122 ブランドールの肩慣らし
急な依頼となったが、このナシラでブランドールの協力が取り付けたことに兄妹は安堵した。
「ありがとうな。それで、その消えた冒険者ってのはみんなサダルメリクに行こうとしていた奴なのか?」
ライアスが問うと、ブランドールは「さあな」と緩く首を振った。
「一人一人の動機はわからん。なにしろ音沙汰も無く消えちまって、戻ってきた奴がいないからな」
「行ったところもわからないのか?」
さらに問いかけるとブランドールは驚くように目をしばたたかせ、顎に手をやり半ば呆れるように口を開いた。
「そこから疑うか……? そりゃサダルメリクだろうが……。たぶんな。ザウラクや近くの観光名所に流れたって話は聞かねえし、ヴォイドゲートは塞いでいるし、それ以外に人の目に入らない場所っていうとサダルメリクの北に広がる樹林地帯くらいなもんだ」
そう言ってため息をひとつ吐く。
「何もそんなところに何十人と送り込む理由もないだろう。サダルメリクは戦闘が続く危険な都だが、さすが東の大陸の最前線だけはある。戦場で得られる大量の火器と戦利品。都で回収する分もあるが基本的には自己回収が認められている。都も戦士達も、戦利品を元に強固になり、要塞と化した都を背にして戦う仕組みも文化もしっかりと根付いている。だからこそ常に戦士が必要だ。商人たちがこの問題に関わっているという噂が上がるのもそうした需要があってのことだろう」
ブランドールの見解を聞きながら、ライアスは「ふーん……」と気のない相槌を打つ。戦の都と呼ばれる、サダルメリクのイメージが今ひとつ湧かないのだ。
しばしの沈黙の後、ライアスは改めて質問をした。
「もう少しサダルメリクのことが知りたいんだけど、そっちはここより冒険者の受け入れはいいもんなのか? 戦士が必要だとは言うけど。もし失踪した奴らが向こうに行ったとして、受け入れられるようなところなのか?」
その問いに今度はブランドールが深くため息を吐いた。
「本当に全然ピンと来てないようだな。もう一度言うがあそこは《戦の都》だ。俺も実際に行ったことはないが、いつ勃発するかわからない戦いに常に備える都だ。戦いとなれば、そこから逃げることはできん」
言いながらライアスの目を見据える。
「戦士にとっては否応なく戦場に行き、戦い、生きて戻ってくることでしか生業を立てられないという残酷な地だ。そりゃあ、それをサポートしたり傷をケアする施設は充実してるだろうさ。だが、命の管理はあくまで自己責任だ。それも今は帰ってくる者がいない。ナシラからは通行止めになっているし、サダルメリクだってそうかもしれん。これだけ退路を断たれた状況で、向こう側に行く心境を考えてみろよ」
生きるか死ぬかの戦場に身を投じながらも、否応なく退路は断たれている。
もし、自分がそうした境遇にあったら……。
フライアがひどく表情を歪ませ、ライアスに向かって首を振った。
「無理、ムリ……」
「そうだよな……」
ライアスも同意する。
状況の深刻さに気付き、兄妹は顔を俯ける。
その様子を見たブランドールはトングを手に取り網焼きにした肉を皿に移した。骨の部分に紙を巻き、兄妹の前へと差し出す。香ばしく焼き上がった肉はちょうど食べ頃という具合だ。
「ほらよ」
ライアスが「ああ、どうも」と肉を受け取る。見る限りではおかしな肉ということもなさそうだ。ブランドールが肉にかぶりつくのを見て、彼の素直な厚意なのだろう、と受け取った兄妹も肉を頬張る。
なかなかジューシーな肉だった。
すると突然だった。
「……よし! それじゃ、覚悟はできたってことでいいな!」
ブランドールが我が意を得たり、とばかりに声を張り上げた。唐突に立ち上がり、ライアスの隣にどっかと腰を下ろす。
「……は? なっ⁉」
狼狽えるライアスをよそに、その肩に手を回したブランドールが底意地の悪そうな笑みを浮かべて捲し立てる。
「俺がタダで肉を奢ると思ったか? 困ってるって言ってるだろ? 商人たちの悪巧みの全貌の解明のため、どんな危険も顧みずやってくれるってことで、いいよな?」
「え? ええっ⁉ え?」
フライアがガタン、と腰を浮かした。
ブランドールはニヤリ、と口の端を吊り上げる。これまでの落ち着いた雰囲気とは打って変わって、いかにもな悪人面だ。
その変貌ぶりに兄妹は頭が真っ白になった。
「お、お前! アヴァランの部下って言ったろ! それとも嘘かっ⁉」
ライアスは慌てふためき、腕を掃いながら勢いそのまま骨付き肉をブランドールの眼前に突き付ける。
するとその動揺ぶりにブランドールも驚き、慌てたようにライアスの腕を掴んだ。
「……っ! 待てっ! 落ち着け! ……冗談だ」
「なにっ!」
冗談、という言葉にライアスの腕の力がみるみる緩んでいく。ブランドールはその腕を払い除けるとタオルを手に取り、ため息を吐きながら顔や鎧を拭いはじめる。肉から脂が随分と跳ねたのだ。
「やれやれ……。そんなんじゃ、ここの商人のちょうどいいカモだぜ」
呟くように言ってまたため息を吐く。
「要はな、今のような何気ない厚意を皮切りに奴らは忍び寄ってくるのさ。それ自体は問い詰められないことだが、今のように断りがたい雰囲気を作り出し、やがて相手を意のままに利用する。そうやって商人は冒険者を手玉に取る。商人にとっては商売でいかに買ってもらうかに人生がかかってるから、物だろうが人だろうが取引は本当に上手い。戦って生計を立てる駆け出しの冒険者では、今のように気を動転させるのがせいぜいだろう」
説明を聞きながらライアスは呆けたように立ち尽くしている。
「そ、そうか……」
フライアが視線を彷徨わせ、おずおずと口を開いた。
「……あ、あの、タオルを」
タオルを借り、辺りに飛び散った肉の脂を拭き取っていく。ライアスはそんな妹を呆然と眺めている。一瞬でもブランドールを疑った自分たちが恥ずかしい。
ブランドールは自戒する兄妹に目をやり、骨付き肉を手に取るとおもむろにかぶりついた。
「まあ、座れ。このくらいで俺は怒らねえからよ」
ライアスは力が抜けるようにストン、と腰を下ろす。
「あ、ああ。悪い。こんなふうに教えてくれたのは、もしかしてあんたも?」
容易く釣られてしまったことを恥じながら、ブランドールも実際そういう目に合ったのでは、と思い至る。
ブランドールは伏し目がちに頷いた。
「……ああ。危うく王都の許可なくここの管理権を渡すところだった」
そう言って、もう何度目になるか分からないため息を吐く。
「ここも以前はもう少し広く冒険者の活動を陰でサポートしていたが、商人と個別に取引する冒険者や傭兵の面倒までは見きれなくてな。ある時、王都で登録した傭兵がこの都のミッション先で不祥事を起こしたって騒ぎになったんだ。後で話を聞いてみると騙されたとかなんとか、はっきりしないところもあってな。結局折り合いをつけるために個別の取引に王都は一切関与しないことを約束したんだ。……結果としてそれからしばしば冒険者の失踪事件の噂を聞くようになった」
ライアスはむう、と唸って腕組みをする。ナシラの失踪事件にはさまざまな背景があるようだ。
「そんなもんだったからさっきのようにハッタリをかけてみたんだ。今回は俺一人だったが、取引の先じゃそんな扱いに長けた商人と何人もいる用心棒が相手だ。今のように腕を振りかざせるような場所じゃない」
ブランドールは重々しい口調でそう告げた。
「そうか……。試されてたんだな」
ライアスは頭をぽりぽりと掻き、ちらりと妹に視線を送る。フライアは苦笑いを浮かべ「そんなのわかんないよ」と言いたげに首を横に振る。
ブランドールの演技に、兄妹は見事なまでに浮き足立ってしまった。二人ともすっかり気が動転していたのだ。
「大丈夫か? この都を調査するのにいい肩慣らしにはなったと思うぞ」
ブランドールがフォローするように言った。
「ああ、ほんとだよ。たぶん、今の助言で将来が助かったと思う」
未だ落ち着きを取り戻せずにいるライアスの言い回しに、ブランドールは声を上げて笑う。
「よし、これでようやく本題に入れるな。見てほしいものがある」




