112 マーシアの憂う未来
カムトは何度か遠くを眺めるように夜空を見上げ、すぐにまた顔を俯ける。
「けど……?」
ライアスが続きを促すとカムトは小さく息を吐き、口を開いた。
「マーシアの都はそれぞれで独立心が強すぎるんだ。近年、メイシアとの争いも増えてきたけどそれと同時に都との間で抱える問題も増えた。今回のナシラもそうだし、少し前にはアトリアとエラセドも争った。本来団結しなきゃいけないって時に都同士で疑心暗鬼になっている。なんでも自分たちで力も利益も確保しなきゃいけないって考えている」
表情に憂いを滲ませながら言葉を続ける。
「対してメイシアは自分たちで長らく続けた覇権争いが終わっていよいよマーシアへと侵攻を進めんと動き始めた。曲りなりにも一枚岩の体をなしたメイシアと、団結できていないマーシア。正面からぶつかり合うことになれば勝敗の行方は目に見えている」
その言葉に兄妹は随分悲観的だと思いつつ、あながち間違っていない気がした。
ライアスはちらりと妹に視線を向ける。フライアも顔を向けてきて、苦い笑みを微かに浮かべた。同じ気持ちでいるようだ。
この大陸を旅してきた兄妹にとって、カムトの言い分は妙に納得いくものがある。
「……これまでメイシアの話を聞かされても全然ピンと来なかった理由がわかったよ。思えばどこ行ってもマーシアの中で争ってるよな? 最初にお前やアウラさんからマーシアとメイシアの話を聞いた気がするけど、それからぐるっと都を回って……。聞くのはこの大陸の争いごとばかりだった。どこからもメイシアなんて言葉は聞こえてこなかった」
ライアスは素直に感想を告げる。旅の間、西の大陸と争いを繰り広げているという実感がまるでなかった。だから今更こうして尋ねている。
するとカムトは深々と頷いた。
「それが大きな問題なんだ。実際、こんな歴史背景をしっかり理解している人は少ないよ。必要とされているところに冒険者や物資が流れるだけで、今のメイシアの脅威に対抗するだけの力がないんだ。それを僕らが解決していかなきゃいけない」
「カムトが、か」
おもむろに問うライアスに、カムトは薄く微笑んでみせる。
「……もちろん、フェルディナント兄さんやアウラ姉さんも、ね。で、あとは?」
カムトはどこかはぐらかすように話題を変えた。
「あー……いや。言われても頭にもう入らん」
兄の言葉に妹もうんうんと頷く。本心から出た言葉だった。兄妹からすれば既に許容を超えている。
一通りの話ができたことでカムトはすっきりとした顔で笑顔を作った。
「最後まで話を聞いてくれてありがとう。それじゃあね」
そう言って宮殿の中へと入っていった。
それを見送り、兄妹も「ブラザーズ」の拠点がある塔に向かうべく、宮殿の敷地を端へと歩いていく。
身体がすっかり疲れ切っていた。ザウラクからアトリアまでの歩き通しが今に響いていた。足腰に筋肉痛のような痛みまである。
事務所に戻り寝支度を済ませた頃にはとっくに日付が変わっていた。所内の隅に設えてある寝室に身を横たえ、枕元の灯りを消す。
「はあぁ……」
目を閉じたならすぐに睡魔がやってくる。そう思っていた。
だが、妙に目が冴えていた。
──神官たちの言葉が脳裏をよぎる。
『我々も団結しなければならないのだ』
『今のメイシアの脅威に対応するだけの力がないんだ。それを僕らが解決していかなきゃいけない』
ベッドに仰向けのまま、兄妹は天井を見つめる。
「……俺たちも苦労してるけど、あいつらもほんとに苦労してるんだよな」
ふとライアスが呟き、フライアも口を開く。
「あんなに気張ってて、それでもうまくいかなくて」
王都の傭兵試験場や、シェラタンに派遣された冒険者たちのことが思い浮かぶ。神官たちは王都だけでなく、大陸全土に目を向けている。
「俺たちも最初はウォルフと同じ視点で観てた。神官ならうまくやってて当然で、うまくできないことを見つけたら『あーあ』ってな目で見てた」
ライアスは小さくため息を吐く。
「……えぐい話だよな。こんなに都だの大陸だのと問題が山積みで、全部見えてるのにみんなで素通りしてるって」
神官たちは重い使命を背負い、立ち向かっている。
思えばそれは神官に限った話ではない。兄妹は同じような人たちを他にも見てきた。先代の王の力を継ぐ勇者アヴァランや、学園都市のアカデミーを背負って戦うドリューもそうだ。
神官か、勇者か、講師か。違うのは肩書きだけ。使命を背負って戦う人間──そういう意味では変わりがない。
「……カムトが『僕らが解決しなきゃ』って」
フライアがぼんやりと言った。ライアスは天井を眺めたまま、その続きを口にする。
「……言ってたなぁ。なんだか無理強いさせてる気がしたよ」
そのまま兄妹は黙り込んだ。一時の静寂が二人を包む。
──彼らに任せきりでいいのだろうか。そんな思いが胸の内に巡っていた。
「……でも、それを」
「どうするか、だよな。それは……起きてから考える」
フライアがぽつりと言葉を零し、それにライアスが続いた。
それを最後に二人は口をつぐんだ。
自分たちも今を生きるのに精一杯だ。今回のザウラクのミッションだって、必死に向き合ってようやく乗り切ったばかりでもうへとへとになっている。
それでも神官たちの言葉が頭から離れなかった。心のどこかに引っかかり続けたままだった。兄妹は目を閉じて、自分たちの役割を思う。
──やがて「ブラザーズ」の事務所に、スヤスヤという寝息が聞こえはじめた。




