兄妹は揃って大きなため息を漏らす。
「……会話とか、駆け引きとか……。大嫌いだ……」
(ほんと。……今の、よかったよね)
あまり態度で示すことはできなかったが、冒険者たちには心から感謝している。兄妹二人が揃っていれば何とかなると思っていたが、どうにも会話だけは二人いたところでうまく対応ができない。
「さっさとこの問題片付けて王都に戻りてえよ」
ぼやきながら通りを進み、青いターバンの男のもとへ。よく見るとそのターバンにはロゴマークらしい刺繍が施されていた。商会のロゴマークについてはブランドールから教わっている。どうやら今度は本物のようだった。
声をかけると男は「いかにも。ここがペンデンクス商会だ」と見かけは寛大な口調で言った。
まともな商人かもしれない、と期待するも束の間、男は妙なテンションで弁を振るいはじめる。
「内容はチラシの通りだ。喜べ! 我が主バザードモーン様の盛大な宴を成功に導く警備だ。盗賊に情けはいらねえ! 誇りをもってミッションを受けてくれ!」
それを適当に聞き流す兄妹に、男から地図が手渡される。
「場所はこの地図に示した。この札を持ってあとは現地で指示を受けてくれ」
その謎のテンションはともかく、声を聞く限りでは悪気は感じられない。……声だけは。
(すげえ行きたくねえ……)
(モンスターより、いや……)
兄妹は脳裏で本音を零し合う。
旅人や冒険者が行き交う草原に巣くい、時には襲ってくるモンスターを、兄妹はこれまで幾度となく狩ってきた。そうした戦いを乗り越えてきた自分たちが、今は人の悪意や駆け引きに苦しんでいる。
足取り重く、引きずるように足を前へと踏み出しながら、兄妹はナシラの北側にあるペンデンクス商会本部へと向かった。




