115 帰省
翌日。「ブラザーズ」の事務所。
「できるだけ今日中に、遅くても明日には帰るつもり。留守は頼むぞ」
「わかりました」
イリューアにそう伝え、事務机に積まれていた書類の束を提出した兄妹は、その足でシェラタンに向かうことにした。
幸いフェルディナントから新規の大型ミッションを言い渡されることもなかった。事務所の留守をイリューアに任せ、兄妹は何の気がかりもなく故郷へと足が向けられた。
ただひとつ、別の意味で気になることはあった。
野盗に追われ故郷を出て以来、都自体には一度訪れたものの、暮らしていた家の様子は一切確認していない。自分たちを付け狙っていた野盗が今どうしているかも分からない。
小屋のような簡素な家だ。それ自体が撤去されていたり、ぼろぼろに壊されていてもおかしくはないと思った。
向かう道中その不安は徐々に大きくなった。途中の休憩所でも休憩はそこそこに、兄妹は歩き続ける。
集落が見えてきた頃にはかなりの急ぎ足になっていた。
北西より入った緑の都シェラタン。
南側にある小屋を目指しながら見慣れた街並みを歩く。中心街に入って南へ、さらに郊外に出て、幾度となく行き交った未舗装の街道を進む。
やがて二人の目に懐かしい小屋が目に飛び込んできた。
「あぁ……あった」
「そうだなあ。ほんとに、あったな」
長年暮らし、見てくれはとても自慢できるようなものではない、くたびれた家。
けれど、嬉しかった。
小走りに駆け寄り、住み家が無事であることを確かめて安堵のため息を漏らす。
軋む音を立てながら扉を開くと、埃が舞って少しかび臭い空気が流れ出た。覗き込むようにして中の様子を窺う。荒らされた形跡もなく、使い古された家具やベッドがそのまま残されていた。
兄妹はそろりと足を踏み入れる。室内を見渡すと何とも言えない哀愁が込み上げた。
――あの日以来、時間が止まっているかのようだった。
「ずっと、ここにいたんだよね」
ぽつりとフライアが呟いた。ライアスが頷く。
「ああ。こんなボロの小さい家に……六年くらいか?」
そのまま二人はしばらく立ち尽くした。
やがてフライアがぱたぱたと歩き出す。
「ちょっとだけ、お掃除と換気」
そう言って埃を払いはじめた。
それにライアスが戸惑うように声を上げる。
「お、おいおい。また住むってわけじゃないのに」
「そうだけど! でも……。ちょっとだけ」
少ない家具の色はくすみ、壁や床もかなり傷んでいる。しかし長年雨風を凌いでくれたこの家には思い入れがあるのだ。
やがてフライアに続くようにライアスもベッドの埃を払いはじめる。布団を抱え、日光に晒す。機材を回収するだけのつもりが大掃除に入ってしまった。
とはいえキリがないので、ある程度の目処が立ったところで街に出る。
他にも寄りたい場所はある。兄妹はこの家に荷物をまとめ、持ち帰る品を整理することにした。
そうして街に出た兄妹は雑貨店などを巡り、シェラタンでしか手に入らない素材を収集して回る。兄妹にとっては親のような存在の、ベベルの店にも行った。
席に座ってしまうと長くなる。そう思って厨房の入口でベベルと向き合った。
王都の傭兵として頑張っていると伝えると、ベベルは少し寂しそうに微笑んでみせた。
「そそっかしいのね。せっかく戻ってきたんだから、ゆっくりしていったら?」
「悪い。傭兵もあんまり自由に動き回れなくてさ。またすぐに王都に戻らなきゃいけないんだ」
本心ではベベルとゆっくり話したい気持ちもあるが、あまり心配をかけたくなかった。
「ブラザーズ」はまだ立ち上がったばかりで表立った活躍もできていない。今の状況を話せば彼女が心配すると思った。
兄妹はまた来る、と当たり障りのない挨拶をして礼を告げて店を出た。
再び小屋に戻り、片付けて戸締りをした頃には日が落ちはじめていた。
まとめた荷物は錬成に用いる小釜に金槌、街で集めた幾つかの素材に作業着などもある。予想以上に嵩んでしまい、兄妹は二人で両手や肩を駆使してどうにか荷物を運び出した。
「格好とか気にせず荷車を借りてくるべきだったな……」
「こんな成りでまた野盗に追われたら……」
「格好の的だな。暗くなる前に戻るぞ」
疲れた身体に鞭を打って、兄妹はのっそりと家を離れた。




