1 婚約回避はいたしません。
「アンジェリカ、準備はできたか?」
「えぇ。今行きますわ、お父様」
アンジェリカ・ドレノワール、12歳。
前世を思い出してから5年が経ち、今日は初めて王家でのお茶会に参加する。
先月12歳の誕生日を迎え、初めて王太子・アルベルト殿下が、同世代の側近候補・婚約者候補を一堂に集め、お茶会を開催するのだ。
この国、クレール王国では王太子が12歳になった年に側近と婚約者を決める習わしがある。
その最終選考の場と言われているのが、このお茶会だ。
この国の貴族の子女は、12歳になるまでは子どもだけのお茶会を開催できないことになっているため、それまでの交流はセント・クレール学園の初等部で知己を得るか、親に連れられて参加したお茶会やパーティーで交流を深めるしかない。
セント・クレール学園は初等部、中等部、高等部からなる全寮制の貴族向け教育機関だが、初等部のみ自宅からの通学となる。
そのため初等部に入学するのは、学園のある王都にタウンハウスを持つ名家の子女しかいない。
親同伴のお茶会やパーティーにしても、自分より上位の身分の方には、よほど親しい仲でない限り自分から話しかけてはいけないなどのマナーが存在するので、親だけでなく子どもも人脈作りに必死なのだ。
そんな事情もあって、次世代の勢力が決まる最初の篩といっても過言ではないこのお茶会は、国中の12歳前後の子どもがいる貴族家が、招待状が届くかどうかに一喜一憂する一大イベントなのだ。
我がドレノワール公爵家では、私が婚約者候補として、弟のアーサーが側近候補として、二人とも招待を受けている。
両親からは「公爵家の子女として当然だ」と言われたけれど、今日までに逃げ出したくなるぐらい厳しい淑女教育を受けてきた。
正直、ここまで礼儀作法が完璧な10歳は、国中を探しても片手で足りるぐらいしかいないだろう。
それぐらい両親は、今日のお茶会に賭けていたのだ。
当の私とアルベルト殿下の関係はというと、学園でも同じクラスで、親同伴のお茶会でも度々顔を合わせるため、それなりに親しくはさせていただいているが、それ以上でもそれ以下でもない。
前世の感覚で言うと「席が隣になればしゃべるけど、グループは違うクラスメイト」レベルかしら。
そもそもアルベルト殿下と親しいといえるのは、側近候補筆頭であるブルージュ子爵家のレオン様だけだと思う。
それ以外は、金魚の糞のようについてきている有象無象の男子しかいない。
レオン様のお母様がアルベルト殿下の乳母をされていた関係で、殿下と兄弟同然に育ってきたと聞いたわ。
もう側近の枠の1つはレオン様に決定しているようなものだし、男性陣は残りの枠を巡っての争奪戦になるわね。
他に殿下に釣り合いそうなご令嬢といえば、同い年のシエルフォンス侯爵家のレティシア様か、2歳年下のアルジェント公爵家のイザベラ様ぐらいだ。
ただ、レティシア様は社交よりも本の方がお好きなようだし、イザベラ様はどうやら第二王子のエドワード殿下にご執心な様子。
だから実質、婚約者は私に内定してる
なんて話も聞くのよね。
やっぱり婚約者になる運命は避けられそうにないし、この国の公爵家に生まれた以上、与えられた義務は果たさないとね。
せっかくここまで両親の期待に応えるため、がんばってきたのだもの。
個人的な感情で愚かな振る舞いをして、家族やその先の領民たちに迷惑をかけるなんてこと、私にはできないわ。
せいぜい粗相のないように、がんばりますか。
そもそも私には、今日のお茶会にかける思いが別のところにある。
先程言ったように、このお茶会には婚約者候補や側近候補などの有力貴族の子女が集まる。
“ゲーム”が始まる前にできるだけ関係を持っておき、断罪されないようにしないと……。
ここは、前世でプレイしたことがある恋愛シミュレーションゲーム「ときめき☆プロジェクト~貴族学園編~」の世界。
私は王太子ルートの悪役令嬢、「完璧令嬢・アンジェリカ」に転生してしまったようなのよね。
ヒロインが王太子ルートを攻略すると、アンジェリカは婚約破棄された上に過去の悪事が白日のもとにさらされた結果、勘当されて娼館へ堕ちるという最悪な結末。
ゲームの強制力とやらがどこまで働くかわからない以上、できる限りの保険は作っておきたい。
ただ問題なのが、残念ながら「貴族学園編」はそこまでやりこんでいなかったから、登場人物の名前はあまり覚えてなくて、身分やザックリとしたストーリーしか覚えてないのよね……。
これまでの付き合いから、王太子ルート以外では、第二王子ルートと公爵令息ルートの攻略対象と悪役令嬢については思い出せた。
あと伯爵令息ルートと騎士ルートがあったはずなんだけど、身分だけじゃさすがに絞りきれないし、学園でも他の学年とは接点が少ないから、誰のことだったのか思い出せていない状態。
少なくとも金魚の糞たちの中には攻略対象はいなさそうだから、きっと今日会う別の学年の招待者の中にいるんじゃないかとにらんでいるんだけど……。
他のルートは私にはあまり関係ないとはいえ、浮気男のせいで断罪されちゃう他の悪役令嬢が可哀想だもの。
できることなら助けてあげたいし、あわよくば王太子ルートに入ってしまった時には助けてもらいたいわ。
そのためにも今日集まる子女の中から関係者を探し出し、
他の悪役令嬢とのパイプを作る!
こちらをメインミッションとして、お茶会を乗り切りましょう!!
「姉上! お城が見えてきました! 僕、うまくできるでしょうか……」
物思いにふけっているうちに、馬車が王城に近づいてきた。
弟のアーサーは第二王子のエドワード殿下とは同学年で仲がよく、アルベルト殿下ともそれなりに付き合いがあるものの、王城で会うとなると少し緊張するみたい。
「大丈夫よ、アーサー。あなたはいつも通りにしているだけで、誰よりも素敵だもの」
我が弟ながらかわいく思えて、クスッと笑いながらアーサーの頭を撫でた。
あー! もう!! かわいいなぁ!
本当はワシャワシャ撫で回したいけど、完璧令嬢としては我慢我慢……。
それにしてもアーサーは本当にいい子だ。
学問も剣術もひたむきに努力し、身分を鼻にかけることなく領民を思いやる気持ちも持っている。誰の目から見ても優秀な跡取りがいて、ドレノワール公爵家は次世代も安泰だと言われている。
そう、アーサーも攻略対象。
家柄よし、容姿よし、性格よしの三拍子そろったパーフェクトボーイ。
こんなにハイスペックなんだもの、そりゃ攻略対象になるわよね。
そのため、婚約者の座を虎視眈々と狙っているご令嬢はめちゃくちゃ多い。アーサーの前では可憐なご令嬢たちが日々足の引っ張り合いをし、裏ではキャットファイトしているのを知って、8歳にして女性不信に陥ってしまったのが何とも可哀想ではあるけど……。
そんな女性不信のアーサーだけど、私のことだけは「尊敬する姉」として慕ってくれている。
ただ、完璧と名高いアルベルト殿下と対等な関係を築いている姉の姿を間近で見て憧れているせいか、婚約者に求める理想が高くなってしまったらしい。
その結果、媚びるばかりのご令嬢方を心の中で見下し、女性というだけで面倒な存在としてできるだけ関わらないようにしてしまう。
そのせいでゲームでも婚約者である悪役令嬢との関係もこじれていってしまうのよね。
…まあ、そこがアーサーの唯一の欠点といえば欠点なのだけれど。
今日来るのは王太子殿下の婚約者候補にも残るようなご令嬢だから滅多なことは起きないでしょうけど、婚約者候補に選ばれなかったときのための次の嫁ぎ先候補として、ギラついた目でアーサーを見る方はいらっしゃるかもしれないわ。
そんな方は、お姉ちゃんが睨みをきかせてあげましょう。
「ドレノワール公爵閣下、並びにご息女・アンジェリカ様、ご子息・アーサー様、お待ちしておりました」
ついに王城に到着した。
よし、まずは腹ごしらえ……じゃなくて、他の攻略対象と悪役令嬢を探すために情報収集ね。
……スイーツでもつまみながら。




