114 帰還したギルドメンバー
本殿を離れた兄妹は足取り軽く事務所へと戻っていく。
「こんなにうまくいくなんて……」
フライアが嬉しそうに呟く。ただの思いつきがこうもすんなりいくとは思わなかった。アウラの寛容さには頭が下がる思いだ。
「よーし、明日はシェラタンに戻って器材とキットを持ってこねえとな」
ライアスも意気揚々と口を開く。
善は急げ。兄妹は機材を回収するため、明日にシェラタンに戻ることを決めた。
「まだ残ってるかな。家に」
「そんな高価なもんじゃなかったと思うからまぁ……。あと、材料諸々メモを用意してくれよ」
相談しながら兄妹は足早に歩く。残った事務仕事をさっさと片付け、明日の準備をしたい。かつての日課がまた行えるとあって兄妹はやる気が満ちてきた。
塔を駆け上がり勢いそのまま事務所の扉を開く。……と、ライアスは跳びあがるように身体を仰け反らせた。
「のわあっ‼」
扉を開いたすぐ先に人が立っていたのだ。その人も「なっ⁉」と叫んで長い髪を振り乱し、だがライアスの姿を見るとハッと表情を変えた。
「はっ! ……リ、リーダー⁉」
振り向いたその女性は「ブラザーズ」の一員、女騎士のイリューアだった。
「お、おう……。久しぶりだな」
ライアスがぎこちなく挨拶をする。事務所には誰もいるわけがないと思い込んでいただけに驚いた。
「え、ええ……。ついさっき戻ってきたもので。シェラタンへの派遣は一旦区切りを入れて三日間こちらに戻れとのことでした」
イリューアも戸惑い気味に応じる。
彼女は任務としてシェラタンに赴き、都を守る「自警団」の指揮をとっていた。
「そ、そうか……。お疲れさん」
ギルドメンバーとはいえこうして顔を合わせるのはギルドが発足して以来だ。そんなライアスとイリューアは、出し抜けな対面の驚きに未だ息を弾ませている。
揃って奇声まで上げてしまい、何とも気恥ずかしい再会となった。
ライアスの後ろからフライアがひょっこりと現れ、イリューアと挨拶を交わす。ライアスは息を整えながら事務机の椅子に腰を下ろした。
「ふう……。リーダーって呼んでくれるってのに何もしてなくてすまねえな。シェラタンは慣れたか?」
イリューアは頷いた。
「そうですね。不思議と快適でした。エラセドではいつも何かにつけて騎士として力を競っていますが、シェラタンではそういった競争意識をあまり感じません。出身地なども気にせず純粋に戦力として頼ってくださるのは悪くない気分でした」
エラセド出身のイリューアは、アトリアとの戦争で敗戦の騎士となり故郷に帰れなくなってしまった。騎士の都エラセドは兄妹の常識では計り知れないほど厳格な規律がある。そうした経緯もあって彼女を「ブラザーズ」に招き入れた。
「あー、そうだな。あそこじゃシェラタン出身かそうじゃないかってしか区別しないかもな。慣れたのならちょっと安心した」
ライアスは満足げに言う。シェラタンは穀倉地帯らしくのんびりとしていて、出身地によって対応を変えるような人間もいない。シェラタンの外に出てはじめて、兄妹も自分たちの出身地を意識しはじめたくらいだ。
「おかげさまで」
イリューアはホッとするように言った。以前と比べ肩の力が抜けているように見える。王都に来た当初は行き場もなくどこか張り詰めた空気を漂わせていたが、ここにきてようやく少し余裕を取り戻したようだ。
ライアスは安堵した心持ちでイリューアを見つめる。その視界の端に、フライアが手招きをするのが見えた。
「お兄ちゃん。報酬」
フライアはぽそりと言った。
「ほうしゅう……。ああ! そうだった。分けねえとな」
ライアスはそうか、と腰を浮かせる。
何のことか、と首を傾げるイリューアをよそに、フライアは事務所の金庫を開いた。報酬の入った革袋を手に取り金額を確認する。そして前もって配分しておいた報酬の一部を「はい」と事務机の上に置いた。
ライアスが言い添える。
「ザウラクの大型ミッションが終わった。全部で五千マーシャル。四等分した千二百五十マーシャルを渡しとく」
イリューアは驚くように「えっ?」と声を上げる。
問いかけるような視線を兄妹が向けると、イリューアはおずおずと口を開いた。
「リーダー。いいんですか? 私はそれぞれでミッションを受けて取り分は受けた者が報酬を得るものだと思っていたのですが」
想定通りの質問に兄妹は頷き合う。昼食時、事務作業をしながら話し合っていたことだった。
「そこな。それを今日フライアとも話してたんだけどさ。しばらくはとりあえずこのかたちにしようってことにした」
そう前置きして、考えを整理するようにしてから説明をはじめる。
「ミッションに対して適材適所でやっていこうって話でこのギルドを始めたわけだけど、やっぱりそうすると報酬が高い、安いで偏るんだよな」
そう言って壁面に掛けられた掲示板に目をやる。
「さっきそこの掲示板に掛けられてるミッションリストを見たけど、大型ミッションかそうじゃないかで全然違うのな。だから考えたのは『大型ミッションの報酬は実行者が全体の半分、残りをそれ以外に分ける』ってかたち。俺たち二人で実行したから俺たちで二千五百。残りをイリューアとウォルフで千二百五十ずつってことだ。ウォルフも別に一個大型ミッションを受けてるはずだからそっちはそっちで会ったときに掛け合ってみようと思う」
説明を受け、イリューアは思案するように顔を俯ける。顎に指を当てたまま、やがて何度か頷いてみせた。
「なるほど……。それはありがたい話です」
安堵したような口調だった。
ライアスが頷く。
「イリューアだって他の奴の代わりを請け負ったのに自分が報酬安くて他が高かったりしたら腹が立ってくるだろ?」
「え、ええ。それは確かに……」
イリューアは間を置かずに同意した。遠慮がちながら、はっきりとした口調に彼女も気にしていたことかもしれないな、と兄妹は思う。
ライアスが言葉を続ける。
「それは俺らも同じ。だから少し公平にすることも必要かなって。ウォルフのミッションはこの話をしてないから今回応じるかはわからないけど、とりあえずこの千二百五十マーシャルは持っていってかまわない」
イリューアは両手を合わせ、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
報酬を受け取り、改めて兄妹を見やる。
「私は三日ほど王都に留まる予定です。リーダーはどうされますか? 報告書があったようですが」
そう問われ、ライアスは「俺たち?」と言いながら一つ伸びをして応じる。
「ちょっと明日シェラタンに戻る予定ができた。そのついでで掲示されてたシェラタン向けのミッションはひとつやっとく。報告書はもうあと一部だから今日中に終わる。とりあえず宿題は残らないと思うけどな」
イリューアが「わかりました」と頷き、そこでおおよその話が終わった。
イリューアは街を散策すると言って事務所を離れ、所内に残った兄妹は書類を前にしばし沈黙する。
「……この最後の一部が重いな」
「でも、やらないと……」
兄妹はへたり、と座り込んだ。
ギルドのリーダーとして、その方針についてメンバーから合意を得ることは大切な仕事のひとつだ。イリューアに方針を受け入れてもらい、ホッとしたせいか緊張の糸が切れてしまった。
兄妹はむむっと唇を引き結び、最後の書類と睨み合う。やがて揃ってため息を吐き、慣れない事務作業に取りかかった。




