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ヴェリタスの最終定理7:完結編 ヴェリタス最期の日【2位/このシリーズだけで完結してます】  作者: LIU WANPAI
プロローグ:作られた地獄

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怨恨3:【人々を争わせろ!やる気を奪え!それが統治というものだ!】

イメージソング:ゾンビ(1978年ロメロ版) サウンドトラック

https://youtu.be/V66m52YFZBg?si=B3YMl-Nqh1g_awkP

差し伸べた両手は何も掴めず、ただ、死の残穢だけを掌に残していた。

魔獣の爪に引き裂かれた少女の亡骸を前に、俺とアリアは膝をついていた。

その時、暗がりから男が姿を現した。ウッドヘイブンの猟師だった。


「お、俺のせいじゃない!」


俺は、咄嗟に叫んだ。


「魔獣が突然現れて!俺は、この子を救おうと…!」


猟師は俺たちの血塗られた手と、少女の残骸、そして倒れた魔獣を何度も見比べ、やがて……優しく微笑んで頷いた。


「あ!?……ああ!分かっているさ!お前さんたちの戦い!しかと見させてもらった!辛かったな!さあ、街へ戻ろう!俺がみんなに【ちゃんと話してやる】からな」


その温かい言葉に、俺たちは胸を撫で下ろした。

なあんだ、捨てたものじゃない。この世界にも理解者はいる。そう思っていた。


その救いは、翌日の昼、最悪の喜劇へと塗り替えられた。少女の亡骸を抱えて戻った俺たちを待っていたのは、異常な熱気と悪意だった。


「聞いたか?あの異世界人、ついに本性を現したそうだぞ!どうやらラグロ山脈のディリチーの手先の魔獣、ピグロスらしい!


「ああ、自分の性器をしゃぶらなかった少女を魔獣に襲わせ、ロルレミンを注射して惨殺したんだとさ!」


「猟師が一部始終を見てたんだ!『あの男は笑いながら少女を魔獣に無理やり食わせてから生き血を啜っていた』って言ってたぜ!」


耳を疑った!


だが。

群衆の顔を見ればすぐに悟った。

彼らは真実など求めていないのだ。異質で不気味な「外国人」が引き起こしたスキャンダル。人々が求めていたのは、自分たちの恐怖を正当化するための、分かりやすくて魅力的な「悪役」だった。

噂は疫病のように伝染した。

ウッドヘイブンは周囲から「汚染区域」として孤立し、物流が止まり、人々は飢え始めた。そしてその怨嗟のすべてが俺に注がれた。俺の周りは連日、石や罵声を投げつける群衆で埋め尽くされた。


「ケンジ……大人気だね……外の野次馬は、サイン会を待っているんだね……」


アリアが努めて明るい声で軽口を叩いたが、その唇は乾いていた。

追い討ちをかけるように、王都の魔法通信で全土へ放送が流れた。画面に映し出されたのは、異世界の知識を悪魔の技だと糾弾する魔導士アルフォンスの肥大化した顔だった。


「同胞よ!異世界の魂は愛を知らぬ獣です!無垢な少女を惨殺した強姦魔ケンジこそ、世界を乱す悪魔の化身なのです!」


悪意たっぷりに歪められた俺の似顔絵が映し出され、街の子供たちがそれを見て泣き叫ぶ。完璧なプロパガンダだった。そして運命の夜、松明を手にした数十人の暴徒がなだれ込んできた。


「悪魔を差し出せ!」


仲間たちが倒され、アリアが民を斬ることを躊躇った一瞬、その脇腹に鍬が突き刺さった。鮮血が舞い、アリアが崩れ落ちる。


「アリア!やめろ!俺が行く!俺が行けば、俺が死ねば満足だろ!」


俺は暴徒に引きずり出され、泥の中で蹴り倒された。

リーダー格の男が俺の髪を掴み、汚れた犬用の首輪を突きつける。


「獣なら獣らしく四つん這いで鳴いてみろ!ワンと鳴けば命だけは助けてやるぞ!さあ!ワンだ!ワン!ワンだよ!ワンワンワンワンワンワンワンワン!ワンッッッッッグ!」


嘲笑が夜空に響く。

踏みにじられた。

俺の中で何かが砕け散った。俺は懐からの失敗作の化学魔導物質を取り出し、近くの焚き火へ投げつけた。強烈な閃光と黒煙が爆発的に広がる。

暴徒たちがパニックを起こして逃げ惑う。だが、彼らの目に宿ったのは反省ではなく、絶対的な「怪物への恐怖」だった。


「やっぱりこいつは、悪魔だ!」


火のついた矢が構えられ、俺たちが焼き殺されようとしたその瞬間、地響きと共に森の闇から屈強な影たちが現れた。狼、熊、猫の頭部を持つ者たち。

王都が「浮浪者(こじき)」と呼ぶ、不法移民の獣人勢力だった。彼らは暴徒を一瞬で蹴散らした。

白銀の毛並みを持つ狼の獣人、フェンリスが俺の前に立った。その金色の瞳には同情も侮蔑もなく、ただ純粋な興味だけがあった。


「お前がケンジか。王都が恐れる異界の賢者よ。我らは獣人の移民連合。我らは、お前のその異質さに価値があると判断した。……来るか?」


「ああ……」


こうして俺たちは、俺を獣と呼んだ王都を背に、連峰の向こう側へと旅立った。

獣人部落は、俺の予想を心地よく裏切った。彼らは出自や種族など気にせず、ただ力と魂のあり方だけで人を評価した。王都で受けた差別が嘘のように、俺たちは「面白い異邦人」として歓迎された。


「ようこそ賢者殿!ところで人間の酒の飲み方はなまぬるいな、こうやって一気に飲むんだよ!」


市場では熊の獣人と狼の獣人が最後の川魚を巡って怒鳴り合っていたが、次の瞬間には広場で笑いながら全力のぶつかり稽古を始め、夜には同じ酒場で肩を組んでその魚を喰っていた。


「ケンジ!うちの猫の料理人が『隠し味は香辛料か果実酒か』で厨房を火の海にしてるぞ!審判してくれ!」


「知るかよ!両方入れて煮込めばいいだろ!」


「天才かお前は!?」


そんなカラッとした明るさに包まれ、俺の心も少しずつ解れていった。ある日、足を痛めた荷運び用のトカゲに俺が手際よく包帯を巻くと、周囲の獣人たちが大歓声を上げた。


「すげえぞ兄ちゃん!トカゲをなだめながら治療しやがった!」


「いや、ただの獣医の癖だよ……」


「癖で大トカゲ治す奴があるかよ!ハハハ!」


その様子を見ていたフェンリスが、ある夜俺たちの部屋を訪れた。


「ケンジ、お前は命を生かす術を知っている。軍師として……力を貸してくれ」


俺は即答した。


「入隊するよ。もう、やることもないし……ここが俺たちの、最後の居場所になりそうだからな」


だが、隣にいたアリアは静かに首を振った。


「私は、戦えない」


彼女の瞳は深海のように暗かった。


「国を守るために振るった剣は、父も、仲間も、セナも守れなかった。憎しみと不毛な殺し合いには、もう耐えられない……」


アリアは軍へ入らず、街の古い図書館で静かに書庫整理の仕事を始めた。彼女は少しずつ笑いを取り戻し、子供たちに絵本を読み聞かせる日々を送った。だが、過去との唯一の繋がりである故郷の母へ一言「生きている」と伝えるため、魔導端末を開いたのが間違いだった。

画面に映し出されたのは帝国の紋章、そしてクライフォルト領の地図だった。


『──であるからこそ、クライフォルト領は反逆者の娘アリアの逃亡を受けた。これより、王都魔導規制局はヴェリタス女史が開発した新型兵器の実証実験も兼ねて、クライフォルト領に対して【完全浄化】を開始する──』


「え?」


上空からの映像。褐色の肌の魔導師が手をあげるや、アリアが生まれ育った美しい街並みに、天から無数の光の矢が降り注いだ。城も、教会も、母のいる家も、すべてが光の奔流に呑まれ、一瞬で蒸発した。

アリアは無機質な通信盤の前で立ち尽くしていた。父を殺したのは怪物、仲間を殺したのは人間の狂気、そして母と故郷を焼いたのは忠誠を誓った王都だった。

彼女の中で何かが完全に死に絶えた。


翌日、訓練場に現れたアリアの姿に、俺もフェンリスも息を呑んだ。その瞳には感情の欠片もなく、冷酷な復讐の炎だけが揺らめいていた。


「フェンリス殿。私を軍に加えてほしい。王都に、落とし前をつけさせる」


そして、出撃の朝を迎えた。

最初の目標は王都軍の拠点「ガレオス砦」。だが、攻略は拍子抜けするほど簡単だった。敵は散発的な抵抗の末に撤退し、砦は手付かずの食料や武器を残したまま無傷で手に入った。俺たちと獣人兵15名は、この砦の防衛を任された。

砦に残された俺たちは不気味な違和感を抱いていた。


「おかしい…王都軍がこんな拠点を簡単に手放すか?」


熊の獣人ボリンが首を傾げる。

調査を始めると、すぐに悪夢の兆候が現れた。壁に残された謎の引っかき傷。医務室の床に付着した強力な消化液。そして軍医の狂った日誌。


『壁の中から音がする……奴らはもう人間じゃない……』


その時、最下層の食料庫を調査していた狼の獣人ラルフが、突然頭を押さえて倒れ込んだ。


「グルアアアッ!」


ラルフは白目を剥き、アリアに襲いかかった。アリアはやむなく剣の柄でラルフの心臓を打ち抜いた。仲間を殺めたショックに震えるアリア。だが、本当の惨劇はそこからだった。

ラルフの背中がビクンビクンと盛り上がり、骨が砕ける音と共に皮膚が爆ぜた。血飛沫の中から現れたのは、体長2メートルを超える純白のカマドウマのような巨大な虫だった。

俺の頭の中で全てが繋がった。

あっけなさすぎる勝利、手付かずの物資、消えた王都兵、そして虫の怪物。


「違う……!王都軍は撤退したんじゃない!この砦は虫の『巣』だ!俺たちはここに誘い込まれたんだ!」


絶望が重なる。

外では数十年に一度の「電磁嵐」が発生し、通信は途絶、あらゆる物質を分解する嵐により脱出も不可能となった。


「少なくとも2日間……いや、3日は嵐は止まない。俺たちは、この地獄にとどまらなきゃならないんだ!」


初日の夜、司令官室にバリケードを築いた俺たちは息を潜めていた。


「すまんな、ケンジ」


傷の手当てを受けるボリンが呟く。


「俺の腕は殺すためだけにあるが、お前の手は命を生かす。俺はお前を尊敬するよ。生きて帰ったら、故郷の娘にその知識を教えてやってくれ」


「任せてください。激辛の肉でも奢ってくれれば教えますよ」


俺が笑うと、ボリンも豪快に笑った。

だが二日目、地獄は加速した。

空気中に神経毒を撒き散らすムカデ型の怪物。足元から現れ内臓を吸い尽くすドリル状の蛆虫。壁から伸びる触手。天井から降り注ぐ剃刀の翼を持つ飛蝗虫。

様々な虫が俺たちに襲いかかり、次々に仲間を惨殺していった。


「生きろォォォッ!」


ボリンが巨体を投げ出して俺たちを庇った。

だが、背後から現れた純白の蟲の主が、冷酷な解剖医のようにボリンの両足の腱を切り、胸をくり抜いてドクンドクンと脈打つ心臓を抉り出した。


「ボリンッ!」


主はボリンの心臓を目の前で握り潰した。ボリンは最期まで、故郷の未来を案ずるような目で俺たちを見つめていた。俺たちは泣きながら逃げた。

嵐はまだ止まない。


三日目。

生存者は俺、アリア、狼のカイ、猫のクロエ、兎のリリィの5人だけになった。最下層の部屋に追い詰められた時、異変が起きた。

寄り添っていたカイとクロエの身体が熱で溶けたように融合し始めたのだ。


「た……すけ、て……」


二つの顔が引きつれた肉塊へと変わり、そこらにいたネズミや鉄板や生ゴミを取り込んで巨大化していく。生物の姿を模倣し擬態する「キメラ」。アリアが泣きながらその肉塊を切り伏せた。

その時であった。


「通信が繋がった!飛行艇が屋上に救出に来ます!」


リリィの叫びが響く。屋上へ突入するしかない。


「よし、虫ども!宴会は終わりだ!」


俺は蒸留酒の樽を転がして火炎瓶で爆発を起こし、飛蝗虫の群れを焼き尽くした。

擬態するカマキリ型にはリリィが囮となり、アリアが弱点の首を撃ち抜いた。

アルカリ性洗浄液を散布して強酸性の幼生体を撃退し、俺たちはついに屋上へ出た。

嵐が吹き荒れる屋上。

そこには、あの純白の主が立ちはだかっていた。


「アリア、奴が咆哮する瞬間、首の呼吸孔を狙え!」


アリアは疾風となって駆け、主が叫んだ一瞬、呼吸孔へ深々と槍を突き立てた。主は狂乱の末に崩れ落ちた。


「やった……!」


だが、主が死に際に放った高周波の悲鳴に応え、砦中から何千という怪物が雪崩込んで来た。酸の雨、装甲弾丸、崩れる足場。飛行艇が近づくが、このままでは全滅する。

その時、兎のリリィが涙を拭い、笑った。


「ケンジさん、アリアさん。二人で、最高の獣病院を作って、幸せになってくださいね!」


「リリィ、やめろ!」


リリィは松明を掲げ、一人で怪物の群れの中へ跳躍した。


「こっちだよ化け物どもーッ!」


彼女の小さな身体が虫の海に呑まれていく。その隙に、俺とアリアは飛行艇から垂らされたロープに飛びついた。

飛行艇は急速に上昇し、地獄の砦から離れていく。


「……生き、残った……」


嵐を抜け、飛行艇の甲板に美しい朝焼けの光が差し込んでいた。目の前には、白銀の毛並みを輝かせたフェンリスが立っている。

俺とアリアはボロボロの体で抱き合った。


不意に、乾いた拍手の音が響いた。

フェンリスだった。彼は甲板の縁に腰掛け、心底可笑しそうに肩を揺らしていた。


「素晴らしい。誠に素晴らしい脚本だ。涙が出そうだよ。異世界からやってきて現世に不法滞在している、外国人のケンジ君。それに、没落貴族のアリア・フォン・クライフォルト」


「フェンリス?何を……」


フェンリスは懐から魔導端末を取り出し、俺たちに見せるように掲げた。そこに映し出されたのは、あの、魔導士アルフォンスの笑みだった。


『素晴らしいデータをありがとう、フェンリス隊長。約束通り、鉱山譲渡協定に署名しよう』


「……なんだ?」


俺の声が引きつる。

フェンリスは金色の瞳を細め、心底愉悦に満ちた声で語り始めた。


「種明かしをしてやろう、異界の賢者よ。最初から、すべては王都の実験だったのだ。獣人部落といえど、そこもまた、王都の領土だからね」


「実験……?」


「王都魔導規制局が開発した生体兵器。強力だが、応用データが不足していてね。そこで王都は、異世界人であるお前という『検体』に目をつけた。極限状態でお前がどんな知識を振り絞り、虫どもがどう適応するか。その観察臨床データが欲しかったのだよ」


脳が理解を拒絶する。


「じゃあ、ガレオス砦は……」


「そうだ。王都がお前たちを誘い込み、我が獣人部落は反逆傾向のある獣人どもを処分するついでに、生きた餌として提供した。最初から間引く予定の捨て駒さ。感謝するぞ。お前の『知識』のおかげで、完璧な兵器が完成するのだから!」


「嘘だ!嘘だろフェンリス!俺たちを助けてくれたのは!?」


「楽しかったろう?希望を与えてから落とす方が、人間は極限の知恵を絞るからな。お前の『獣病院』というおめでたい夢も、最高の調味料だった訳だ!」


フェンリスの嘲笑が夜空に突き刺さる。俺の手は震え、膝から崩れ落ちた。俺の知識が、俺の足掻きが、仲間たちを残虐に殺すための実験データに過ぎなかった。俺がボリンを励まし、リリィに作戦を指示したからこそ、彼女たちは死んだのだ。俺の手は、最初から死神の鎌だった……!

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