117 見守り続ける女店主
翌日。
兄妹は馬車と一緒に王都に帰り着いた。
荷台にくくられた大荷物を馬車から外し、二人で「ブラザーズ」の事務所の下まで運んだ。
包みを解く前から分かっていたがかなりの量だった。自分たちで揃えた素材や機材の他に、防腐に用いる塩や繰り返し使い潰すことになる麻袋や作業手袋が幾つも加えられている。それら荷物の間には送り主の情報を記した送付状が挟まれていた。
改めて確認しておこうと、フライアが紙面を見ると「あれ?」と声を上げた。
『頑張って。
困りごとがあったら声かけて。
つらくなったらいつでも帰ってきてね。
ベベル』
送付状の裏面にそう書き付けられていた。
送付状を手に、ライアスはしみじみと呟く。
「……ありがてえことをしてくれるな、姉ちゃん」
ずっと押しとどめてきた、彼女に頼りたい気持ちを故郷でさらけ出した。その気まずさと気恥ずかしさに感謝の気持ちが混ざりあい、それが言葉となって出てきた。
兄妹は荷物をそのままに、身を寄せ合うようにして送付状を見つめる。
ふと彼女と出会った日のことが思い浮かんだ。
──兄妹がベベルと出会ったのは六年ほど前のことだ。
身寄りもなく生活の術も持たない兄妹は街を彷徨い歩いていた。その道端で雨に見舞われ、屋根のある軒先で佇んでいたところ、はたと彼女に遭遇した。
兄妹は「仕事と食べ物が欲しい」と心のままに呟いた。
ベベルは、見知らぬその兄妹の要望に応えたのだ。
ベベルは自分の店に兄妹を連れていくと無償で食事を振る舞い、さらに生きる術まで与えてくれた。
鉱石の加工に錬成、狩猟者が討伐したモンスターの皮の防腐作業。彼女はそれら兄妹が加工した製品を買い取り、兄妹の生業を作り出した。
それらはとにかく血の臭いがきつく楽なものではなかったが、逃げることなくその仕事を続けていると、今度は空き家を紹介してくれた。そして、その空き家と彼女の店を行き来する日々が、兄妹の日常となった。
そうして関係を深め、しばらく経ったある日のことだ。
ベベルが切り盛りする店で食事をとっていたとき、常連客の会話で彼女が両親を亡くしていることを知った。彼女が独りで生きていることを、兄妹はその時まで知らなかった。
常連客の話ではベベルはもともとお転婆な性格の看板娘だったという。だが両親を亡くして店を引き継いでからは明るいながらも落ち着きを払う人柄へと変わり、経営に専念するようになった。その変貌ぶりには常連客も心配していた。
その話を聞いたことを、兄妹はベベルに話さなかった。兄妹の前で彼女は常に明るく、何の心配も抱かせることなく毅然と立ち振る舞っていた。
思い起こせば彼女は一度たりとも涙を見せたことがない。
「……姉ちゃん、寂しかったのかな。俺たちが何も言わなかったこと」
ライアスがふと呟き、隣のフライアが小さく頷く。
何やら温かいものが胸から込み上げてきて、ジッとしていられず自らの頬をさすった。
「ずっと……六年間も……」
「俺たちに愛情をぶつけてくれてたのかな」
──応援したいのよ。
──言えることは言ってほしい。
ベベルの想いを受け取るように、フライアは彼女の手紙をそっと懐へとしまう。
ライアスがぽつりと口を開いた。
「もっと……素直にならないとな」
フライアもこくりと頷く。
届いた荷物を兄妹はひとつひとつ大切に抱え、塔の屋上へと運びはじめた。




