119 次なるミッション
事務所に戻った兄妹はミッションの報酬についてウォルフと話をする。
彼が担当したナシラ調査の報酬額を聞き、その取り分についてギルドの方針を説明する。イリューアにも伝えた、大型ミッションの報酬の配分についてだ。
ウォルフはやや抵抗したが最終的には兄妹の案を受け入れてくれ、報酬の半分を実行者であるウォルフが、それ以外を他のメンバーが受けとることとなった。
その次はフェルディナントから伝えられた新たな大型ミッションについてだ。その話の最中にイリューアも事務所に戻り、メンバー揃っての話し合いとなった。
「今回も二つだ。場所はナシラとアトリア。ナシラはまた情勢を継続調査しろって内容だ。アトリアは神官の定期訪問の護衛と近況の調査って内容だ。目立った異変はないらしいが、少し前アトリアはエラセドと交戦したって話だからな。その後の定期訪問としては初めてだってよ」
指令を受けたウォルフが詳細を話す。
自身の境遇に絡んだ話題に及び、イリューアが僅かに視線を伏せた。兄妹も黙ったまま言葉を発しようとはしない。アトリアとエラセドの交戦に関わった者として思うところがあった。
ウォルフが首をかたむけ、口を開く。
「どうした? あんまり突かれたくないところか?」
「……まあな。イリューアだけじゃなくて俺たちも少し関わったところだ」
ライアスは少し言いにくそうに、頭をぽりぽりと掻いて答えたが、その言葉にイリューアが反応する。
「少し、ですか?」
そう言って訝しげにライアスを見やった。
ライアスはそんな彼女を刺激しないよう言葉を選びながら、素直な思いを口にする。
「いや……。それなりに関わったよ。エラセドがクルサに進軍した理由も聞いた。なんだったっけ? ヴォイドをエラセドの軍にけしかけるってアカデミーが計画してたとか」
ライアスは気遣ったつもりなのだが、その言葉は却って場をかき乱すものになった。
フライアが「ちょっ……!」と慌て、同時にウォルフが声を張り上げる。
「お、おい。本当かよ⁉ それは初耳だぞ?」
「初耳……?」
フライアはたらりと汗を垂らす。経緯により幾らかの内部事情を知る兄妹だが、そのどこまでが公にされているかは分かっていない。
ライアスはうっかり過ぎたか、と自省しながら、騒ぎ立てるウォルフの前に両手を突き出し「落ち着け」と制止する。それからフライアに当時の手記を見せて欲しい、と頼んだ。
「イリューアはそのへん、どのくらいまで知ってる?」
おもむろに尋ねると、イリューアは首をかたむけ顎に指を添えた。
「え……? えっと、エラセドではアトリアがヴォイドを盾にしていると非難していました」
思い出すようにしながら説明を続ける。
「あと、それより前はアカデミーに対して重大な欠陥を見つけたと都の研究者で話題が上がっていました。我々の手でその不正を暴かなければならないという名目で出陣していました。その内容までは詳しく聞いていないのですが、私はその後衛として加わり、リーダーと……」
当時を思い出し、ライアスが言葉を継ぐ。
「出会っちまったと。それじゃ……、その二日前だっけ? クルサの市長がエラセドから撃たれたって事件があったんだけどその時はどうしてた?」
するとイリューアは目を丸くした。
「えっ? エラセドから撃たれた? あ、えーと……。あの時は都からの出陣中だったのでなんとも……」
ライアスは腕組みをして背もたれに身体を預ける。
「ふーん、イリューアの耳にも市長が撃たれたって話は入ってなかったのか」
「はい……」
そのやり取りにウォルフは深々とため息を吐く。
「お前ら、めちゃくちゃ当事者じゃねえかよ……」
アトリアの傭兵として戦った兄妹。対するはエラセドの騎士として戦ったイリューア。両者のいかにも生々しい会話、そしてその二人が同じ場にいることに、ウォルフはぶるっと身体を震わせる。
それを見て取って、ライアスは肩をすくめる。
「こういうのがひとつのギルドとして活動することの賜物ってやつじゃないか」
「自画自賛してんじゃねえよ! 想像以上に裏のあるミッションってことじゃねえか!」
平然と応じるライアスに目を剥くウォルフを見て、フライアは思わず口に手をやり苦笑いする。
ミッションの話題に戻り、四人は揃ってううむ、と唸り声を上げる。先に口を開いたのはライアスだった。
「……結局のところどっちが悪いかってまだ判断つけられないんだよな。確かにアトリアからヴォイドで脅した経緯はあったし、アトリアに属す港町クルサの市長が停戦を呼び掛けているところにエラセドから撃たれたっていうのも確かなんだ。エラセドが見つけたって言う《重大な欠陥》も内容はよくわからないけど、アトリアに行くならその背景を知っておいて損はない」
それにウォルフが応じる。
「そうか。でも、そこまで知ってるならイリューアは無理でもお前らが行ったほうがいいんじゃないか?」
もっともな提案ではあったが、兄妹は気乗りがしなかった。
神官たちから西の大陸との紛争状態について聞き、彼らの言う「ナシラが障害となりサダルメリクに向かえずにいる」という状況が気にかかっている。自分たちの目でナシラを見に行きたい、という気持ちがあった。
ライアスは頭をひねり、適当な言い分を探る。
「うーん、でもな。実は俺たちアカデミーの……誰だっけ、学長だったかな。一連の流れで目を付けられちまったんだよな。もしアカデミーの調査が入るのならウォルフが行った方が抵抗は受けないと思う。それに俺たち、ナシラの状況が全然わかってないんだ。一度は軽く偵察しておきたいと思ってる。アトリアのほうを任せられないかな?」
その意見を後押しするように、フライアもふんふんと頷いてみせる。
ウォルフは考え込むように腕組みをすると、やがて納得するように口を開いた。
「あー……。そうするか? 確かに俺もアトリアのことは知らねえからいい機会かもしれねえが。けどよ。ナシラはもっと危険だぞ。下手な動きを取ると商人の餌食になるからな」
その言葉にイリューアが首をひねった。
「商人の餌食、ですか?」
ウォルフが頷く。
「ああ、意味もわからず喧嘩をさせられる冒険者を何人も見たさ。商人にとって戦士は見せ物に使える《駒》らしいな。まあ……俺はなんとか掻い潜ってきたけどな」
その説明を受け、フライアはちらりと兄を見やる。
(それで腕、怪我したの?)
あいにくウォルフはアームガードを装着していて怪我の様子が分からない。包帯などが見えていれば話題にもできるが、これでは直接尋ねることができない。兄妹が病院にいたことをウォルフは知らないし、それを気にされるのも本意ではないはずだ。
ウォルフは眉根を寄せて思い出すようにしながら言葉を続ける。
「商人ならではのやり方ってのがあるらしくてな。なにしろあいつらは金がある。実際見たが、用心棒一人を冒険者にけしかけて喧嘩させて、次から次へと用心棒を送り込んで倒れるまで決闘をやらせてたりもしていた。『いったい何十人雇ってんだ?』ってくらいに。初見で行くなら荒波は立てないほうがいい」
低い声で話し、ライアスに視線を合わせる。ウォルフの改まった物言いに兄妹はやや緊張を覚えた。ライアスが頷き、「わかった」と応じる。
新たな大型ミッションの割り振りも決まり、イリューアの「では、引き続き、私は休暇の後にシェラタンへ行きます」という言葉を締めくくりに、話し合いはお開きとなった。
解散して二人と別れた後、兄妹はカムトを訪ねた。ナシラの話を今一度詳しく聞くためだ。
だが彼もまたウォルフと同じように手探りの状態が続いているようだった。
「ここ数日、ナシラから引き返してきた冒険者たちと話をしてみたよ。中にはわざと囮になって探ろうとした無謀な人もいたみたいでね。それで、ナシラに数多くある商会や商人の情報が得られないかって思ったんだけど、いざ調べてみるとこれがまた手の込んだ手口になっているんだ。公表されていない架空の名前だったり、どこの商会に所属しているのかわからなかったり」
カムトは首を横に振る。
「……とても証言だけで追いかけられるものじゃない」
未だ実態がつかめずにいることを知り、兄妹はナシラ調査に関するアドバイスを求めることにした。「ブラザーズ」で打ち合わせをした結果、自分たちがナシラに向かうことをカムトに告げる。
「明日から俺たちがナシラに行くけど何か案はあるか?」
するとカムトはおもむろに腕組みをした。
「兄さんが発行したミッションだよね。今僕から言えるのはとにかく自分の身を守ってってこと。初めて行って無理に何かを突き止める必要はないよ。間違っても商人に釣られて裏路地なんかには入らないこと。大通りに接する広場や市場は比較的安全さ」
それからふと思い出したように言葉を繋ぐ。
「あと、実はあの都の南にはヴォイドゲートがあるんだ。少し前にアヴァランが立ち入って今は小康状態なんだけど、商人が近寄らないことを機にその手前で使っていた拠点が冒険者のたまり場になってるって話もある。王都の関係者も少し残してるって兄さんが話してたから、そっちの方が安全かもしれないね」
実用的な助言を受け、ライアスが礼を述べる。
「わかった。ありがとうな」
第一に身を守れ、というカムトの言葉。サダルメリクにこだわりながら、今回はあっさりと手を引いたウォルフ。兄妹は気を引き締める。
──貿易の都ナシラは、とても一筋縄ではいきそうにない。




