拷問
†
――バチン――
強烈な張り手で無理矢理覚醒させられる。目を開けるとそこは、さっきと似た石作の一室で、薄暗いそこには誰か知らない女性が立っていた。後ろにカーテンが見える。自分はどうやら座っているようだ。
「あ、なたは……?」
そう問うて、自分が動けないことに気付く。
「やあこんにちは。気分はどうだい? 怖かったろう?」
座らされている椅子には肘掛けに鉄製の拘束具があって手はがっちりと固定されていた。恐らく足も同様に。
「よっぽど疲れてたんだねー30分も起きないから、寂しかったよ……さ、楽しもうか」
「ぃゃ……な、に?」
「ああ、えっと、そうだよね、状況がよく分からないよね。ゴメンね、先に説明しないと僕も楽しみ半減しちゃうもんね。先にお友達を見てて」
そう言って後ろのカーテンを開ける女性。そこには同じく椅子に固定されたヤヨイの姿。虚ろな左目が辛うじてノゾミを認識する。口を開きかけたところを女性が押さえた。ヤヨイの綺麗な黒髪を掴み、何やら耳元で囁くと、部屋を去って行った。
呆気にとられるのをなんとか制し、ヤヨイに語りかける。
「ねえ! まだ助かってないって事でしょ? 今の人誰? 幽霊なの?今から何されるの?」
「そりゃあ、拷問部屋だからねえ……」
「っ……。そんな……」
薄々感じていたが、目の前にいるヤヨイのその諦めの色に、ノゾミは全身の血が引いていくのを感じた。
「あれ、さっきのやつ。ハルナだったよ……」
「え……?」
「声がした。いつも聞いてたハルナの声が。あの体からね。だからきっと、あれはハルナの体だよ。今喋ってる中身が誰かなんて知らないけどな」
「どういうこと……? じゃ、じゃあハルナちゃんの体に違う誰かが入ってるって事?」
「ん、まあ、多分な」
「だったら、あの中からその別の誰かを追い出せばハルナちゃんは助かるって事?」
「確信はないけど、仮に出来たら……」
「あ、スミレコちゃんは! スミレコちゃんの声は?」
「そこからする」
そう言ってノゾミを見つめるヤヨイ。
「ノゾミ? いや、え? どういうこと?」
当然そんな説明で意味を理解できるはずもなく、不思議そうに問い返すノゾミに、ヤヨイは盛大に舌打ちした。
「だから……お前が座ってるその椅子に! スミレコの声と一緒に魂がこびり付いてんだよお!」
その勢いに、その事実に、びくっ、と肩を揺らすノゾミ。この椅子に? スミレコの魂? ヤヨイは何を言っているのか、理解に苦しむ。そんな、それじゃまるで――
「死んだよ、その椅子で」
開け放されたドアからさっきの女性――ハルナが言った。手には木箱に山盛りの道具。
「さ、じゃあ始めよっか。どうしたの? ノゾミちゃん、何か信じられないことでもあった? スミレコちゃんの事? 4年も前に失踪した子が生きてる方がおかしいでしょ? この子、ハルナちゃんだっけ? こうやって生きてる方が異常だと、僕は思うけどなー」
飄々と話しながら、ガチャガチャと道具を机に並べていく。最初に手を付けたのはアルコールランプのようなものだった。ぼうっと灯る炎に自然と目が向かう。そしてその横に台を設置し、台の上には5寸釘と同等ほどの大きさの針を、先端が炎に当たるように置いた。
その調子で様々な道具を並べていくハルナ。畳一畳ほどの大きな机がいっぱいになるまで準備をして、腰に手を当てる。
「よーし、こんなもんかな。さっ、まずはよく分かってないノゾミちゃんに、これからどんなことされるのか考えるためのヒントを上げようか」
そう言って手を叩くと最初に準備した針を取り出す。先端は熱で赤い輝きを放っている。
それを突然ヤヨイの手の甲に突き立てた。
同時に、絶叫。
ヤヨイの手に突き立てた針はそのままに、次の針を準備する。
「とまあこんな感じ。本番はもっとハードに行くからね! ……あー、そうだな、ヤヨイちゃんは確か亡霊の声が聞こえるようになっちゃって、それから解放されたくてここに来たんだよね?」
愉快な調子でハルナが問うが、ヤヨイはまるで聞いていない。
「人の話を聞け!」
もう一本、今度は熱していないものを机から拾い上げ反対の手に突き立てた。
またも絶叫。
「まあいいや、とりあえずそうなんでしょ?」
そう言うとハルナはポッケからノゾミの携帯を取り出してみせた。
「メール見たよーわざわざあの日の君たちが来てくれるなんて嬉しかったなー。いやあ、奇跡! 呼び声だなんて、頑張ってスミレコちゃん虐めた甲斐があったよー」
満面の笑みでそう言って、ノゾミの携帯を適当に後ろへ投げ捨てる。
「さて、そんなヤヨイちゃんに問題! 人間の五感、すべて言ってください! 言えなかったり間違えちゃったりしたら罰ゲームです!」
罰ゲーム?また、針を……? また針を刺す想像をして、急いでかぶりを振るノゾミ。そんなことはさせられない。しかし、当のヤヨイはと言うと痛みに耐えるのでいっぱいいっぱいでハルナの声など聞こえていない。
「じゃあ、罰ゲーム行くよー」
10秒と待たず、針を振り上げるハルナ。そこで絶えきれなくなったノゾミがとっさに口を開く。
「触覚!」
ピクリと止まるハルナ。針はヤヨイの左前腕に当たる直前だった。
「代理ね……。続きは?」
「嗅覚、視覚、聴覚、味覚!」
これ以上ヤヨイちゃんを傷つけさせたくない。その一心だった。
ノゾミの回答に、ハルナはうっとりとため息をついた。
「はぁー……ノゾミちゃん、正解だよ。賢いんだねえ。じゃあついでに、こういうの知ってるかい?生まれつき目が見えない子は代わりに聴覚が発達していたり、足りない情報量を他で補うって言う話」
瞬間、ハルナの顔が幽鬼のように歪み、胃を締め上げられるような感覚を覚えた。
革手袋を手に取り、真っ赤になった針を手に取るハルナ。火の上には代わりに先端の潰れた鉄の棒を置く。
「な、なんで! 正解でしょ!? 罰ゲームは免れたんじゃないの!」
「そうだよ? でも、これはどっちに転んでもやるつもりだったからね。目が見えなくなって、何が聞こえるって、亡くなったスミレコちゃんと僕のこの体、ハルナちゃんの声なんでしょ?それはもうやまない声だ。音に頼るしかなくなっちゃうのに、ずっとそんな声聞こえるなんて、最高だね!」
嬉々として語ると、ヤヨイの髪を乱雑に掴み上げ、顔を上げさせる。そのまま髪を背もたれの裏に引っ張り顔を固定すると、まだ見える左目にまっすぐと針を伸ばしていく。
「やめ――」
言いかけるも、針はヤヨイの瞳に達した。じゅっ、という独特の焼ける音に続き、ヤヨイの叫び声が響き渡る。喉を潰しながら、血を吐くようなうなり声。
「ぎゃ、あああああああああぁぁぁ……ぁ……」
冷酷に突き刺さった針に、ヤヨイが泡を吹きながら黙り込んだ。気絶したのだろう。
ハルナがどろりとした糸を引きながら、針を抜く。その光景に、ノゾミは思わず胃液をぶちまけた。
「なんだよー汚いなあ……僕が掃除するんだよ? 勘弁してよそういうのー。血ならいくらでも流して良いからさー。あ、ていうかこれ、拷問じゃないから。ちょっと面白そうだからやっただけで、本来こんなことするつもり無かったし。君に状況を伝えるのと一緒にヤヨイちゃんが失明したら面白いかなーって思ったからやっただけ。拷問は……ノゾミちゃんから先にじっくりとやってあげるからねえー」
にたりと口の端をつり上げるハルナ。しかしその顔には既に当時のハルナらしさなど残っていなかった。当然だ、中身はハルナではないのだから。有るのはただ、愉悦と、劣情と、興奮と、快楽。
机の上にある小さなアタッシュケースをハルナが開ける。ノゾミからでも見える。中身は注射器が3本。そのうちの一つを取って、ゆっくりと寄ってくるハルナ。
「これ、なんだと思う?」
ぴっ、と少しだけ液を飛ばしてみせて、ニヤニヤしながら言う。
「分からない……毒とか……?」
「ははっ、貧困な発想だね。……なんて言えば良いかなー、強心薬、加速薬、いや……ただのお薬だよ」
「やだよ……やめて!」
「だーじょうぶ! 君がどんなに死にたいって思っても死なないようにしてあげるから! えっとね、この注射を打つと時間がとってもゆっくりに感じるようになるんだよ? 1分が1時間にも感じられるかもしれない。だからまあ、僕が与える痛みを、じっっっっくりと味わってみてよ」
ゆらりとノゾミの隣まで進み、止まる。そして、注射器をノゾミの腕、肘の内側に刺し、謎の液体を注いでいく。
じんじんとした感触が広がっていくのを震えながら耐えた。。
やがてすべて注入し終わると、空の注射器は元のケースに仕舞われた。
「さて、静脈注射だ。1~2分で効果が出るだろう。その頃にはこの焼き印もちょうど良いかな」
親指で差したのは先ほど火の上に設置した、先端の丸い鉄の棒だ。焼き印……あれを、肌に……?
想像した途端体中に鳥肌が立つ。全身から噴き出し始める汗。心拍が徐々に早まる。自身の心音をこんなにもはっきりと聞いたのは初めてだった。暑い……。居ても立ってもいられないような不思議な気持ちが沸き立つ。これは……
ハルナが口をパクパクとさせ焼き印に手を伸ばす。革手袋は点けたままだ。
なおも体中に響く心音、呼吸。
これは……薬が回っているのか……。
手に取った焼き印をこちらに向けて歩いてくるハルナ。その動きは次第に減速していく。そして、ノゾミの手の甲に焼き印が引きつけられてゆく。
「(やめて!やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめ)」
――ジュュュュ――
「(ッ!!!!)」
手の甲に押し当てられる鉄の、終わりなき痛み。響き続ける肉の焼ける音。顔をくしゃくしゃに歪めて嗤うハルナ。
止まったまま、無限に続く苦しみの中、ノゾミが意識を失うのに、実に3分も掛かった。
「まだまだこれからだからね、ノゾミちゃん!」
意識のないノゾミに向けて心底楽しそうに、ハルナが言った。




