111 姉妹大陸マーシアとメイシア
カムトは深呼吸して話す準備を整えた。
「そう。わかった。これはね、東西の思想がずれて起きている戦いなんだ」
「……東西の、思想?」
ライアスが首を傾げて応答し、カムトはこくりと頷く。
「ちょっと歴史の話をさせてもらうね。今から三百年前、東西問わず大陸全土にヴォイドの瘴気と悪魔がなだれ込む大災厄が起きたんだ。ヴォイドっていうのは何度か言ってるけど、この世界とは別に広がる異世界のこと」
言いながら眉根を寄せる。
「そこには僕ら生身の人間には耐え難い瘴気で満ちていて、それを多量に帯びた人はやがて脳や身体を悪魔の思念に蝕まれ始めるんだ。一度瘴気で蝕まれるとすぐに変わるわけじゃないけど、やがてはその身が悪魔となって異世界のヴォイドへと向かうように誘導されてしまうんだ」
おぞましいその話に、ライアスがぽつりと呟く。
「ヴォイド……」
カムトは頷いた。
「悪魔と接した誰もがそうなるわけじゃないよ。実際、そこまで重症になる場合は幸いだけど少ない。けれど、今もなおヴォイドの瘴気に対応できる有効な治療手段は存在しない。そんな厄介な存在が大陸全土で大発生したんだ。人々は東西関係なくヴォイドと戦い、傷つき、いたるところで瘴気にかかって悪魔化する悲惨な事態になった。いろんな伝記が残ってるけど、どの書物もこの世が終わる寸前まで窮地に追いやられていたとあるんだ」
ひと息に言って、ふうと息を吐く。そしてカムトは宮殿の天辺を見上げた。
「そんな中、僕らの先祖、初代の王がそれら悪魔を浄化する秘術を生み出した。それまで十数人がかりで犠牲を払いながら退治した悪魔を一人で相手できるようになった」
その言葉に兄妹は驚いた。あまりの変化にフライアが身体を仰け反らせる。
「じゅ、十数人が一人で、だって?」
兄妹は以前にも悪魔の話を聞いたことがあるが、数字を交えた具体的な説明ははじめてだった。
カムトが薄い笑みを浮かべる。
「信じられないかもしれないけどね。実際僕もそう。けれどもその力は今、アヴァランに受け継がれている」
──アヴァラン。その名を聞いた兄妹は顔を見合わせる。
かつてこの中庭で戦った王都の勇者。二人がかりでもまったく歯が立たなかった。
「……ああ! それが、《勇者》ってわけか」
悪魔を浄化する力を受け継ぐ者。それが王都の勇者ということになる。
カムトが頷く。
「そう。それで話を戻すけど、東の大陸は初代の王の活躍によって西より早くヴォイドを抑え込むことに成功した。悪魔が急速に消えることで瘴気も薄れ、王はこの地にアウストラリスを築いた。復興の動きは近隣に広がり、今のように各箇所で都が栄えるようになった」
聞きながら、兄妹は大陸に散らばる都に思いを馳せる。
「一方西の大陸は王の手が行き渡らなかった。復興が始まったのは東でヴォイドが鎮まってから十何年も後になったらしい」
ライアスは顎に手をやり、「ふーん……」としみじみ呟く。
「その時から仲が悪かったのか?」
そう問いかけると、カムトは渋い顔をして答えた。
「うん。そうかもしれない。で、ここまで話してやっと最初のマーシアとメイシアの争いについて話ができるんだ。実はね、僕も神官としてこの世界とヴォイドの歴史を調べているけどそのヴォイドの大災厄の前がどうなっていたのかがはっきりとわかっていないんだ」
その説明に兄妹は首をひねる。
「え、それは……?」
カムトが言葉を続ける。
「伝記には諸説がある。その時東西は争っていなかったとか、マーシアは今の原型を既に作り出していたとかって話もある。ただ、本当にバラバラで災厄の影響もあって裏付けのある証拠が何もないんだ」
思い起こすように語り、兄妹に視線を向ける。
「その中にね、こういう説もある。『かつては西の大陸に築いた《メイシ・マヴァス帝国》が東の大陸を含めた全土を支配していた』と」
すると兄妹は参ったな、と肩をすくめた。
「また新語……」
「世の中ほんと単純じゃねえよな」
新しい知識を学んだかと思えば、また次々新しいフレーズが飛び出してくる。なかなか頭がついていかない。
うんざりする兄妹に、カムトは苦笑で応じる。
「まあね。僕も望まない思想を学ぶのは好きじゃないけど、ここに東西で争いを生み出す根本の理由がある。メイシアではこの説を信じる人が今の帝国を築き、統括している。元々マーシアの大陸に独立した文明なんて存在せず、自分たちのものだと思っている。一方、マーシアでは三百年前から先代の王と自分たちの力で築き上げた歴史を持って独立した存在だと信じている。だから争っているんだ」
「うーん……」
唸りながらここでライアスが手を前に出し、待ったをかけた。説明をしっかり理解するため自身で一旦まとめてみる。
「つまり……? 歴史を知らないままで言うけど、マーシアはそのヴォイドの災厄を切り抜けた後、ちゃんと自分たちの手で各地の都を復興したと。けど、メイシア側からすれば元々は俺たちの土地だったんだから何しても俺たちのものだ、って難癖をつけてる。……そんな感じ?」
カムトはにっこりとして頷いた。
「うん、マーシア側の立場で見ればそんなところだね」
しかしライアスはますます首をかたむける。
「んー? でも、仮にそういう記録が残ってたって結局は三百年前に一回滅んだってことだろ? ヴォイドが溢れてもそれに何もできなかったってことだろ? それを今更……」
するとカムトが笑い声を上げた。
「いや、ほんとだよ。正論! 僕も同じだよ。自分の領土だと宣言しながら守れなかったことを棚に上げて今に返せ、なんて何を言ってるのかって話だよ。でも、これが現実。メイシアが復興して築いた今の帝国は、自分たちが信じている三百年前までの状態、大陸が統一した時代に戻すために行動しているんだ」
ライアスは腕を組み、むっつりと口を開く。
「なんか……納得いかねえな。その大陸の統一、って言ったって結局は《支配》ってことなんだろ?」
カムトが頷いた。
「だからマーシアは必死で抵抗しているんだ。僕らだって王の都と銘打って胡坐をかいているわけにもいかないんだ。けどね……」
そこでカムトはふと口を閉じた。
メイシアの理屈に不満を浮かべていた兄妹も彼の変化に気付く。
何か思い詰めたような、少し哀しい目をしているように見えた。




