121 駐屯地の監督者
ナシラ捜索二日目。
ナシラの宿で一夜を明かした兄妹は、冒険者向けのミッションを管理する案内所を探し歩く。
だが、それらしい施設は一向に見当たらず、結局は情報を集めるべく連日マーケットを訪れることになった。
今度は自分たちの分野から少し離れ、洋服店や土産物店、地元を支える食料品店に顔を覗かせる。
(……?)
ところが、どこの店主も買う意思のない兄妹にはなんとも素っ気ない。何件かを巡っていくうちに店員が自分たちの格好を一通り眺めていることに気が付いた。
(見た目で判断されてる……?)
シェラタン製の鎧とローブの兄妹。質はともかく、見た目は質素に見えることはいくつもの都を巡ってきてわかっている。
格好を気にするほどの余裕がない、貧乏なシェラタンの出身者だと、彼らは見透かしているのかもしれない。
そこを破るように気前よくなれれば……!
そう思ったが、どうしても今財布の紐は緩められなかった。
これでは情報を聞くことすらままならない。
「このままじゃ埒があかねえな。冒険者がいるところに行かねえと無理そうだぞ」
ライアスがぼやく。同時にふと、兄妹はある助言を思い出した。
ナシラの南側にはヴォイドゲートがあり、その手前にある拠点が冒険者のたまり場になっている──。
それを伝えてくれたのはカムトだ。彼はそこに王都の関係者も残っている、と言っていた。
人混みに疲れた兄妹はその助言に従い、街の南側へと歩みを進めた。
「ふーん……。こういうことなのか」
ライアスは腰に手をやり、その光景を眺めた。
冒険者のたまり場と伝え聞いた場所を訪れると、そこはまるでキャラバンの駐屯地のようになっていた。簡素な天幕が張り巡らされ、冒険者たちが和気あいあいと集っている。これからお宝探しにでも行くかのような雰囲気だ。
片隅では露店で肉を焼く音も聞こえ、情報共有と一緒に交流を楽しんでいることが窺える。
中心部まで進むと大きなテントが目に入った。傍らに見慣れた鎧を身に纏った男が見える。胸元に光るのは王都アウストラリスの紋章だ。
ライアスは王都兵らしいその男に声をかけた。
「申し訳ない。ちょっとナシラのことについて知りたいんだけど?」
すると男はどこか面倒そうに口を開いた。
「おう、サダルメリクへ向かいたがりの新入りか? まだ商人らの通行止めは続いてるぜ?」
ライアスの背後にいるフライアが思わず苦笑を浮かべる。一応は王都のために働く仲間なのだが、そんなふうには思いもしなかったようだ。
紋章が施された鎧、ということは王都の上官なのだろう。整えられた口髭が印象的な男だ。
「見かけられてはいないか……。まあ、気が楽でいいけど」
呟くようにライアスが言うと、男は訝しげに首を傾げた。
「ん? どうした?」
「いや、気にしなくていい。新入りだ。通行止めになってることは聞いてる。それと商人たちのことで知ってる範囲でいいから教えてほしい。あと、この場所のことも」
男がやれやれと肩をすくめる。
「なんだ、急に注文が多いな。まあ、黒い噂はいくらかあるが、正直なところまだ掴めたことは多くない」
言いながら口髭を触り、ジッと兄妹を見据える。
「……少し事情を知っているようだが、今最近は冒険者が団体でスッ、といなくなっちまう事件が起きている。王都にもこのことが聞こえてきてな。かつて神官フェルディナント公と勇者アヴァラン殿がヴォイドゲートを鎮めるために使ったこの拠点を間借りし、今ではナシラで数少ない冒険者たちの居場所として提供しているのだ」
言葉こそ少し投げやりだが男は詳細に話してくれた。新入りの冒険者に対する態度にしては丁寧なくらいだ。
「あー。じゃあ、この一帯はわりと王都が管理できているところなのかな?」
だがライアスのその口ぶりに男はいよいよ眉をひそめる。胡乱の目つきで兄妹をねめつけた。
「おいおい。あんまり勘ぐるな。こっちだって……」
不愉快そうに言って、しかし何かに気付くようにその表情を変えていく。
「いや、待て。お前らはひょっとして……?」
男は目を丸くして呟くように言った。
これを機にフライアが懐から認定証を取り出した。王都ギルド「ブラザーズ」の認定証で、アウラの正式な認定印が捺してある。
その印を確認し、男はカッと目を開いて身体仰け反らせた。
「……! そういうことか。なら先に言えっ! こっちもナシラで治安を保つのに疑心暗鬼で仕方ないんだぞ!」
兄妹の立場を把握したらしい男は怒鳴るように言った。……ともあれ、これでしっかりとした情報が得られそうだ。
「……悪い。あんまり事をでかくしないほうがいいと思ったから」
ライアスが言うと、男は周囲を見渡した。他の冒険者に見られていないかを確認しているようだった。
それから兄妹をテントの中へと招き入れ、改めて口を開く。
「要はフェルディナント公らの命令でこの事件の調査をしに来たってことでいいな?」
テントに入ったライアスはふう、と小さくため息を吐いてから質問に応じる。
「ああ、そんなところだ。ただ、いまはどこから調査すればいいのか見当もついてない」
「そうか。こっちもいろいろと神官様から注文は来ててな。俺はブランドール。一応、アヴァランの部下の副隊長って身でこのキャンプ地を見張る役に就いてる」
ブランドールと名乗った男は腕組みをして言った。それからやや声をひそめるように言葉を続ける。
「さっきお前、勘ぐっていたが本来はゲートへの出陣も終わり、ナシラにこの拠点を返さなきゃならなかったんだが、この騒ぎだろ? だから神官様らの方針で全面撤収を避けたんだ。名目は『ヴォイドゲートの監視』。周りは冒険者らが好き勝手やってるって扱いだ。だから調査だとか、注文を付けられはするが、正直なところ俺たちだけじゃどうにも身動きが取れねえって話はしてたんだ」
ブランドールは淡々と、だが困っていることを呈するように話をした。
ライアスが頷く。
「なるほどな」
「調査のために増員を検討するとは言ってたが、まさかお前らほどの若造をよこすとは思わなかったぞ。お前、いくつだ?」
問われ、兄妹は思わず顔を見合わせる。
「……どっちも二十だ」
ぎこちなく返すと、ブランドールはニッと口角を上げた。
「おお、そうかい? もっとガキに見えたぞ。ま、そのくらいの方がかえって目立たなくていいかもしれねえな」
……気にしていることをあっさりと言われてしまった。フライアがムッと唇を尖らせ、ライアスも不愉快そうに目を細める。
不満げな兄妹の様子に気付いたブランドールがおっと、と言葉を添える。
「……悪かった。そう怒るな。起きているのは冒険者の失踪だ。お前たちがいくら見かけ以上に強くたってその犠牲になる可能性はある」
そう言って改まったように問いかける。
「ここへ来るまでに何か違和感でもあったか?」
本題に戻り、ライアスはハッとして応じた。
「あ……、いや。特に何もなかった。ギルドのメンバーとかカムトとかから話は聞いたけど普通に見えて逆に不気味だった」
「そうだろう? この都の見かけはそういうもんだ」
ブランドールは呆れるように言い、ナシラの調査状況を説明した。
「そんな中でモンスターと戦えるだけの力があるはずの冒険者がいなくなるんだぞ? 尻尾のひとつやふたつ捕まえられてもおかしくはねえ」
ため息交じりに言い、声を低くして言葉を継ぐ。
「それも冒険者ってのは何も王都からの奴だけじゃない。この都やザウラク出身の奴も同じように被害を受けているって噂だ。これだけ冒険者が溢れた中の極一部って頻度だが、それが証拠もなく忽然と消えちまうってんだからけっこう厄介な話だぞ」
力ある冒険者が忽然と消えてしまう──。薄気味悪いその状況に兄妹は押し黙った。
するとブランドールがおもむろに食糧庫を開き、三人分の食材を取り出した。テント内には炉が備えられていて、食材が焼けるよう金網が取り付けてある。ブランドールが手にした骨付き肉を金網に乗せると、やがて網焼きされた肉が少しずつパチパチと音を鳴らせる。
「まあ、そんな中でもお前たちが調査に乗り出すって言うなら俺も協力するしかねえ。できるだけのことは話そう」
ブランドールは網上の肉を返しながらそう言った。




